南部プラネタリウム | ナノ


 エスカバと、それから名前が第一基地へ行ったという報告を聞いたのはつい先ほど、午前10時半の事だった。俺はタンクトップを着たまま部屋を出てそのままミストレの部屋へと赴き、昨夜調べた奇怪獣の生態と特徴、行動パターンをプリントした用紙を渡す。クエスチョンマークを浮かべたミストレに、俺はよく中身を見てほしいと頼んだ。そして、もし、君のファンクラブというものにこの手に詳しい者がいたら、良ければこれよりも詳しく調べてくれないか、と言い放つ。ミストレは「ネグリー」の文字に疑問を持ちながらも、わかったと言って扉を閉めた。
 俺が調べてもネグリーについての情報は何も得られなかった。その事を考えると、自然と不安に陥って、名前のことしか考えることができなくなる。名前、あなたは一体、なんなのだ。俺が知っている名前は、勇敢なる名前は、今、一体どこへ消えてしまったのだろう。
 間違っていたのだろうか?俺が間違っていたのだろうか?ネグリーは不死とされていながら、今はいない、つまりネグリーのソースを持つ名前を大事にしているということは、ネグリーは死んだ可能性が高い。無理にでも、俺が名前と、上層部を引きとめればこの不安はどこかへ去って行ってくれるのだろうか?

 タニシュウイチ は一体どこへいる?

タニシュウイチ、こいつをどうにか利用できれば、名前のことを知る事ができるし、止める事ができるのではないだろうか。
 名前の言葉を思い出し、軍の基地出て少し離れた所にあるこじんまりとしたカフェのドアを開ける。カランカランとベルが鳴り、そこには一度見た事のある老人、タニシュウイチがいた。俺の顔を見ると、「ああ、君は名前と一緒にいた」とキュッキュと鳴らしているコップを机に置いた。俺はタニに近付いた。そして俺が口を開けた瞬間、タニは頷き「解っているよ」と呟いた。
「あなたに訊きたいことがいくつかある。まずは一つ目だ。ネグリーとはなんだ?なぜネグリーのソースを軍は保有出来た?……奇怪獣というのは約30年前に現れたと公にしているが、実際は100年も前から現れている。だがリリスという奇怪獣が30年前に現れたおかげで奇怪獣は公になったんだ。それくらいは俺にも調べはついている。あえて言う、だからこそ問う、ネグリーは一体、なんなんだ?」
 タニは俺の一見し、机に置いたコップを見つめた。「答えろ……!」
「100年前、キャプテン・シーという男が現れた。その男は自らを未来人と公言した。彼は科学者で、未来で発明した、今でいう『奇怪獣』を我々人類に提供したのだ。キャプテンは奇怪獣を未来の為に使ってほしいと頼んだ。彼の生きる世界は、人と人とが殺し合う世界だったらしい。そのために奇怪獣を発明したのだそうだ。そしてその提供した奇怪獣がキミのいうネグリーだったのだ。キャプテンはまず、このネグリーのソースをコピーしてネグリーを増やすべきだと提案した。ネグリーは自身の判断で善悪を決め、人を食べる。未来の世界ではそれすらほしい、役割だったのだろう。我々は喜んで受け取った。そしてソースをコピーし、害がないと判断して森へ放った。それが、間違いだったのだ。ネグリーは生物の生気を吸い取り、アレグリやセレス、バッハシーなどの新たな奇怪獣を生んでしまった。そしてネグリーは奇怪獣と交配し、リリスを生んだ。それが約30年前の出来事だ。そのリリスは、次々に奇怪獣を生むようになる、それを人類は恐れ、リリスを地下都市に閉じ込めたのだ。そしてリリスの研究を進めるにつれ、わかった事がひとつあった。奇怪獣は発明したものではないと」
 まあ、座りなさい。タニは話しながらテキパキとコーヒーを入れる準備をして、俺を席に座らせた。勧められるままに椅子を引き、机に肘を乗せた。
「なら奇怪獣は一体なんだったんだ」
「『ゼクト』。我々人類は、ゼクトから信号を受け取った。そして、今もそのゼクトと戦っている。……宇宙でな」
「宇宙……?」
「キャプテン・シーは奇怪獣を発明したと言った。未来から過去へと次元を移動したのだ。キャプテン・シー奇怪獣を発明したのではなく、発見しただけなのかもしれない。いつしか『ゼクト』という名は薄れ、奇怪獣と呼ぶようになった。……そう、これを書いた者はもう死んでいる。誰が書いたのかもわからない。軍はこれ以上のことを私には教えてくれなかったのだよ」
「……宇宙で戦っているというのは、そのキャプテン・シーが次元を移動したときに、他の奇怪獣も次元を移動したということか…?」
「そういうことだろうなぁ……。おかげで、今の人類は奇怪獣と戦うハメになってしまったよ。
 ネグリーはなぁ 万能な生き物だった。名前の眼がいいのもネグリーのおかげだ。何も恐れずに戦えるのもネグリーのおかげだ」
「名前は……恐れている、戦うことを恐れている。軽々しくそのような口を叩くな…!あの人は、誰よりも勇敢で、優しい心を持っている!人が死ぬ事を恐れている!」
「いいや。軍の訓練を受けずに戦えることはおかしい。ネグリーのおかげなのだよ。副作用で記憶が無くなっても戦えている、それが何よりの証拠だ。ソースを埋め込んだ直後はもうすでに、科学者を一人殺していたよ」
「彼女は……彼女は!誰よりも優しい!誰よりも勇敢なんだ!」
「………」
「……、彼女は一体、何者なんだ?彼女は何をしているんだ?お前は彼女とどういった関係なんだ…?」
「私は…名前にネグリーのソースを埋め込んだ科学者だよ。簡単だった。腕に埋め込んだ。おかげで狙撃の腕が良い。それに、この軍に帰って来てからリリスのソースを埋め込んだよ。再生能力も授かった。彼女は奇怪獣と共にある人間だ。そして我々の切り札でもあるのだよ。宇宙で戦うための」
「………お前はそれでも」
「人間かと言いたいのかな そうだね きみのその幼い眼には人間でないように映るかもしれないがね……普通なのだよ。世界は単純にできていない、何か一つの物事の上に成りたっているような、単純なものではないのだよ。きみはまだ若い。これから色々と知っていけば、私のしたことを責めることもできなくなる」
「…………」
「名前のことを想う気持ちを大切にしなさい。彼女は道具として愛されている。だから、きみは人間として彼女を愛してあげなさい。友人でもいい。彼女を見捨てないであげてほしいんだ」
「名前はあるプロジェクトの一員にされている。それは宇宙のと何か関係があるんだろう?」
「ああ そうだな。私もそれに関わっていた人間だ。だが教えてやる義理もない。それ以上にきみには教えたくない」
「頼む……もうこの基地にはプロジェクトの一員はいなくなったが、それでもいい。頼む、……頼む」
「………極秘だ。自らの足で、真実を知りなさい。私からはこれくらいしか言えない」
「……そうか。わかった。礼を言う」
 席を立つ。まだ一口も飲んでいないブラックコーヒーの水面は揺れている。砂糖を入れてあるのしか飲めないんだ、コーヒーは。帰り際にタニにそう伝えると、タニは苦く笑んで、次からは砂糖を入れることにしようと、言った。俺も同じように苦い笑みを浮かべでカフェを出た。
 端末を起動させ、バウゼン教官へ繋いだ。繋がらないとばかり思っていたが3つ目のコールで教官は端末越しに声を成していた。
「バダップ・スリードです。兼ねてより考えていた事なのですが、私にもプロジェクトの一員に加えてはいただけないでしょうか?はい、もちろん、近々であれば問題はありません。…わかりました。ご命令とあらば従うまでです。ええ、もちろん、必ず役に立ってみせます。それでは連絡をお待ちしております」
 うまくいった。しかし何かおかしくはないか?俺よりもまずエスカバをプロジェクトに迎えたのに、あんなに簡単に俺を受け入れるだろうか。まさか立候補制だったのか?こればかりはプロジェクトに加担してから訊くことしかできない。今は教官もプロジェクトについてで忙しいだろう、あまり時間を要せずに事を運び知ることにしよう。
 基地に戻り、この事をまずミストレに報告しようと部屋に向かった。ミストレの奴、どれだけの女を垂らしこむつもりだ?
「すまない、ミストレはいるか?」
 ミストレの部屋の近くにいた女に話しかける。
「ミストレくん……?ミストレくん、朝食を取ったらすぐにどこかへ出かけたよ?荷物を持って…ヘリコプターでどこかに」
「ヘリ?どこか知らないのか?ミストレが生き先を教えなかったのか?」
「う、うん……それよりも、あなたはミストレくんのお友達?」
「………悪かった、礼を言う」
 ミストレが出かけた?
 それにしても、この間戦闘があったばかりじゃないか。近頃は戦闘が重なるから心も体も疲労するだけだ。それに名前もエスカバもプロジェクトに加担しそれの仕事をこなしているのだろう。
 ミストレが出かけたことを不審に思いつつ、自室へ戻りベッドへ腰を下ろした。名前の端末にコールしたが出る事はなかった。次はエスカバにコールした、メールもした。だが、音沙汰はない。返事がくることもない。ミストレにも連絡を入れたが、返ってこない。
「仲間外れか?俺は……」
 女々しくなったものだ。



 そして5日後、バウゼン教官から連絡が入った。ぜひプロジェクトに加担してほしいと。