南部プラネタリウム | ナノ


 銃声で飛び起き、掛け時計で時刻を確認した後すぐに部屋の外に出る。銃声が通路に響きわたる。机の上に置いていたピストルを持って音のする方へ走っていくと、既にそこにいたエスカバに声をかけられた。
「一体何があった」
「あんたが今になって起きてくるだなんてなんかあったのか?」
「どうした、奇怪獣か?」
「確かではねーけど西軍のスパイだってよ、それに名前が応戦してる」
「!?…名前が?敵は一体何人だ」
「それがわかったら俺もここなんかにいねーよ…、音を聞く限りひとりだ。鷹の一人がここに居ろって言いやがった」
 マシンガンの音が響き、それに応戦するかのようにピストルの音が続いて鳴る。彼女はマシンガンを持っているのだろうか。まさかとは思うが、彼女は訓練さえまともに受けていないのではないだろうか。おそらく至近距離での戦闘は得意ではないだろう。
 つい先ほどのことがあった後のことだ。彼女の性格を考えれば無理をしているに違いない。
「俺が行く」
「バダップ」
「相手はひとりとは限らない。何かあったらインカムで連絡を入れる」
 遠距離での戦闘での勝ち目は計算に入れない。彼女がピストルだとしたら俺のマガジンを渡せるように必要最低限で使うことにしよう。
 息を整えスライドをいっぱいに引き一歩踏み出した時、恐らく敵だと思われる男の頭がこちらに振ってきた。脳天に綺麗な銃弾の跡が残っている。
「名前!」振り返ってそう叫んだ。
 彼女は男の顎をアッパーし、銃の底で頬を殴った後体を捻らせ蹴りを喰らわせた。男は呆気なく床に転がり彼女はこめかみを撃つ。彼女が身を低くし、向こうの方にいる二人の西軍の軍人の発砲で後に引いた。しかし主に発砲するのは片方で、もう片方は弾の温存のためか発砲をやめる。マガジンを変えた彼女は弾を恐れず敵に立ち向かっていった。敵は冷静に彼女を狙い発砲するも、うまく避けられ弾が当たらずにいる。俺はここで飛び出してもう片方を撃ってもよいのだが、彼女が狙われる可能性が高いので、彼女の後ろをただゆっくりと敵をじっと見つめながら歩いていくことしかできない。
「あの女だ!『鷹』の目だっ」発砲していなかった片方が撃たれて倒れる。発砲を続ける片方は彼女の足元に狙いを定めて発砲していく。動いている彼女は対象に狙いをうまく定められるはずがない、と思ったのも束の間、彼女は飛んで敵の目の前まで移動し喉に銃口を付けて、小さく何かを言った後に引き金を引いた。
 倒れる敵を見つめる彼女の側にやってきて、敵の上着を脱がす。
「…西軍の精鋭部隊か…」
「……はぁ…」
「あなたがこんなに戦えることは想像もしなかった。ただただ見事だった」
「あ…はい、ありがとうございますバダップ殿」
 とはいっても、彼女は段々肩を震わせて、抱きしめるかのように自らの肩を抱いた。顎に伝った汗を拭って、銃を腰のポーチに戻しインカムで連絡を入れた。侵入者発見。応戦し全滅させました。その声はとても悲しく、そして凛としており、彼女の表情を見たくないと初めて思った瞬間だった。
「西光寺さん、気を付けてください。わたし達を狩りに来ている輩がいるようです」
 彼女を見た。眉を情けなく八の字に曲げて、震えるまつ毛の奥にある瞳には薄い涙の膜が張ってある。
「わたしは、平気です。西光寺さんこそ、わたし達のトップなんですから十分に注意するべきだと思いますよ。……はい、はい。それでは」
 インカムの通話ボタンを押した彼女は、どうやら狙われているようだと俺に告げ、ここまできてくれてありがとう、と感謝の言葉を並べた。俺は首を振って、敵がどうのこうのではなく、あなたを助けにきたのだから感謝などいらない、と言うと、彼女はもっと首を振って、それならば、感謝をたくさんしなければならない、と俺の手を取った。
 俺はあなたを守ると言っただろうに。
「…それより、鷹を狙っている、と言っていたな」
「はい。おそらく。この二人の前に殺した敵がわたしを見て見つけた、と言いました。わたしの顔だけではなく鷹全員の顔と名前を知っていると思われます。それに、わたし達だけではない、西光寺さんも狙われている可能性が十分にある」
「……なるほど。だがサイコウジ殿は俺達よりももっといい部屋に待機しているだろうからそこは心配がいらないな。心配するのなら、あなただ。サイコウジ殿の暗殺、襲撃ができないとなると、次に狙われるのが他でもなく、あなたの他誰もいないだろう。はっきり言ってしまえば、今の騒ぎで敵も動きづらくなっているだろう、目立った行動はできないだろうし、他の鷹は別室にいるんだろう?」
「はい、わたしは女だから、って西光寺さんが部屋を手配してくれました。ほかのみんなは別部隊の方たちと…」
「それがせめてもの救いだったな。つまりあなたは敵の絶好の的だ。ひとりでは危ない。真っ先に狙いにくるぞ」
「…では、どうすれば?」
 エスカバに頼むことは、しなくない。しかし彼女を一人にさせることもしたくない。サイコウジの部屋に渡すこともしたくない。かといって男ばかりの部屋に放り込むこともしたくない。
「……大丈夫です、バダップ殿。わたしはひとりでも、」
「それは危険だ!俺の部屋にっ……」
「……、えっ」
「あっ…いや、これは…っ」
 変な誤解を生みたくはない、ただ思わず出てしまっただけで、やましい意味は持っていない。
 まるで何もしらない子どものような気持ちを一体誰かさせたのか。それは紛れもなく目の前にいる彼女だった。
「…俺はあなたを守ると言っただろう。これを最後まで務めさせてくれないか?せめて、俺が死ぬまで」
 そう言うと、彼女はふんわりと笑って、俺の服をぎゅっと弱く握り、「はい」と、次に強く握った。
その手を包み込むように俺は優しくそっとその手を自分の傷だらけの手で覆う。彼女の手は震えている。けれど、とても優しい暖かさだった。
 彼女とエスカバの元へ戻ると、エスカバの隣にはミストレがいて俺の姿を見つけると「バダップ!」と声をあげエスカバと共にこちらに踏み寄ってきた。
「大丈夫か!?銃声が聞こえたけど…」
「見ての通り、彼女も俺も無事だ。誰か死体処理を頼めないか?俺は彼女と報告に行く」
「死体処理ならミストレとやっとく。報告済ませてこいよ」
「悪いなエスカバ、ミストレ」
「まったく…きみは少し周りを見たらどう?惚れ気があるのは構わないけど、そのおかげで死んだ、とか勘弁だよ」
「まさか、俺がそんなヘマするとでも思うのか?」
「さあ、わからないもんだよ」
 数歩先を歩いているエスカバがミストレの名を呼んだ。ミストレは彼女を睨みつけてエスカバの隣を歩いていった。周りの兵達もエスカバとミストレがいなくなると自分の部屋にへと帰っていく。彼女と知り合いの者は、大丈夫だったかと声をあげ、彼女がそれに答えるとその者は安堵した溜息を吐き、あまり無理しないようにしなよと、とてもあたたかい目をしていて、その目は見覚えがある色をしていた。エスカバや俺と同じ、優しい目をしていた。
「…報告、と言ってましたけど」
「いや…その場凌ぎだったが…一応しておくか」
 自分の部屋の通路を歩かず、後ろの通路を彼女と歩き出した。
「ミストレの奴、敵の攻撃を受けたようだ。どうも周りの空気がピリピリしていた」
「あ、それですけどミストレさん、医務室で騒ぎ起こしたんですよ。手当が雑だーって怒ってました」
「ああ……若い女性には案外優しいんだがな」
「若い方は別の戦闘に出張してたみたいですしね」
 彼女は気付かなかったのだろうか。ミストレが俺の気持ちを仄めかす発言をしていたのだが。
 様子を見るに、彼女は気付いていないようだ。いつもなら敏感に反応するところだと思うのだが、先程のこともあってか、そういうことに疎くなっているのかもしれない。
「わたし、ミストレさんに嫌われてますよね。ミストレさんが医務室に来てわたしを見つけた時もあんな目してましたから」
 「あんな目」それは、彼女にしかわからない目だろう。俺にはどうもわからない。俺からすればミストレは彼女をひどく扱っているようには見えるが、その行動の中にも女だからとか、そういう理由だけではない、また別の何かを持っているような気がするのだ。それが好意なのかはわからないが、俺にはそう見える。
「気にしなくていい、元々ミストレはああいう性格だ」俺はミストレを弁解しようとはしなかった。他意はもちろん、俺が彼女に向ける気持ちからくるものだった。


「いや、きみが無事でなによりだ。狙撃といっても敵の真正面から狙撃とは、敵に顔を知られるようなものだ。戦場で顔を知られることをしてはいけないと言いつつ、私はきみを危険な目に合わせてしまった。悪かったな、名前」
「いえ、西光寺さんのせいじゃありません。わたしが発言したんです、謝らないでください」
「だが…」
「時間が立てば相手に顔を知られますよ。それが遅いか早いかの問題だけです」
「……いや、謝らせてくれ、そしてありがう、バダップ殿。彼女を守ってくれたのだろう」
「いいえ、俺は援護しようと向かってだけで敵は彼女が全員…。やはり鷹の隊長、実力が桁違いだ。あなたの指導が素晴らしかったのでしょう」
「はは。どうもありがとうバダップ殿。…しかしどうする、名前。ひとりでは危険だろう、一人部屋で平気か?」
「あっ…はい、大丈夫です。自分の身は自分で守れます」
「そうか…、危険だと感じたら連絡をくれ。絶対にだぞ、わかったな?」
「はい。もちろん」
「…悪かった。無事でなによりだった」
 サイコウジが部屋を閉じると、彼女はへらりと笑って小さな声で「嘘吐いちゃった」と俺の様子を伺いながら言う。肩をすくめ笑った俺は頼りない肩に手を置いて人差し指を唇の前に持っていく。ぎゅっと口を結ぶ彼女は俺が親指で差した方向を見ると、あっという顔をさせて困った表情を見せた。
 そこには死体処理をしているエスカバとミストレ、他の兵達の姿があった。
「もうすぐで死体処理も済むだろう。ミストレと部屋の方向が同じなんだ、一緒に行くとバレるだろうな」
「どっどうするんですか?」
「場所は2071号室だ。場所は案内に従っていけばいい。先に帰ってくれ、ミストレを足止めしておく」
「ミストレさんと部屋は?」
「近いが曲がり角を挟むから心配はいらない。インターホンを鳴らすから開けてくれ。俺の影に隠れながらいけ」
 彼女の肩から手を退けて手首を掴み、エスカバとミストレの方へ向かう。俺達に気付いたエスカバはしゃがんでいた腰を上げて、俺ではなく、真っ先に彼女の方へ走ってきた。その光景をみたミストレは眉の皺を険しくさせて死体の方へ顔を向ける。
「なんでお前はひとりで何もかもしようとするんだよ!死んでからじゃ遅いんだぞ!」
「で、でもバダップ殿が来てくれたし…相手もそこまで強くはなかったから…」
「それでも、運が悪くて銃弾がかすったり、ナイフで傷つけられてその刃に毒でも塗られてたらどうするんだお前!一人でなにかしようとするな!」
「大丈夫だよ、わたしだって戦えるし、確かにエスカバさんやミストレさんみたいに近距離の戦闘は苦手だけど、」
「僕の名前を勝手に呼ぶな!」
 金切り声をあげるミストレは腰をあげて彼女に叫ぶ。
「さっきの戦闘でも、医務室でも、さっきの騒ぎでも、ここでも、あんたの存在が目障りなんだ、女だからって強がって、それでちやほやされて、デレデレして、軍人として情けないと思わないのかよ、あんたは!恥さらしだ、出ていけ!」
「ミストレ!」
「僕の視界に入るな、入ったら殺す!」
「ミストレ、もうやめろ」
「バダップやエスカバも、あんたが女だから気を遣うだけだ、好意のなにもない。少し腕が立つからってっ」
 エスカバや俺が制止の声をあげてもミストレは大きな口を開けて彼女に向かって叫ぶ。彼女は身を引いてミストレをじっと見ている。エスカバは彼女を隠すようにミストレに「もうやめろ」と言うが、ミストレは顔を赤くして彼女に叫んだ。
「調子に乗るな、女のくせに!」
「ミストレ、いい加減にしろ」
 胸倉を掴んでミストレの瞳を睨みつけた。
「バダップ、きみもどうかしちゃったんじゃないの?今まで女に対してそんな態度とらなかったじゃないか。こいつがあんなちんちくりんだから世話でも焼いてるんだろ?早くヤッて捨てちゃえよ」
「…殴られたくないならもう喋るな。処理を頼んで申し訳ないと思っているが、それ以上言うなら俺も、エスカバも黙っていない」
「きみたち二人で僕を退け者?そりゃあ楽しいだろうね」
「ミストレ…、」
「……僕は悪いと思っていない。離してくれ。頭を、冷やしたいんだ」
 俺の手を叩いたミストレは背を向けて死体を跨いで通路を歩いて行った。他の兵士も、エスカバも、俺もその背中をただ見つめていた。彼女だけは下に視線を向けたままで口を固く閉じている。
「…エスカバ、後は頼んだ」
「…ああ。名前、あんまり気にすんなよ。ミストレもかっかしてるだけなんだ」
「……うん」
「ああ見えてあいつはお前のこと気にかけてる。心配してんだよ」
「…ありがとう、エスカバさん。…おやすみなさい。みなさんも処理、お願いしてしまってすみません。それじゃあ」
 彼女は死体を避けて小走りに通路を移動する。エスカバに頼んだと一言を入れて彼女の背中を追い、手首を掴んで角を曲がった。数ある部屋の中で俺の部屋を案内無しに見つけるのは難しいだろう。彼女は俺に手首を掴まれたまま、引きずられるように細い足を動かした。
 階段を下りて角を曲がり、少し歩いたところにある俺に与えられた部屋。カードをスキャンしてドアを開け、ベッドの上に彼女を座らせる。
「紅茶でいいか?」
 彼女の返事はなく、仕方なく紅茶を作ることをきめてキッチンにはいる。インスタントのコーヒーも同時進行に進めた。菓子もなにもないが、飲みものがある部屋でよかったと思う。
 元々外部からの軍人用の部屋なのだろう。殺風景な部屋で、ベッドと机、窓、棚、キッチン、シャワールーム、トイレが設備されていて広くはないが、客人用にはいいだろう。二人で使うわけではないだろうし。
 コーヒーを飲みながら丹念に紅茶をいれ、コーヒーを飲みほして紅茶を持ってキッチンを出ると、彼女は肩を震わせ声を殺して泣いていた。
 紅茶を机の上に乗せ、彼女の隣にすわり肩を抱いて頭を俺の肩に乗せた。
 戦闘が終わって気が滅入っている時に敵の襲撃に、ミストレの言葉だ。普通だったらこうして泣くに決まっている。きっと。俺だって彼女のように軍人の心を持っていなかったらこうして泣いていただろう。いや、誰でも泣くのかもしれない。彼女を目の前にして強がっているだけなのかもしれない。
「我慢しなくていい。泣きたい時に泣けばいい、ここには俺しかいない」
 そっと抱きしめる。壊れかけのおもちゃを持つように、優しくそっと。




「ミストレさんはわたしのこと、嫌いなんだと思います。慣れっこですけど、メンタルがズタズタの時だったので、結構きたみたいです」
「彼は怒るとああやってはっきりするから普段慣れていないと傷つくのはわかる。エスカバもわかっていてあまり口出しが出来なかったんだろうな」
「いえ、口出ししてほしいとかそういうのはないんですよ…ただ…、やっぱり嫌われてたんだなあって」
 否定しようにも、それが逆に彼女を刺激してしまうかもしれないと考えると、やはりそれはできない。
 腕を解いて上着を脱いで棚の上に置き、彼女にシャワーを浴びるよう勧めると、小さく頷いた彼女にシャワールームの場所を教えて、着ていた服の血を取るから少し借りると、上着を手渡すように手を差し出すと、彼女は困ったように、バダップ殿がそこにいては着替えるにも着替えられないと笑った。
「ああ…悪い」
 やましい気持ちはない。ただ純粋に上着に着いていた血を洗い流したかっただけなのだ。シャワールームを出て彼女の掛け声に振り向いてシャワールームに入る。
 浴槽のカーテンの奥に彼女はいる。彼女は緊張しているようで、その緊張が俺にも伝わってきた。
「随分返り血を貰ってきたようだな」
「目の前の敵を撃ちましたから」
「髪にも少し血がついていた。よく洗え」
 バシャバシャと水の音がシャワールームに響く。洗面器のお湯が赤い透明な色に変っていった。
「バダップ殿の上着、わたしの涙とかで汚くなってませんか?大丈夫ですか?」
「ああ、あれはもう汚れていたからな、少しきつく感じていたしもう捨てようかと思っていたから心配しなくていい」
「あの…ごめんなさい、わたしの上着なのに」
「なに、気にしなくていい。したくてしてるだけだから」
 上着を絞ると、こちらの様子を伺いにそのカーテンを開けた。ドキリとした。絞っていた腕が止まる。
「そんなに丁寧にしなくて大丈夫です、明日洗濯かけますし…」
「そう…、か。血はほとんど消えたし、もう大丈夫か」
「ありがとうございます、バダップ殿。…えっと、もう洗っても平気ですか?頭…」
 ああ、そうか。声も出さずに彼女の上着を持ってシャワールームを出る。自分の情けない姿を想像して溜息が出た。
 捻じれている上着を解いてハンガーに吊るす。ベッドに座り頭を抱え、一瞬でやましい気持ちになった自分を殴る勢いで攻め続ける。普通なら一発や二発どうってことないのに、なぜこうも抑制しようとする自分がいるのだろうか。
 落ち着かせようと立ち上げって冷蔵庫を開けた。チューハイと缶ビール、ジュース、水。棚からコップを出してペットボトルに入っている水を注いだ。
「情けない…」
 何を躊躇うことがあるのだろう。
 ペットボトルとコップを乱雑においてベッドに座り目を閉じた。無心になろうと目を固く閉じると、聞こえるのはシャワーの音。ああ、と肩を落として窓の外の景色を眺めることにした。
 しばらく窓の外の景色を眺めて虫の鳴き声を聴いていると、「バダップ殿」と後ろで彼女の声が聞こえて振り向き、ベッドをつかうことを勧めると、彼女は顔をぶんぶん振ってわたしは床で寝ます、というのだ。まさか女性を床に寝せることなどできるはずがない。
「あなたを床で寝せることはできない」
「でもここはバダップさんの部屋なんですから、わたしがベッドなんてそんな…!」
「しかし…、俺のプライドというのもある」
「わたしのプライドもあります!」
 互いに一歩も譲らず、そして何をいっても無駄だろうと同時に息を吐いた。
「それなら、夜が明けるまで話そう。それならベッドを二人で使うこともできる。狭くもないしな」
 夏の虫がなく。彼女の心がないている。俺の心も少しだけ、ないている。