プリズム | ナノ
ヒーロー!


 名前の家には忍具を保管する部屋がある。巻物でそれらの忍具を口寄せするための部屋だ。そこには名前が集めてきた忍具も、この間のCランク任務で山賊の刀もそこに置いてある。本日の任務は昼頃に終わり、自来也やミナトの誘いを断ってこの部屋に籠って作業をしていた。手裏剣にクナイ、千本をまとめ床に散らばっている起爆札をまとめて千本の隣の棚に置いた。
 自来也との修行で忍具の消耗が激しくアカデミー時代の時代にはあったたくさんの忍具は日に日に少なくなっていく。買いに行こうか、とも思ったが今更家を出るのもなあ、と思い明日にしようと立ち上がって部屋を出た。
 時計を見ると午後1時を指していた針は気付けば3時を指していて二時間も部屋に籠っていたのかと椅子を引きながら昼食は何にしようか、と考えた。しかし時間も時間なのでおやつ程度に何か食べるか、とキッチンを見渡した。
 すると、コンコン、と窓が叩かれる。窓を見れば、一羽の鳥が足に紙を巻かれてまたもコンコンとその嘴で窓を叩いた。
「なあに?」
 名前が窓を開けると鳥が腕に乗って小さい円らな瞳で名前を見つめている。「あ」名前は足の紙の事だ、と気付いて赤い紐を解き、紙を手に取った。
「…あ、ミナトくんからだ」
 名前ちゃんへ、文章の終わりに書かれている「ミナトより」に声を出した。手紙には一言「夜、俺のお気に入りの場所に来てください」とだけ書かれていた。クエスチョンマークを浮かべながら、今日は何かあったかと記憶を手繰るがまずニュースをみていない名前に思い当たる節などなく。それに夜とアバウトに書いてあるものだから何時に行けばいいのだろうかと眉を潜めた。
「…よし、目玉焼きでいいや。めんどくさいし」
 名前はメモ帳を取り出してミナトへ返事を書いた。「七時に行きます」と。赤い紐で鳥の足へそれを巻き、腕を振った。お願いね、と飛んでいく鳥へわからないだろが、そう呟いて窓を閉める。
 まずは昼食というなのおやつを作ろう、とキッチンへ、そして冷蔵庫を開けた。そしてふと、お菓子の材料がそろっている事に気がついて急遽昼食づくりからお菓子作りへと変更したのであった。



 いや、予想はしていたことだったが…。一人草の床に座って少女を待つミナトが空を見上げて溜息を吐いた。六時と言っておけばよかった、と後悔した。少女、名前を遅刻魔だとしっておきながらもこの時間に約束をしてしまった自分がいけないんだ、と思いつつ、男なら待たされるべきだと言い聞かせつつ、やはり溜息を吐く。そして「ミナトくーん」という声に顔を上げた。
「えへへ、ごめん遅れちゃってー」
「一時間もまっ…うん、いいよ、」
「実はこれ作ってて、初めて作るから手間取っちゃってさぁ。それで作り始めたらあれないこれないこれあったほうがいいーってなって」
「アップルパイ…?」
「そ!アップルパイ!食べて食べて」
 可愛くラッピングされたアップルパイを受け取ったミナトは嬉しさに頬が緩み、笑顔になってありがとうとお礼を言った。名前もまた嬉しそうに笑って頷く。
「味の保証はしておく!大丈夫、わたしこう見えても結構手先器用だから!」
「食べてみても良い?」
「うん、いいよ」
 ラッピングを解き、まだ暖かいアップルパイを手に取ってぎっしりとりんごが敷き詰められているアップルパイを一口、ミナトは大きく目を開けた。
「美味しい!」
「本当?よかったあ」ヘラ、と笑った名前にミナトは暗闇で解りずらい程度に頬を赤く染めた。
「この前のおかずも美味しかったけど、これもすごく美味しいよ。名前ちゃんは何でも作れるんだね」
「料理するの好きだからねえ。お菓子よりも家庭料理作るほうが好きなんだ」
 名前は服に付いた葉っぱを取り地面に捨てた。
「で、なに?呼び出して」
「あ、うん。今日流星群が見られるってニュースで言ってたから…一緒に見たいなと思って」
「えー!そうなの!早く言ってよー!」
「ご…ごめん?それよりもほら、もう少しだよ、多分ね」
 ミナトが空を指差すと、ちらほらと星が光、短く流れていた。それに名前は目を輝かせ興奮し、ミナトの服を引っ張りながら「すごい、すごいよ」と声を震わした。
 流れ星に願い事をすると何でも叶う、とアカデミー生の頃、そう聞いたことがあった。いつか流れ星を見て願い事をしたい。そう思っていた名前にとっては、この光景が堪らなく、憧れていたものが今目の前にあることに感極まったのだ。
 アップルパイ食べながら星空と名前を交互に見るミナトに名前は振り向いた。ミナトは肩を震わせて機嫌を伺うように笑う。
「ミナトくんかわいいね」
「……え!?」
 好意を寄せる女の子にそう言われてショックを隠せないミナトに名前は追い打ちをかけるように、もう一度可愛いね、と言う。
「ほっぺにリンゴついてるよ?」
 名前が腕を伸ばしミナトの頬についているリンゴを取る。その一連の動作を見送ったミナトは見る見るうちに顔を赤くし口をパクパクと開け、膝を立て腕を回し、顔をその中に埋めた。おそらく今までで一番顔を赤くしたのでは、と思うくらいにトマトのように顔を赤く染めただろう。
 どうしたの、と名前は言う。ミナトはピクリ、と動いて顔を上げようとした時だった。
「!名前ちゃっ」
 ミナトはすぐに態勢を立て直すが、黒い服を着た男は名前の口元を押さえて動けないように腕を巻き付けられていた。ミナトが大勢を立て直す頃には距離が取られてしまい手を伸ばしてもその手には名前を掴む事ができなかった。
「(草隠れの忍…)」
 男の額には草隠れの額当てがあり、すぐに草隠れの忍とわかったが肝心の顔はマスクでわかりづらい。
「その子を離せ」
「ふん、下忍風情が言うねェ…。残念だがここまでだ、この子はな」
 ミナトにも名前にも、太ももと腰に手裏剣ホルダーも忍具ポーチはついていない。頼りになるのは忍術と体術のみだった。
「ミナトッ」
 草隠れの忍が笑い、印を結んでミナトの前から姿を消した。
 ミナトは唇を噛み、俯く。そして顔を上げとその場を蹴った。


「い、痛い」
「うるさくすると足ぶった切るぞ」
 両手首は縄で結ばれ、髪は忍に掴まれている。前を歩け、といった忍に従って仕方なく前を歩く。髪を掴まれ、その痛さに立ち止まると背中に拳が降って来た。
「にしてもこんなガキが苗字一族のねェ」
「(わたしの事を知ってるの…?)」すると、前の茂みから数人の忍が現れ、後ろにいる草隠れの忍は親しく声を上げる。
 その忍達は草隠れの忍の仲間だったのだ。今度は前にも後ろにも左右にも忍に固められて逃げ道がない事に名前は冷や汗をうっすらと流し星空を見上げる。
 先程よりも、たくさんの流れ星が尾を引いて流れているではないか。
「貴重な血だ。ぜってえ奪われるなよ。あの下忍が仲間を連れてくるかもしれねェからな」
「下忍?」仲間の一人が笑った。
「下忍だろ?俺達の居場所なんてすぐにわかんねーよ。もう里を出てるんだしな」
「ま、そりゃそうか。コイツがまだ子どもでよかったよホントに」
 流れ星から目を逸らし、目を瞑り、笑う彼の顔を頭に浮かべる。
「(ミナトくん…助けて、)」
「ぐあっ」
「!」
 右隣の忍が倒れる。その腕にはクナイが刺さっており、倒れた忍に前にいた二人の忍が反応した。次は左の忍びが倒れた。前の二人はクナイを手に取り戦闘態勢を整えると、今度は掴まれていた髪が解かれるのがわかった。そして髪を掴んでいたはずの忍は横へと体を浮き倒れる。急に後ろに引かれる力が解かれた名前は後ろへ倒れ込むが、暖かい何かでその背は地面に叩きつかれることはなかった。そしてその何かは体を包み、前方の忍は起爆札が巻かれたクナイの餌食になる。そしてそのまま体は木々の中へと連れ込まれていった。
 だが、自然と安心した。草隠れの忍びとは違う、安心できる暖かさだった。
「お待たせ」
 その声に名前は目を見開き、顔を上げる。
「ミナトくん…」
「自来也先生に応援を頼んでたら遅くなっちゃって…ごめん」
 名前はたまらなくなりミナトの首に腕を回して体を寄せた。驚いたミナトだったが、上がった肩を下ろし、「怖かったね」というと、名前は
「わたし、心の中でミナトくん助けてって、言ったの。そしたらミナトくんが来てくれた。丁度流れ星が見えて、お願いしてみたの。そしたら、来てくれた」と言った。
「…願いが、叶ったね」
「うん」
 ミナトは顔を上げ、木の幹を蹴った。途中、自来也がその姿を見つけ、二人の姿に微笑んだ。


 なにかお礼させて、とミナトは名前の家の前まで送った彼女に言われて、じゃあ、と機会を逃すものかと口を開く。
「肉じゃが、作れる?」
「もちろん!」
「俺肉じゃが大好きなんだ…だから、その…肉じゃがが食べたいな」
「…ま、まかせて!作るよ!」
「うん…!楽しみにしてる」
「それから」
 照れくさそうに名前は笑って俯き、ミナトは首をかしげて顔を覗いた。
「ミナトくん、すごいかっこよかった」


 名前は疲れでお風呂に入り夕食も食べないままベッドに入った。先程の出来事を思い出し、疲れと恐怖、痛み、そしてミナトの事を思いながら流れ星に祈るように目を瞑る。
 本当に流れ星は願い事を叶えてくれた。本当は、流れ星に「お母さんとお父さんと会えますように」と願いたかったのだ。だが、それは今となってはもういい。元々叶わないと解っていたことだ。だが、叶えてくれた。
「(ミナトくん、本当に来てくれたな)」
 名前は緩む頬に体を横にしてすーすーと吐息を立て始める。空には無数の幾千の星が輝き、地上を照らした。

 一方。ぼーっと、ミナトはベッドの中で名前の「ミナトくん、すごいかっこよかった」を何度も頭の中でリピートし、時折頬を染めていた。
「(寝れない…)」
 布団をかぶったミナトはぎゅっと目を閉じるが、何度も何度もリピートされる台詞に眠気を飛ばされてしまう。現在午前二時の出来事である。