ぎょっとして、一息置いて、次は「はあ?」という声が上がった。陸遜の膝の上に乗っているわたしの飼い猫が、声の主を不思議そうに見つめている。思わぬわたしの告白に陸遜は動揺している眼差しをわたしに向け、そして最終的には長い溜め息を吐いた。しかし今回はちょっと違う、陸遜は額に手を当てて溜め息を吐いたのだ。 「あなたの事は昔から馬鹿だと阿呆だと思っていましたが最近は少しだけ見直していた部分がありました、でもそうもいかなかったようです。ああ、馬鹿につける薬はないと」 「あんたの毒舌につける薬はないと…。いいよもう陸遜に馬鹿だとか言われるの慣れてるし。今更怒る事ないだろうし。今回、わたし本気だし。」 「わたしと同じ学校に行くと猛勉強していた頃のあなたを思い出しましたが、こればかりは勉強のように必ず成功するアドバイスなんてない。悪い事はいいませんから諦めた方が身のためです。それから心のためです。勉強と恋愛は違いますよ」 「うっせ彼女できたことないくせに」 「どの口が言うんですかこの口ですかわかりました」 「もごっ」 陸遜の強い握力にわたしの頬は悲鳴を上げた。そう、受験勉強ではないのだ、恋愛は。ルールや必勝法なんてありはしない。人間と人間の心の繋がり、それが恋愛だ。陸遜の言うことは100%正しくて、バカのわたしだってわかっているほど、無意味な恋愛、なのだ。だから幼馴染の陸遜にこうして相談している。 わたしが中学生の頃、陸遜と同じ高校に行きたいと言って、陸遜監修の元に受験勉強を死ぬのではないかと言われるレベルにまでしたことがある。馬鹿だとか阿呆だとか、いい加減に理解しなさいだとかこんなのもできないのですかと言われ続け、何度も何度も復習を重ねてやっとできた、高校も受かった、というものではない、と陸遜は言う。それは、わかってはいるのだけれど。恋愛経験に乏しい陸遜に相談したわたしもわたしなのだが、陸遜はなぜこうも自信ありげに恋愛論を唱えられるのだろうか。 「ねえ、もしかして陸遜彼女いる?」 「あなたの相手をしていたら彼女なんてできるはずないでしょう。」 「なんだよわたし陸遜の邪魔なんてしてないじゃん」 「してますよ」 「例えば?」 「こういう、今の状況のことを話しているつもりですが?」 「………。」 ああいえばこういうのは陸遜もわたしも同じで、しばらく言い合いが続いた後、猫が陸遜の膝の上から退いた時には言い合いは終わっている。わたし以外にはいい顔するくせに、何故だか知らないけれどわたしの時は憎まれ口に憎たらしい顔まで披露してくれる。たまには皆に見せるような綺麗な顔をこういう相談の時に見せてほしいものだ。 こうして願いだけを並べても、陸遜にそれを伝えることはできない。「いいですか?」なんて人差し指で鼻の頭を掻いた陸遜は眉毛を頼りなく八の字に見せて、「これだけは言っておきますけど」と言いつつも、いつもの通りのアドバイスをくれる表情になる。 「名前がどうしてもというのなら、アドバイスをあげなくはないです」 「ほんと!?やっぱり陸遜男前!」 「ですが、私のアドバイスは保障できませんよ。あなたの言う通り私の恋愛経験は乏しいので絶対的なものはあげられませんけど、それでもいいと言うのなら。」 「参考にするって言えば陸遜も気が楽?」 「ええ、まあ、そうですね。そこまで気を遣われる方が逆に気が重いんですけど…参考程度になら。」 持つべきものは幼馴染、さすが陸遜。こうしていつも助けてくれるのは陸遜だ。いつも、どんな時も。「でも、」 「さすがに鐘会殿はちょっと…。」 「え!?なんで!?」 「…こんなに物好きだとは思いませんでしたよ。言われてるじゃありませんか、究極のナルシストだって。確かに学年上位にはいますし生徒会書記ですけど、弓道部の副部長ですけど…一部の生徒には人気ですけど……。聞いた話だと『私に似合う人物でなくては付き合わない』なんて言ってるらしいですよ?」 「今からアタックする人にそれ言う!?」 「アドバイスと取ってください」 「うわあ、先が思いやられる…」 「でしょうね。勉学もすべて私が監修しているわけですし、こういう普段の会話であなたの馬鹿レベルが相手に知られてしまうでしょう…。ああ残念です。」 「いやアンタざまあみろって顔してるけど?」 「そうですか?」 陸遜が言いたいことは、今のわたしでは鐘会にはまったく釣り合わないと言いたいわけで、今からアタックしようとしているわたしからすればそのアドバイスは絶望的なものだ。じゃあどうすれば鐘会に釣り合うかな、だなんて呑気に言っている暇はない。 陸遜のいう一部の生徒には人気、という、一部の生徒は誰か知っている。お金持ちで有名な子や、学年のマドンナと言われている子達の事だ。そう、一般人であるわたしじゃどう足掻いても勝ち目はない、ということ。いや、わかってはいたが、こうもハッキリ言われてしまうとへこむに決まっている。 「夏候覇殿ならまだわかります」 「えっ、なんで夏候覇?」 「クラスでも目立ってるでしょう?鐘会と一緒にいるところをよく目にします。」 「うん、確かに仲良いよね二人とも。お昼も一緒に食べてるみたい。9割鐘会が夏候覇を罵ってる話もしてたけど二人とも楽しそうだったし。副部長同士でしょ?帰りも一緒なんだって。」 「…名前、何故鐘会殿を好きになったか教えてくれますか?」 「えっ」 「え?」 「………こ、この、この前…」 「顔が真っ赤ですけど」 穴があったら入りたいんですけど。今すぐ陸遜の目の前から消えてなくなりたいんですけど。しかし陸遜はわたしをじっと見て、返答を待っている。言わなければ、駄目だろう。今からしばらくの間は彼に頼るわけなのだから、好きになった理由ぐらい知っておいてくれていた方がこちらとしてもありがたい。けれども。やはり、恥ずかしい。 「恥ずかしがらずに、さあ。」 「……この前、雨降ったじゃない?その日天気予報見てなくて、午後雨が降るだなんて知らなくて、土砂降りの中帰る勇気もなくて、陸遜まだ部活してるかな、と思ったんだけど雨だから早く終わったってこと知らなくて、お母さんに向かいに来てもらおうと思ったんだけど携帯繋がらなくて、どうしようかって考えてて、もう走って帰ろうと思って昇降口から出ようとしたら…、鐘会が傘に入れてくれた…ということです。一緒に帰ってもらいました。」 「…………ああ、すみません絶句してしまいました。で?」 「で、って?」 「それだけなんですか?話の内容とか、教えてくれないとアドバイスもなにもありません」 「会話の内容は別に、クラスのこととか、いきなり雨降って困ったって言ったら、罵られた、とか。あと部活のこととか…」 「同じ部活でありながら…部活をしている姿などは気にもかけなかった、と。」 「いやいやそれまではね!それまでは特に気にも留めなかったから姿なんて見てなかったよ。でもホラ、今はさ、好きなわけで、見るわけだよ。もうすごくかっこよかったです…」 「普段から話している姿は見かけていましたけど、その様子なら脈はあり、と言えばいいんですかね?」 「……あっ、ある、かな!」 「私だったら、好きでもない人と一緒に傘に入らないですし、印象は悪くないってことでしょう。おそらく」 おそらくですよ、と付けたしに付け足した陸遜に向かって頷くと、陸遜は口をぎゅっと閉じて「私なんかよりご友人に相談したほうが、いいと思いますけど」だなんて言う。わたしが最終的に信頼するのはどんな時でも陸遜だから、面倒くさいだとか、どうでもいいとか言われても、やっぱり陸遜を充てにするだから友達に相談したって意味がない。 「頼りにしてます、陸遜様!」 「……はあ、アドバイス程度、ですよ?」 |