相変わらずいい腕だ。 彼女はいい狙撃手だ。確実に俺なんかよりも、ずっと良い目を持っているだろうし、軌道がぶれることはない。端では彼女に非難の声を浴びせる者もいるが、彼女は気にしてはいなさそうであるから俺が気に留めることは何一つとしてないはずだ。ただ、彼女に皆の視線に向かい、俺がそれに嫉妬している、と捉える者はいるようで、昔から俺のことを笑い者にしてきた奴らは、笑みを浮かべてクスクスと笑っていた。 ああいう奴らに限って、すぐに死なないのが、気に食わない。 ライフルに弾をつめ、的を狙っていると隣にはミストレがライフルを構えて一発、心臓を大きく逸らして胸部のど真ん中に銃弾が当たる。「あれ、おかしいな、ギャラリーがうるさいから、かな」と苦笑いを浮かべたミストレと視線を合わせてみると、ミストレは横目で彼女を見る。 「確かに、うるさいな」 「君がそういうと俺、馬鹿にされてるようにしか思えないんだけど?」 「いいや 馬鹿にしているわけではない、俺も同意見だ、ということだ」 「チッ、いい腕してるね」 ここでもまた非難の声である。今度は俺が苦笑いを浮かべる番となった。おそらくミストレは彼女の腕を確かめに来たのだろう。俺が彼女に評価をしたからきっと興味を持ってだ。以前、このようなことが一度だけあった。確かにいい腕を持った、同年代なのにもどこか大人びている軍人だったが、戦闘で死んだ、との知らせが入っていたような。随分昔のことだから忘れてしまったが。これでミストレの「興味を持った人間」がまた一人増えたことになる。 「話しかけないのか?」 「俺の親衛隊が嫉妬してアイツに暴力加えることになるかもしれないだろ?」 「……(確かに彼女の周りは常に何かしら起こるからな)」 彼女との付き合いが短い俺でも、なんとなく彼女のことを知っているような気がしてならないのはなぜだろうか。 後日、また戦闘がある。小さなものではなく、またゲリラ戦でもない。西との戦だ。きっとこれにも彼女は銃を担いで援軍としてやってくるのだろう。 「それにオレ、これには慣れてないしね」 グリップを地面にコツコツとあてている姿があまりにもかわいそうに思えたので、言い訳をするくらいなら黙って立ち去るか、彼女の元へ行って評価の一つくらいしてやればいい、と言うと、ミストレは俺を睨んで、馬鹿にするなとここを立ち去って行った。また余計なことをしてしまったか。態勢を直して的と向き合う。 ミストレやエスカバのこういう言い合いをするのにも、もう随分と慣れてしまった。 俺の体が小さく揺れ、心臓部分に銃弾を撃ち込んだ。 「おお?これはこれは、スリード大尉じゃないですかあ」 「……、」 彼女に端の方で非難の声を浴びせていた奴だった。彼女はハッと俺のほうへ向いて男の方を見る。男は彼女なんかお構いなしに俺の方へ近づいてきて、「仲良くしてるんですかあ?」と醜い声と醜い顔を見せて、腰を曲げて俺に問いかけた。 「仲良く?」 「昨日アイツと一緒に基地の外に出かけているの見ましたよぉ?それにアイツがあなたの部屋まで行って何かを渡しているのも見ましたし?」 …見られていたか… 「……それがどうかしたか?」 「お、否定しない!」 くだらないことで声を出して笑うことが好きな奴だ。俺が苦手とするタイプである。 「ぶち貫くぞ」 俺の言葉に騒いでいた声はしんと静まり返り、目の前の男は段々と顔を青くしていき、表情が欠けていく。俺は男に向ける視線を逸らしたり、視線の気を緩めたりはしない。じっと、しっかりと男を見つめる。 俺が非難されることは構わないのだ。もう何年もされていることなのだから慣れてしまった。しかし、それで彼女が非難され、こうしてバカにされることは許せない。彼女はどんなに狙撃の腕が誰よりも、群を抜いていても、非力で、そして戦場にも慣れていない、半一般人なのだ。こういうことを慣れていると言ったとしても、それが偽りだとわかっている。 「もう一度言おう、お前のここをぶち貫くぞ」 銃口を男の心臓部分へと当て、男の表情を見て楽しんだ。これでも俺は人を殺しており、殺戮を楽しんでいると言われても否定はできない。人を殺しているからだ。そう、たくさん。この男を一人殺したところで俺は何とも思いはしない。ただ「殺した」という対象になるだけだ。 「…いや、それともここか?」 銃口を股間に当て、男を見た。周りはコソコソと俺を見て話し始めるものと、それをただじっと見つめているだけの者もいる。当然、面白そうにこの光景を見ている者もいる。この時、俺は彼女を見る心の余裕は一切持ち合わせていなかった。この場にある選択肢撃つか撃たないか、ただその二択のみ。 「ここを撃ってから、お前の脳みそをぶち貫くのも面白い。俺は今気が立っているんだ、朝からうるさい声を聞きながら狙撃をするのがな、どうも耐えきれなかった」 「俺を殺しては」 「ああ、それは心配いらない。人ひとり死んでも、お前のような者が死んでも、変わりはたくさんいる」 こんなことを言っておいて、本当は殺す気はなかった。ただ、反応を見て楽しんでいるだけ、といっては、きっと嘘になるだろう。本当に撃っても特に問題になることはない。 「バ、バダップ殿!」 声をあげたのは彼女の方だった。視線はやっと彼女の方へ向き、顔をあげ、もう一度男のほうへ顔を向ける。 「彼女を馬鹿にしたことを詫びろ。彼女は、少なくとも、お前よりも勇敢で、勇気があって、優しさがある」 また彼女は声をあげた。もういいです、と頬を赤く染めて声を張る。 「………」 「バダップ殿、やめて、ください」 ![]() 「音で聞こえないふりをしていたようだが、あなたの表情は怒りと悲しみで歪んでいた。悔しく思う気持ちもわかる、それに対して一々反応をとっていられないのもわかる。だが、そんなにつらいのなら言うべきだと、俺は思う」 「バダップ殿には関係ありません。わたしの気持ちなんてわかりもしないくせに」 「確かにあなたの心の内はわからない。今俺を前にして何を思っているかなんて特に。だが、あの場のあなたの気持ちは俺にはわかっていた。俺もああやって罵られてきたから、少なくとも、多少は、わかっているつもりだ」 「……わたしとあなたを比べないで。きっとあなたの方がひどく言われていたのでしょう?」 「言われようの問題ではない。それを捉える心の問題だ」 基地の園庭は、軍事基地だとは思えぬほど穏やかで静かな心が落ち着ける場所だ。庭師が毎日手入れしているこの園庭に訪れることができるのは休暇を貰った軍人のみ。普段軍人はここに訪れる時間さえないのだ。 「…バダップ殿は とても優しいですね」 頬を染めて彼女はぼそりと呟く。 「あなたほどではない」 「わたしには…あなたの優しさが…心の支えになっている、とは過言でしょうけれど、」 彼女は顔をあげ、先程よりも頬を染め上げていた。 「心の支えになっています」 そう彼女の唇は動く。瞳には強い者が持つ心を宿している。 「…過言、だな」 目は俺を一人の人間として、そして軍人であり上司として敬う気持ちを含んだ色を見せている。 「俺は誰よりもあなたが優しい人であることを願っている。そして現実、そうだ。あなたは優しい。感じやすい心を持っている、だからとても優しい。俺なんかよりもずっと、あなたは優しい」 彼女の頬はどんどんと赤く染め重なり、ついには耳を赤くさせた。恥ずかしさなのか、彼女は手の平で口元を押さえて、声にならない声で俺の言葉に答えた。 その姿がとても愛くるしくて拳を作り、湧きあがる性欲を抑えるようにして唇を固く閉じた。 俺も彼女を互いに媚びているわけでは、決してないのに。俺はとても情けない。 「今日、ミストレがあなたの腕を見に来ていた」 「えっ、ミストレさんが?」 「認めたくないようだったが、彼はあなたの狙撃の腕を見て目を輝かせていた。遠まわしにあなたには敵わないとまでな」 「本当ですか…!?ミストレさん、前はそんなこと言ってなかったのに」 「素直でないからな、彼も」 今度は嬉しさに口元を緩ませている。コロコロとよくもまあそんなに表情が変わるものだ。 「エスカバさんに報告しなくちゃ」 「…え?」 一瞬頭の中が真っ白になり、その視線の先の彼女に向ける表情を作るのを忘れてしまった。思いがけない台詞だったので、俺としたことが、何も考えられなくなったのだった。 「エスカバ…?」 「はい、エスカバさん、よくわたしを気にかけてくれて…。たまにエスカバさん、夕食を一緒にとってくれるんです。わたしが一人でご飯食べてるの気付いてたらしくて」 お恥ずかしい話しなんですけどね、と付け加えた。 「…ならばなぜ俺を心の支えだという?エスカバの方が十分にあなたの心の支えになるはずだ」 「それを訊くのはタブーですよ」 驚いて目を丸くして彼女を見下ろした。彼女は何かの勝負事にでも勝ったかのような得意げな表情を見せる。その台詞はタニが俺に放った一言だった。 「なぜ?」 「わたしがそう思ったからです」 彼女は得意げに言う。その表情に思わず笑みを浮かべてしまい、この目の前にいる彼女が軍人ではなく、一人の女性として見えたからなのだ。なぜこんな基地にいるのかと本気で問いたくなるほどに。 「…ふふ、そうか」 ![]() 「しかし、やはり『鷹』は援軍として向かうべきだと私は思います!『鷹』は元々援軍に適した部隊であり、私もそう育ててきました、今更前線に立って戦うなど無理です!」 「しかしサイコウジ殿、『鷹』は前線で戦えるほどのスキルをお持ちのようだが」 「それでも、『鷹』のあり方は援助です、ナガイ殿」 「…して、隊長殿、あなたは如何様にお考えか?」 彼女は顔をあげた。 昨夜、科学班が敵から送られてきた暗号を解いた。内容は「明日午後20時、攻撃を開始する。第二基地」第二部隊基地を攻撃しようとしているのだ。第二基地は攻撃の要である。第三部隊基地は主に「援助」として動く基地であり、研究を主に行っており、中間地点の役割を果たしている。第二部隊基地は攻撃を主としている基地である、もちろんそこを攻撃されて、もしも壊滅状態にまでなったとしたら…。 『鷹』を育てたサイコウジマナブと彼女、名字名前、そして数々の面々が緊急の会議に同席した。俺の補佐をすることになったエスカバは肘を突いて彼女をじっと見つめている。 「わたしはどちらでも構いません」 思い通り、彼女の答えは曖昧だった。 「どちらでも?」 「わたしは従うだけです。今までそうしてきたから」 第二部隊基地は現在、海外へとほとんどの部隊が回されている。そこをうまく突いてきた西軍には呆れてしまう。こちら東軍はそんな汚い手を使ったことは一度としてない。 「先の戦で隊長殿の補佐が倒れ、そしてもう一人死んでいます…数少ない狙撃集団だ。前線に立たせるのは無理があると思いますが、如何でしょう」 「ふむ、バダップの意見は一理あるな。確かに、二人死んでは戦力が極端に下がってしまう」 「元々少数部隊だったのですから前線に立たせることは難しい。ここは第一部隊基地の狙撃集団を待ち、到着した時点で『鷹』を導入するべきかと。第二部隊基地には多く銃があるのですから、私たちの部隊も銃には困りませんし、後から援軍として道具運びとして機能させるのも悪くないと思います」 「確かに、『鷹』は援軍としてのスキルは群を抜いているからな…」 「ならば、『鷹』は援助をさせ、第一部隊基地のと合流させましょう。私の部隊が前線を走ります」 ナガイ中佐が声を上げたが、すぐにそれを否定する声が上がる。 「西軍は前線に狙撃部隊を置くと思いますが」 「狙撃で応戦するのも悪くない」 「第一部隊基地の狙撃集団を待って、それから攻撃にはいるのはどうか」 「それでは第一部隊が来る前に終わってしまう」 俺はここへきて初めてのため息を吐いた。彼女は大人達の会話をじっと聞いているようだった。 「場所は第二部隊基地、『鷹』は建物内で狙撃します」 この場の全員がハッとして息を飲む。彼女の目は真剣だった。何にも曲げられない、強い勇敢かつ勇気をもった目であった。 「敵が撃つ前に、わたしが撃ちます」 彼女は言った。 敵が来る15分前となった。会議にて俺の部隊は援軍に入り、『鷹』と動揺に建物内で敵の狙撃を阻止することになった。幸い俺の部隊にはミストレはおらず、小一時間前にそれを彼女に伝えると、彼女はくすくす笑って、ミストレさんには前線で頑張っていただきますから、わたしもサポートをがんばります。と自慢の銃を抱えてそう言った。 建物内といっても彼女とは棟が違うので同じ戦場に立っていたとしても顔を合わせることは今回あまりないだろう。 俺は自然と彼女を探して自分の持ち場を離れて階段を上っていた。敵を迎え撃つ真正面にある建物、一番撃ちやすく、下を見下ろすことのできる場所、スペースが十分に置かれている場所、きっと彼女はそこにいる。 「……、バダップ殿…?」 銃に弾を詰めている途中らしかった。 「気分はどうだ?」 「…わたしの他にいくらでも変わりがいるから緊張しないで任務を全うしろ、と言われました」 肩をすくめる彼女はうっすらと笑みを浮かべていて、俺はかける言葉すら失っている。 「でもよく言われていることなのでへっちゃらなんですけどね」 「……」 「ここはよく敵が見える。つまり敵もわたしのことをよく見える」 彼女は振り返り、地上を見下ろした。 彼女が今何を感じ何を思い、何に思いを馳せているか。知る者は彼女しかいない。 死ぬかもしれないという危険信号をどう感じ捉えるか、そしてそれに運命が合わさって、生きるか死ぬかが決定されるのだ。この戦場では。 西軍は大所帯でこちらに向かってくるだろう。先に迎え撃つのは援軍部隊の第三部隊。 「名前、よく聞くんだ」 彼女に踏み寄り、彼女と同じ視線に腰を屈め、肩に手を乗せた。彼女は俺と視線を合わせないように俯く。彼女の顔を無理に上げさせようとは思わない、あげるのは彼女しかできないのだから。 「大丈夫。あなたは死なない。俺が守る」 「…いくらバダップ殿がそう言っても、こればかりは信用できません、信頼できません。その場凌ぎの約束だなんてわたしにはいりません」 「泣くのはこの戦闘が終わった後、俺の胸で泣くといい。いくらでも貸そう」 「泣きません」 「これまでに何度も死線に立ち向かってきたじゃないか」 「一人じゃなかった。わたしの隣には仲間がいてくれました。だから戦えたんです」 「…それでは名前、あなたの勇敢なる心を俺に譲ってはくれないか」 彼女の左胸へと手を添えると、彼女はやっと俺を潤んだ目で視線を合わせた。 「俺も怯えたくはない。あなたに格好悪いところなど見せられない。だからあなたの勇敢な心がほしい」 左胸に添えていた手で彼女の髪の毛を掬い、下へとなぞって、もう片方の肩に添える。 「大丈夫だ、あなたは死なない。俺が守るのだから」 両肩に添えていた手に力を込めて、自分の方へと引き寄せて冷たい唇に自身の唇を添えた。 数秒だけ、ほんの少しの時間だけ、俺と彼女の二人の時間となった。唇を離すと、彼女はじっと俺を見つめていて、初々しい彼女の視線に恥ずかしくなりながらも俺は口角をあげて微笑んだ。 |