世界の逸話集 | ナノ



07

 石田三成くんについて、わかったことが三つある。まず一つめ。彼は見た目で判断できるほどの男ではないこと。二つめ。よく笑う事。三つめ。繊細な人だということ。そりゃあわたしだって、初めて見た時はあの鋭い目に近寄れないタイプだと思って接触を避けてきた。向こうから接触してくる時なんてなかったけれど、わたしはできるだけ石田くんと席を遠くにしたり、会話をしないようにしていた。理由は本当に「近寄りがたいから」だけなのである。だけど彼は見た目では感じられないほど、普通の人間そのものだった。本も読めば、マンガも読む。ニュースを見れば、ドラマも見る。パソコンだって、ゲームだって、好きな音楽を聴くことだって、なんだって、至って一般人がすることを、彼も同じようにしている。この前までは石田くんはマンガは読まないゲームはしない、ドラマは見ない、服装を気にしたりしない、だったり、真面目キャラとして見ていたわたしにとって、それがとても鮮明に見えて、感じられた。
 隣でゲームをしながらくしゃりと笑う石田くんは、普段笑っていないからかとても嬉しそうに見えた。嬉しそうと思うのはちょっとおかしいかもしれないけれど、わたしには嬉しそうに見えたのだ。それに石田くんはよく喋った。学校とはまた別の顔をわたしに見せた。石田くんは元々少食派だから、わたしがどれくらい食べるか解らずたくさん作ってしまったパスタを二人でもぐもぐと口を動かして食べていき、いつも一人でしている食事を二人ですることがとても嬉しいのか、石田くんから会話は途絶えなかった。その会話の中で見せる石田くんの繊細な心が、わたしの中でじいんとのしかかった。家康とは違う人だと。


「ここでいいのか?」
「うん、ありがとう石田くん。駅からすぐ近くに家あるから」
「…そうか。今日は、礼を言う。」
「えー石田くんがそれ言うの?こちらこそありがとう。また鉄拳しようね。」
「……ああ」
「それからハムスターのお世話もしっかりするんだよ」
「わかっている」

 口元を上げた石田くんは、暗くてよくわからないけれど頬が少しだけ赤く染まっているようだ。私服の石田くんと制服のわたしは、ちょっとおかしな光景だろう。たくさん残ってしまったパスタはどうするのかと訊くと、明日の弁当にでも持っていくといって、改札の方にずっと立っていた。手を振れば、石田くんも控えめに手を上げる。
 10:21。まだ木曜日、明日もまた学校がある。ちょっと長居しすぎたなあ、と思いながら、お母さんがまた家康くんと一緒に居たんでしょお、と茶化すのが頭に映った。

「あっ」

 そうだ、家康だ。
 すっかり家康に連絡を入れることを忘れていた。急いで携帯を開いて、「ごめん、携帯見てなかった」「今電車だから、帰ったら電話してもいい?」とメールを送ると、10分後に家康から「おう」の文字と隣にニコニコマークの絵文字が送られてきて、わたしは奥底にあった重い息を一気に吐く。ちょっとだけ安心できる文面だったし、いつものように電話してお互い謝って喧嘩は終わるだろう。元々家康もわたしも悪いことなんて何一つしてなかったのだ。
 ふと、石田くんの携帯を思い出した。連絡先、教えればよかったかも、とメール画面を開き、次のページの同じクラスの男子のメールを開いた。

「石田くんのアド知ってる?」




08

「あっ…」
「あ、石田くんおはよう」
「おはよう三成!」
「い、いいっ、家康っ!」

 握り拳を作った石田くんが家康を指摘すると、家康はキョトンとした顔をして「なんだ?」と太陽のような笑顔を向けた。石田くんが今までよりもキラキラ輝いて見えるのはきっと昨日のことがあったからだと思う。石田くんが遠慮がちにわたし達にどうやって仲直りしたのかと目を伏せながら言うので、わたしも家康も少し考えた後、謝った、と声を揃えて石田くんに教えると、目付きを鋭くさせた石田くんは誰よりも早く昇降口へと走って行った。

「どうしたんだろう石田くん」
「さあ…掴めない時があるからなあ」

 一足先に教室へ行った石田くんの靴箱を見てみると乱暴にローファーが置かれていたので丁寧に位置を直して自分のローファーを入れる。「家康上履き壊れそうっ」「この間伊達の鬼ごっこに付き合っていたら破れたんだ」「っていうかもう足はみ出てるし、汚い」「そんなこと言うなよ」ゴムと生地の隙間から家康の足が見え隠れしていて、歩きづらそうだ。だけどそんなのを見せないのが家康である。すぐに我がものとしてしまい、階段は普通に上るわはみ出しているのに平気で歩くわで、家康のすごさを知る。

「ねえ今日部活見に行ってもいい?」
「えっ」
「え…?あ、だめ?」
「いや、だめじゃあない!だめじゃないけど…少し照れ、る、」

 何度か家康の部活へと見学しに行ったことはあるし、もう今更照れるようなことはないと思っていたけれど、家康はそうでもないらしい。今更照れていることをバカにしながら、石田くんが一足先にいる教室へと向かうと、ハムスターをケージから出して手に乗せている石田くんの背中があった。その背中に声をかけると、ゆっくりとこちらを向いて、無表情だったのを、柔らかくして「ああ」と言う。机に鞄を置いて石田くんの手に乗っているジョセリアンヌと同じ目線に合わせようと屈む。ヒゲを動かしながらキョロキョロとしているジョセリアンヌはもう指を噛んだりはしない。
 「メール、」ぽつりという石田くんを見上げて、言葉の続きを待っていると、顔を真っ赤にしてジョセリアンヌをケージに戻し自分の席に座って机の中から本を取り出した。

「メールがなに?」
「なんでもない!」

 昨日の家の時よりも余裕のない会話をしているような気がする、石田くんが。近付いて何の本を読んでいるのかと訊いてみると、何だっていいだろう、と言って本を閉じ中へしまって、そして何もしなくなった。不可思議な石田くんの行動に驚かないわたしではなく、石田くんを見下ろして次の行動を待っていると、陽気な家康の声がクラスに響き渡った。
 家康は小走りでジョセリアンヌのケージに近寄って、床材に潜るジョセリアンヌに声をかけた。それに石田くんは鼻で笑って、ハムスターが人間の言葉に反応するわけないだろうと勝ち誇ったような顔で言う。家康もそれをみて同じように勝ち誇った顔で、わかってるさ、と胸を張る。それをみた石田くんは気に食わない表情を見せて、なら貴様はバカだなと姿勢を元に戻した。いつもこんな喧嘩をしているのかあ。変に関心していると、家康の視線に気付いてそちらを見た。

「なに?」
「いや、なんでもないよ」

 家康と石田くんは、小中高と11年間同じ学校で通っている。小さい頃からこうして対立していたそうで、殴り合いのケンカもしたとか。中学生までの家康と高校生になっての家康のギャップのすごさに驚いたが、石田くんの11年間変わらぬ風貌にも少なからず驚いた。

「名前はハムスターが声に反応すると思うよな?」
「はっ?!わたしまで巻き込まないでよ!」
「苗字は関係ないだろう貴様は大バカか?そうだな、阿呆がお似合いだ。阿呆家康、なんだ、結構似合ってるじゃないか。」
「またそういう事を言って、お前も飽きんな三成」

 ああ、こうして廊下で喧嘩してるんだ。



09

「い、家康ってかっこいいよね」
「なんだ、驚くことでもないだろう?」

 右手の手の甲で額の汗を拭った方の手の指をロッカーに向けて、着替えを取ってくれ、と弱々しい声で呟いた。「徳川」と家康の字で書かれた名札がついてあるロッカーを開け、タオルと制服を持ってベンチに座り、タオルを渡して制服を抱えた。汗を掻く男の人の姿を見るのは嫌いじゃないので、じっと家康を見つめていると「照れるじゃないか」とタオルで顔を隠した。今更なに言ってるんだと思いながらも、わたしもつられて頬を熱くさせた。
 ボクシング部の部室の窓を開けて、ついでにファブリーズを全体に吹きかけると家康は笑って汗臭いよなあ、などと人ごとのように言ってYシャツに腕を入れる。少し高い窓をジャンプしながら開けていると、笑いながら後ろから近づいてきた家康は背伸びもせず軽々と窓を開ける。わたしももうちょっとだけ身長高ければ、と悔しくて腕を下ろすと、家康の腕がわたしを拘束させた。首筋に顔を埋め、唇を寄せる。「家康っ、ちょっ」

「おーい家康が盛ってるぞ〜見物だぞ〜後輩ら〜」
「いっ!?」
「わっ、お前ら!」

 がばりと腕を離して体を解放させた家康は耳まで真っ赤にして部室を出て行った。頬の熱を確かめながらベンチに座り家康の制服を見つめていると、胸ポケットに入れていた携帯が鳴った。メールだったので、一応誰からか調べようと開いてみると、そこには石田三成と、表示されていた。