プリズム | ナノ
Cランク任務-1


 大事なのはチームワークだ。任務前にそう言った自来也の言葉を頭の中に再生させた名前は大きなリュックを背負って木の葉の里から初めて外に出た。名前だけではなくミナトもソウタも初めて木の葉の里から離れるわけなのだが、名前よりかは冷静になって足を運んでいる。
 名前は里の外の話を聞いた事がなかったので見るものすべてが新鮮なのである。親のいるミナトやソウタは時々、里の外の話を聞くことがあるから、まだここ辺りは常識の範囲内としてあるのだ。
「名前ちゃん里の外に出るの初めてなんだ」
「…え!?ミナトくん出たことあるの?」
「ん?ないけど…親の話とか聞いてるからなんとなくこんな感じかぁって」
「ソウタくんも?」
「…まあ」
「あ…そうなんだ…」
 なんだかつまらいと言いたげな様子に自来也が名前の頭を撫で、
「これからはたくさん里外に出ることになるからのぉ、これも慣れの一環としての任務だぞ」
 と言った。ご時世、この世は争いばかりだ。下忍は戦争へと足を運ばないが中忍ともなれば待っていなくとも勝手に戦争へ赴く任務が舞い込んでくる。そのために下忍は任務で「戦争の為」に里の外へ出る事が義務付けられている。今回はCランク任務とはいえ、小競り合いに巻き込まれる心配がある。警戒を十分することに越したことはない。
 今回の任務の内容は隣村に文書を届けるものだった。隣村とは木の葉の忍が守ることが条件として作物や鉱石を輸出しているのだそうだ。文書の内容は知らされなかったが、先生とミナトが言うにはこの小競り合いの規模が大きくなって忍を村に居座らせることと非難の呼びかけの文書だろうと踏んでいた。しかし下忍に任せられるCランク任務だ。忍との交戦の確立は無しといってもいいほど低い。
「隣村まではそんなに時間掛からないんですね」
「そうなんだあ、どのくらいで着くの?」
 ミナトが地図を広げながら自来也の方に向くと、地図を見て用意がいいのぉ、とミナトに関心を示す。それが面白くないのか、ソウタは唇を尖らせて自来也の後ろにいる名前の左隣に移動した。自来也の右隣にはミナトがいるからだ。
 隣村まではそう時間はかからない。片道二時間で着いてしまう。
「片道二時間!?」
 まず最初に声を出したのは名前で、隣にいるソウタも眉の間に皺を寄せて嫌なものを見てしまったような目をミナトに向けた。
 ミナトが「片道二時間だよ」と花でも咲くような笑顔を名前に向け、教えられた名前はもちろん、隣にいるソウタも同じ反応になってしまった。
「…とはいっても途中で休憩を入れながら行くから安心…」
「できません…三十分毎に休憩お願いします先生!」
「なぁにいっとるんだ!日が暮れちまう!」
「そ、そんなぁ」
 涙目である。口には出さないがソウタも「勘弁」とでも言いたそうな表情だ。ミナトはクスリと笑って「俺がおんぶしてあげようか」と言うと、ソウタはミナトを見、名前は顔を真っ赤にして「子どもじゃない!」と声を上げた。
 ミナトのリュックは名前やソウタよりも少しだけ大きい。自来也はおそらく二人の事を考えて余分に物を持ってきているのだろうと確信した。指定したものなら名前やソウタの鞄の大きさで十分なのだ。
「一時間後に泉がある、そこで一旦休憩にしようかのぉ」
 腕を組んだ自来也は後ろにいる二人に告げると、いくらか目を輝かせたが一時間後という単語に渋々頷くしかなかった。その二人の様子を見て笑うミナトの心境は複雑なものだった。


 太陽の光で水面が銀に輝いている。名前はタオルに水を含ませて思い切り絞り、広げて顔に被せた。
「きもちー!」
「本当?俺もしよ」
 ミナトも名前を真似てタオルを水に絞って顔に被せて「きもちーね」と白い顔で名前の方に振り返る。名前も顔にタオルが掛かっているので、「そーだねー」と脱力した声で答えた。木陰で休んでいるソウタはストロー付きの水筒を片手に二人の後姿をぼうっと見つめていた。
「ソウタもしてくればどうだ?」
「…俺は別に」
 素直になれないソウタの姿に自来也はわざとらしく肩を上下に動かして鼻で息を吐く。どうも二人が素直すぎてソウタの性格が尚の事鋭く見えてしまうのだ。
 泉の周りで何やら話しこんでいるミナトと名前は、遠くの方に小鹿が顔を出したことで二人の方に振り返った。なんともまあ、子どもだのぉと歯を出して眉を下げて笑う自来也に、ソウタは目を鋭くさせてミナトを睨んだ。ミナトはソウタの睨みに気付きながらも、それに気付かないフリをして名前に追ってみようよ、と提案すると、自来也は名前の返事の前に、制止の言葉を上げる。
「残り一時間、これ以上時間をかけては日が暮れる」
「あ…はい」
「えー先生のケチー」
 渋々文句を口にしながらもリュックを先に背負ったのは名前で、続けて早くと催促したのも名前だった。彼女はソウタの雰囲気を感じて、ソウタのミナトに送る視線にいち早く対処したのはどうしたものかと悩んでいた自来也ではなく、名前だった。わかりにくいが、名前が名前なりに考えた今できるチームワークだった。
「…元気すぎて頭痛い」
 と腰を上げたソウタは名前の方へ歩いていく。つられてミナトも名前の方へ歩いていった。
「(ほう…これはまた)」
 自来也は苗字一族の事をもちろんのこと知識としてある。その苗字一族である名前の母とも面識があって、一度だけ共に任務に就いたこともあったのだ。母親譲りの明るい性格だ、と自来也はその姿を思い出し、重ね合わせて思った。両親が死んだが、明るく育ったものだ、と腕を組んで歩いている自来也は三人横に並んで歩く真ん中の名前の後姿を見て、彼女の母親の背中を思い出した。
「ソウタくんはさぁ、好きな食べ物とかってある?」
「…あるけど…教えない」
「えー!?あんみつ好き?今度皆で一緒に食べに行こ」
「…甘いの好きじゃないんだけど」
「(ヨッシャ!)」
 名前とソウタに気付かれないようにガッツポーズを決めるミナト。その先には岩隠れの忍が潜んでいた。
戦闘で負傷し、流れ込んできた岩隠れの忍達は敵の気配がない安全なこの林の中に身を潜めていたのだ。それに気付いたのが自来也、ミナト、そして同時に名前とソウタだ。強張る名前とソウタに真剣な表情になるミナト。自来也は三人の前に出て様子を見た。襲ってくる気配はないが、相手は確実にこちらに気付いている。
「せ、先生…」
「負傷者が多い。動ける者はそういない…か」
 敵国だ。見逃すのは痛いところなのだが、教え子三人、しかも下忍だ。ミナトはどうにかなるかもしれない。だが、名前とソウタ、二人は恐らく実戦慣れをしていない。不安そうに自分を見上げている名前に、自来也は視線を岩隠れの忍達に向けた。
「!?ソウタくん…?」
 ソウタの気配が消えた。隣にいたはずのソウタが消え、名前は振り返ると、クナイを持った忍がこちらに走ってきた。名前はクナイを構えて応戦しようとするも、やはりこうして敵との対峙が初めての名前は経験不足。足も手も震えていて動けなかった。
「名前ちゃん…!」
 ミナトは腕を伸ばして名前の服を自分の方に引っ張り、ミナトのクナイと敵のクナイが音を火花と音を立てて相打ちになり、ミナトは名前の前に出て、敵は後ろへ飛んで岩の影に隠れた。
「ミナトくん…、」
「大丈夫!?くそ、先生…!」
「……どうしよう、ソウタくんがいない…」
「ソウタはわしが見つける。ミナト、名前、ここは任せて村へ急げ。走れば30分もかからないで着く。文書はお前に託した」
 自来也がミナトに文書を渡すと、ミナトは口を結んで頷き名前の手を握った。
「ミナトくん…!」
「行こう!ソウタくんと敵は先生に任せよう、大丈夫だよ!」
「でっでも」
「敵に追いつかれる!早く!」
 ぐい、とミナトが名前の手を引っ張り、名前は仕方なくもたついた足の裏をしっかりと地につけ、思い切り蹴る。背中のリュックを片手で支えながら、もう片方はミナトに引かれながら、そして時折後ろを振り返りながら、名前は走った。この時、集中をするほどの余裕はなかったが遠くにいる自来也と敵の忍の姿ははっきりと映り、考えるよりもまず先に驚いたが、ミナトに手を引かれてハッと正気に戻り前を向いて目的地の村まで走り続けた。