プリズム | ナノ
あんみつ作戦


 ゴクリと息を飲み、茂みに潜んでいるミナト、ソウタ、名前の三人の視線の先には依頼主が言う「可愛い私のペット」とは言い難い猛獣がずっしりと構えている。野生の感か、「可愛い私のペット」は唸った後ぐるりと三人の方を振り返り、そして走ってきた。「可愛い私のペット」の視線の先にはぎょっと目を大きくして青筋を立てている名前がいる。
「ペットじゃないじゃんペットじゃないじゃん!」
「名前ちゃん木に飛び乗って!」
 振り返ったミナトは名前に木の上に飛び乗るよう指示し、セットしたトラップの糸を切るとずっしりと重いそれは木の上に設置した網のトラップにかかる。はあはあと息を切らした名前は木に抱きつき目の前にいるそれを睨みつけた。
「熊がペットとかバカじゃないの!」
「…それ聞かれたらどうなると思ってんの?」
 ソウタが名前の隣に着地し、自来也から受け取った睡眠薬が塗られている千本を熊に放つ。すると熊は唸る声をやめてうとうとと首を動かし、そして眠りについた。
「はあ」と木に座った名前は熊を見つめ、依頼主の顔を思い出す。あのババアなんつーもん逃がしてくれちゃってんの。明らかに不機嫌そうにしている名前を見下ろすソウタは鼻で息を吐き、「降りるよ」とチャクラを流したクナイを網に向けて放つ。名前は「あっ」待って、その下にはミナトくんしか、と言う前には熊の巨体がミナトに目がけて落下していく。
「ソッ…ソウッ…!」
 ドゴォン……。大きな音と土煙りの中にミナトは熊の下敷きになって倒れた。


「大丈夫?」
「いてっ…」
「ソウタくん、ミナトくんに謝りなってば」
「…受け止められなかったのが悪いんだろ」
「そういう言い方よくないよ」
「…うるさ」
 ソウタの言葉に名前はぷりぷり怒っているが、向かいにいるミナトは眉を八の字にして「もういいよ、俺も悪かったんだから」と笑った。それをみたソウタは口を尖らせ顔をふい、と背けた。
 名前がミナトの怪我の応急処置をしている理由は現在病院にたくさんの怪我をした忍が押し掛けていてこのような傷を見ている暇がないのである。隣国との小競り合いの規模が大きくなり、互いに怪我人をたくさん出した。その為に下忍を見ていられるような医療忍者が誰ひとりといないのだ。自来也は仕方ないと救急箱を借り、病院の少し離れたベンチで傷の手当てをするように言ったのだった。
 無事に依頼を終え、依頼主に「可愛いペット」を返すこともできて初めての任務は成功に終わったものの、ソウタの行動で班の空気はどこか暗い。ミナトはその空気に気付いて笑っているが、傷の痛みには顔を歪めた。
 ソウタは小さな頃いじめを受け、心を閉ざす性格になってしまったのだ。その為に必要最低限人と接することはしない。表情も他人を受け付けないようにしているし、纏うオーラもそうなのだ。
「ソウタ、こう雰囲気を作ってしまったのはお前の責任だ。後になって後悔するのは自分だぞ?」
「………わ、悪かった、よ」
「!…ああ、気にしてないよ」
 自来也がぐりぐりとソウタの頭を撫でると、ソウタは色白い肌を赤く染めて、恥ずかしそうに謝罪の言葉を口にした。ミナトはそれに痛みで歪めていた顔を笑顔にしてそれに答える。
「はい、こっちはできた!指の傷見せて?絆創膏貼ってあげる」
 無理矢理ミナトの手を引っ張った名前に、ミナトはあっと声を上げて、そのまま名前の手際に静かになった。薄茶色の絆創膏が巻かれ、はい!とミナトの手の平を叩く。
「ありがとう名前ちゃん」
「うん、どういたしましてー」
「しかし無駄のない手際だったのう。医療忍者でも目指しているのか?」
「え?これくらいどうってことないですよ?むしろ普通?」
 名前の家族は死んでいる。だから家事や傷の手当てにしろ一人でこなさなければならないのだから自然と手際がよくなるのも納得である。
「おっと、それじゃあ今日はこれで解散とするか。よーし今日こそはわしと飯でも」
「これ返してくるね、さよーなら!」
「あ、俺も行くよ!…あ、じゃあ先生、ソウタ、さようなら」
「…さよなら」
「おーい!…明日の集合時間は八時だぞ〜…」
 自来也の声も虚しくかき消されたところ、しっかりと名前の隣をキープしたミナトは顔を屈め名前を見上げた。それに気付いた名前は「なに?」とミナトを見下ろす。
「ありがとう名前ちゃん。それにしてもホントに手際がよくて驚いたよ」
「そう?まあこれくらいはね、早くから慣れておいて損はないでしょ?忍になったし」
「ああ…じゃあ俺も慣れておかないと」
 生真面目に答えるミナトは首席で卒業したエリートと呼ばれている。その隣にいるのはお転婆問題児と呼ばれた名前だ。傍から見ても組み合わせはどこかおかしい。
 もちろん、今日も名前は遅刻を決めた。そしてその上をいく遅刻魔がいたのだ。
「にしても先生おそかったよねー。集合時間の二時間後くるとは…」
「いや名前ちゃんも負けてないっていうか、人の事言えなくない…?」
 名前は集合時間の一時間後、つまり八時に集合場所に到着した。だがしかし遅刻魔の称号を持っている名前だったので、ミナトとソウタの二人は溜息を吐いて、ミナトに関しては困ったように笑うしかないのであった。
「ソウタくん、ホントに人慣れしてないよね」
「きっとこれからだよ」
 名前の手から救急箱を奪ったミナトは俺が持つよ、と反対側の手へと移動させる。名前がまた奪わないようにだ。ミナトが指に巻かれた絆創膏をなぞり、本当に手際がよかったことと、手当をしてくれたことを思い返して口元が緩むと、ミナトの顔を覗きこんでた名前は頭の上にクエスチョンマークを出して、「どうしたの?」と首をかしげた。慌てたミナトにまたクエスチョンマークを出した。
 その光景を隠れてみていた自来也はほう、と声を漏らして二人の後姿を見ていた。

「これ、ありがとうございました」
「はい、確かに受け取りました。それにしてもごめんなさいね、今ちょっと忙しくって手が離せないのよ」
「大丈夫です。この子に手当てしてもらったから…」
「本当?それはよかった。それじゃあお大事に」
 病院から出た二人。名前はミナトの方に振り返って「それじゃあ、」と手を上げようとしたが、「名前ちゃん」とミナトが自分の名前を出したことにより上げかけた腕を下ろした。
「あんみつ好き、って言ってたよね?」
「え?うん、好きだよ」
「その…俺もあんみつ好きなんだ」
「うん」
「……(だ、だめかあ…)」
 名前の答えに照れくさくなって肩を上げて眉を下げて笑うミナトの頬は微かに赤みを帯びており、恥ずかしさと自信のなさが手伝って「あんみつ食べにいかない?」の一言が言えなくなった。一方ミナトの言う事がわからない名前はそのままミナトを見つめる。
「…わたし抹茶のソフトクリームが乗ってるやつが好きなんだぁ」
「!俺は普通のしらたまが入ったスタンダードなやつ…!」
「なんか話してたら食べたくなってきちゃった」
 あはは、と笑う名前にミナトは今しかない!と声を上げて「食べに行かない!?」と身を乗り出して問うと、
名前の顔の周りに花が咲いて「行く!」とこれもまた声を上げて答えた。ミナトは内心にガッツポーズをして、自分を褒める。
「(よくやった…!)」
「ホラ早速行こう!先行っちゃうよー!」
「あ、待って名前ちゃん!」
 その光景に自来也はミナトの事を思うとこちらまで照れくさくなり、そして優しい目をした。
「青春だのぉ」