プリズム | ナノ
トラップと仲間


 集合時間は十時、もちろん遅刻はしない。なぜならいつもより決まった時間が遅いからだ!忍具の入ったポーチを腰につけて集合場所へ着くと、わたしよりも先に来ていたミナトくんとソウタくんがこちらを振り返り、ぎょっとした表情を見せた。言いたい事はわかっている。
「おはよう名前ちゃん」
「おはようミナトくん、ソウタくん」
「…はよ」
 中断させていたゲームを再開したソウタくんは案外身軽な格好をしている。ミナトくんに至っては普通の常備でいる。わたしは忍具のポーチを腰に二つ付けていて、二人よりも重装備に見えるだろう。
「…名前ちゃん重くない?」
「え?でもたくさん持ってた方がいいじゃん。無くなった時どうするの?」
「臨機応変にやれよ」
「ソウタくんうっさい」
 陰険くんと呼ばれているソウタくんは結構悪い意味でもどちらも含めて良い性格をしているらしい。体育座りをしていたミナトくんは今日も先生遅いのかなと漏らしてソウタくんは黙々と指だけを動かしている。
 ミナトくんの隣に座って忍具ポーチに入れていた起爆札を取り出してソウタくんの肩を叩いてわたしが昨日の晩に考えた一つの策を提案してみた。
「わたし昨日の晩考えたんだけど、実力を見せろって先生言ってたじゃない?こうして敵を待ち伏せして戦うっていうのも任務ではありえることだと思うの。だからさ、トラップしかけない?」
 というと、ソウタくんは目を細くしてはあ、と小さく溜息を吐いた。一方ミナトくんは目をキラキラと輝かせて、「すごい、名案だよ!」とわたしの手を握ってきて、早速やろう!と立ち上がった。第三演習場は広いが、ミナトくんの考察で狭いところよりも広いところを使うだろうと広い場所を中心に木、地面、水の中へトラップ仕掛けに取りかかった。しかしソウタくんは丸太に座って一人でゲームをしている。
「ソウタくん、トラップの場所わからないと後先困るのに」
「でもいくら呼んでもこないんじゃあ仕方ないよ。あとで俺から場所とトラップの種類教えておくし」
「うん…そうした方がいいね。あっ、そこの木にも仕掛けよう、起爆札あるから」
 ミナトくんと木に飛び乗って起爆札を仕掛けた。ここからよくみえる場所の地面にトラップをしかけておいた。わたしが愛用しているネズミ捕りだ。今日のお役目は先生の動きを封じる事。まあ、引っかかってくれるような先生だったらありがたいけれど、見つかったら、と考えてよく見える場所、つまりは相手からもよく見える場所へと重ねてトラップを仕掛ける。わたしの考えた二重トラップだ。
「もうすぐ十時だね」
「それじゃ俺ソウタくんに場所の種類教えるから名前ちゃんは丸太に立って先生見つけてもらってもいいかな」
「おっけー!」
 ソウタくんの隣の丸太に立って先生の姿を探す。どこにも気配がないけれど、もうすぐ十時なんだけどなあ。
「…了解」
「すごいね、もう覚えたの?」
「…ゲーム画面で例えたらわかるよ。図面にしたら尚更ね」
「おぉー!お前ら早いじゃないか!」
 片手をあげてニカニカ笑っている先生はポケットに入れていたものを取り出してわたし達の前に差し出した。そして更に笑みを強めた先生にミナトくんは少し真剣な表情になる。ソウタくんは視線をゲームから目の前に差し出された鈴へと移っている。
「鈴、ですか?」
「ただ実力を見る、だけではつまらんだろう?鈴は三つある。お前達三人はわしからこの鈴を奪ってもらう。この鈴をわしから奪えなければ即刻アカデミー生としてやりなおしてもらうぞ」
「そ、そんな!」
「まぁ落ち着けのぉ。奪えばいいだけの話だろう?……奪えれば、の話だが」
「…!」
「先生…」
「本気でこい。じゃないとこの鈴は奪えないぞ。…少し時間を与えた方がいいか?」
「…俺はいつでもいいですよ、先生。絶対奪ってみせますし」
「いいのぉいいのぉ、ソウタ、その意気だ!」
 ゲームを背中のショルダーバッグにゲームをしまい、先生から一歩遠退いた。ミナトも続いて手裏剣ホルダーに手をかけて態勢を整えた。わたしも続いて腰につけているポーチに手を入れ、クナイを掴んだ。
「ようし、その目だ。敵と対峙する時、相手の目をよく見るんだ」
 先生の言うように、敵、つまり先生の目を見るめる。集中だ。クナイを掴む力を強め、ミナトくんが砂利をこする音と同時にクナイを先生の足元に投げ、四人は飛び退いた。
 木々へ着地し、草に隠れながら先生の気配を探す。どこにもいない先生の気配に一番安全である、トラップが何もない場所へと膝をついてクナイに起爆札を巻いた。
 トン、と音がし、クナイを向けると「俺だよ」とミナトくんが音を立てずにこちらに小走りで向かってきた。
「どうしたの?」
「え?あ…いや、どうしてるかな、と思って。先生の気配もソウタの気配も見当たらないんだ」
「ソウタは元々影薄いからなあ…。でも大男の先生の気配がないって、やっぱり上忍なだけある、よね」
「ん…そうだね。それでさ、名前ちゃん」
「なあに?」
「俺と協力しない?一緒にトラップも貼ったろう?なら協力したほうがいいと思うんだ。それに、先生の言った言葉の裏を考えると協力をしざるを得ないから…」
「ん…、うん?」
 薄く笑ったミナトくんは人差し指を立てる。
「つまり、先生はこの試験でチームワークを試しているんだ。鈴が三つ、そして『ただ実力を見る』っていっただろう。それに奪えばいいだけの話、って。でも本来上忍である先生に俺達がどう立ち向かっても力の差は歴然。だったらトラップを敷いた強みもあるし、ここは俺と名前ちゃん、ソウタくんで力を合わせていけばきっと…。隙をついて鈴を奪えるはずだよ」
 キラキラと輝くミナトくんにはただ脱帽するしかできない。さすが首席で卒業しただけのことはある。わたし達じゃわからないことも少し頭を捻らせるだけでわかってしまうのだから。
「…けど、ソウタくんはどうやって探すつもり?先生も見つからないし…」
「うーん、そこなんだよなあ…」
「…俺の事呼んだ」
「うっわあああ」
「出たあああああ」
「出たって、あまりにも失礼だよ。で、二人して俺に何か用でもあるの」
「どうしてここ…」
「だってここが一番比較的安全だし、それに二人の気配がして覗いてみたら俺の名前出してるしさ。なに、悪口?」
「いやいや、違うよ。俺と名前ちゃんとソウタくんで力を合わせて鈴を取りに行こうって話になったんだよ」
「…くだらねー。そうやってるといつか身を滅ぼすんだぜ。俺はパス。じゃ」
 早々とソウタくんはどこかへ行ってしまった。ポツンと取り残されたわたし達は肩を揺らし目を合わせた。
「どうする?」
「…仕方ない。二人で行こう。これで先生だけを探せばいいことになっ…」
「あっ、」
 先生だ。草の隙間からで多少見えずらいが先生が演習場のど真ん中に立って読書をし始めた。ミナトは手裏剣ホルダーから手裏剣を一つ取って、二人で一気に行くよりも、トラップを仕掛けながら近づく方が安全だと一本の紐に目を付ける。
「丸太、行くの?」
「反応を調べるんだよ」
 ミナトくんが投げた手裏剣が綺麗に紐を切ると、用意していた大きな丸太がゆらりと動き、そして勢いよく先生の方へ降りかかっていく。
「名前ちゃん、俺が行くからトラップ、よろしく!」
「あっ、ミナトくん!」
 丸太の影に隠れて行ってしまったミナトくんの背中を追いながら、次のトラップへと移動した。次は千本の嵐が降るトラップだ。
「うおおお!」
「!ミナトか!さぁこい!」
 ミナトくんは丸太を避けた先生に拳を向けた。しかし先生は軽々しくその攻撃をかわし、次にミナトくんの蹴りを容易く受け止めてしまう。ミナトくんとの連携は今回が初めてで、コンタクトを取るには目と目が合わさった瞬間しかない。しかしタイミングがずれてしまったらミナトくんが怪我をしてしまう。クナイを糸に近付け、ミナトくんと先生の組み手に息を飲んだ。
 地に手をついたミナトくんはそのまま片足を振りかざし、それを受け止めた瞬間にもう片方の足を振りかざす。しかし先生はそれさえ受け止め、足を掴んでぐるんと一振りしミナトくんを池に放り投げた。バシャン、と水しぶきをあげた池に、鼻歌を歌って再度読書に取り掛かる先生。あと二歩後ろに下がれば、足を…。
「あ…、ミナトくん、そういうことか…」
 先生は初めの位置と少しだけずれていた。これなら…。水面から這い上がったミナトくんは水を吸い込んだ重そうなパーカーを着たまま先生に向かって走り出した。
「ったく…負けん気だけは認めてやるがのォ」
「(…きた!)」
 クナイを握りタイミングを計る。集中だ。ミナトくんの体術は同世代の中でもずば抜けている。早いし一撃も重い。蹴りを二段入れても尚ミナトくんは両手に構えるクナイで攻撃する。半歩、また半歩下がった。あと一歩でいい。
「なるほど、その年でここまでやるとは大したもんだ」
「(ここ…!)」
 糸を切る。先生が一歩下がる。ミナトくんが気付いて体を回転させて後ろに退いた。「なに?」先生は踏みとどまり、少し動いた瞬間、わたしの愛用ネズミ捕りが地面から飛び出し先生の足を捕まえようとした。そうして空からは千本の嵐。
「よし!」
「やった!」
 だが甘かった。気付けば先生の姿はそこになかった。
「ま、こんなところだろう」
「!」
 後ろを振り返るとそこには先生がいて、クナイを向けようとしたが手首を掴まれ羽交い絞めにされてしまった。
「ぶ、分身…?」
「ご名答。影分身の術だ。しかしまっ、トラップを仕掛けているとは思わなかったのぉ。…さて」

 そうして目の前にはミナトくんとソウタくんが立っている。手裏剣ショルダーもポーチも地面に放り投げてしまって。
「と、まあこんなところだ。任務には思いがけない事ばかり、それに対応する術を身につけなくてはならない。今こうして仲間が死の局面に立ち、任務続行か人質の解放か、どちらかを選ばなくてはいけない選択を迫られる。…ミナト、お前だったらどうする?」
「…俺は、もう一人の仲間を忍ばせます。そして背後を突きます」
「そう、これがこの試験での課題、チームワークだ」
「…チームワーク?」
 ソウタくんが口を開いた。
「そうだ。今この状況、信じられるのは自分か?仲間か?……ソウタ、お前は単独行動をしていたな。しかしこの二人は力を合わせ協力し合おうとした。敵の力量をはかり、力を合わせようとした」
「…信じあう、…仲間」
「…正解だのぉ、ソウタ」
「あっ」
「名前ちゃん!」
 手をパンパンと掃き、わたしを掴みあげた先生はわたしの服の砂埃を掃き、背中をポンポンと押す。
「さて、本当はアカデミー行きだが、わしはお前らを信じてもう一度試験を行う。今度は…わかるな、三人共」
 先生、今日はちょっとかっこいい。
「はい!よろしくお願いします、先生!」
 頬をうっすらと赤く染めて頭を下げるミナトくんに口を尖らせて頭を下げるソウタくん。わたしも先生にお願いします、と一言、そして頭を下げた。がっはっはと笑う先生はわたしの頭を撫でながら、それじゃあ、やるかのぉ、と先程よりももっと明るく、そして軽い声でそう言った。




「今まで生きてきた中で一番運動した気がするぅ〜」
「はは、確かに俺もちょっと…ヘトヘトだ…」
「……」
「ようし!お前たちがわしから鈴を奪った褒美だ!どっか飯にでも食いに行くか!」
「わたしパス〜帰って寝る〜」
「あ…じゃあ俺も、」
「…ねみーし風呂入りたいから帰る」
「なんだぁお前らつれないのぉ!お〜い名前〜、先生が焼き肉連れて行ってやるぞ〜」
「先生セクハラです。わたし帰ります」
「それじゃあ自来也先生、また明日」
「…さよなら」
「お、おおい……。…明日は午後七時にアカデミーの前に集合だぞ〜…」
 こうして長かった一日も終えて先生を背に家路を急いだ。そういえば今日何を作ろうか考えてなかったから食材もないけれど…もうカップラーメンでいいや。ナツホに連絡を入れようにもこの疲れで明日にしようと決めた時、後ろからわたしの呼ぶ声がして、虚ろな目でその人物を映す。
「…ミナトくん?」
「その、今日合格できたの名前ちゃんのおかげだよ、ありがとう」
「わざわざそれ言いに?」
「うん。…ダメ、かな。迷惑だった?」
「ううん、でもミナトくんがいなかったらトラップだって結局働かないで終わってたもん。わたしの方こそお礼言わないと。元々トラップじゃなくても使える忍具ばっかりだったから」
「でも提案してくれたのは名前ちゃんじゃないか」
 あまり褒められるのには慣れていない。それにこうしてミナトくんのように笑ってくれる人もわたしの周りには誰ひとりとしていなかった。「アドリブの強い名前」と認識されて、ナツホだってこの認識を持ってるのだ。
「……照れちゃうよ」
「……、ご…ごめん」
「えー?そこ謝るところなのー?」
 またもミナトくんはごめん、と言った。頭を掻いて、それじゃあ、また明日ね、と手を振ってわたしと反対に走っていく。わざわざ追いかけてきてくれたんだ…。その後ろ姿に思いっきり息を吸い込んで叫んだ。
「ミナトくーん!また明日ー!」
 腕を上げて大きく振ると、振り返ったミナトくんも大きく腕を振った。夕焼けの影のせいでミナトくんの顔は見れなかったけど、多分いつものように笑っているはず。なんだか今日は疲れたけれど、少しだけ嬉しくて幸せな気持ちになった。
 ミナトくんの後姿が見えなくなって、いざ前を向く。オレンジ色の空には雲が泳いでいて、カラスがかあかあと鳴いている。少し先の道を左に曲がるとわたしがいつも使っている修行場に繋がっている道があり、そこまで行き左に顔を向けてみると、暗い森の中にカラスが入っていく。
 撫でてくれた先生の大きな手。忘れかけていたお父さんの大きな手。お母さんの優しい手。両手を胸の前で広げ、手のひら見つめた。
 今日からわたしは忍者になった。お父さんとお母さんの後を追いたくて忍になったのではなくて、一人になったわたしは忍になるしかなかったのだ。
「唯一の苗字一族です、忍にしないだなんて勿体ない」
 お母さんは立派な忍だったらしい。お母さんは苗字一族という、小さな小さな一族の一人だった。しかし戦争で仲間を失いお母さんだけが生き残った。そしてわたしが生まれ、物心がついた頃、お母さんは死んでいった。

 「集中」それが苗字一族の能力。うちはや日向のような特別なものを持ってはいないが、人よりも数倍集中力が優れている。集中する対象が文章を読み解くものだったり、文章を覚える暗記であったり、相手の動きを見切るものだったり、チャクラコントロールだったり、文章を読み解く力や暗記が格段に上がり、相手の動きも些細なことまで見きれてチャクラコントロールも難なくこなせる。ただ持続性がないのが痛いところ。ただそれだけ。それだけのことなのに木の葉の上層部はわたしを大切に扱ってくれた。本当に感謝してもしきれない。
 両手を握る。わたしはどこまで成長できるのだろうか。嬉しかった、これから恩を返せると思うと本当に嬉しかった。胸が躍り、顔が火照り、胸の中に自身が湧いてくる。
「(頑張ろう…)」
 両手を下げて修行場から顔を背ける。目的地はわたしの家だ。