プリズム | ナノ
あかく咲く花


 木の葉隠れの里はお祭り一色、忍者も民間人も混ざって祭りの空気を吸っていた。その中にもちろん名前の姿があった。
 この祭りは夏の一大イベントであり、二日間行われる。一日目の山車引きを眺め大いに楽しんだ名前とナツホは翌日任務があるということで午後九時に帰宅した。
 そして今日、任務が終わり名前は自来也を睨むようにして見上げている。
「先生ハレンチセクハラ訴える」
「なぁー!冗談だっての!」
 自来也が「名前の浴衣姿はきっと可愛いだろうのぉ〜」と鼻の下を伸ばしたのが始まりである。もちろん、自来也は半分冗談でからかう気持ちで言ったのだが、乙女心というのは難しいもので、名前はそれを真に受けて自来也から遠ざかり、睨むかたちで自来也を見上げたのだった。名前の側にいる二人も眉を下げ困ったように笑っている。
「…でも、浴衣姿の名前ちゃん、きっと可愛いんだろうね」
 ミナトが言うと、名前は顔を真っ赤に染め上げてミナトから距離を取る。ミナトの隣にいるソウタは訝しがってミナトを見つめた。ハッとしたミナトは口元を押さえて逃げるようにソウタから目を逸らす。
 自来也が、おおそうだった、と手のひらに拳を乗せて人差し指を上げ三人に言う。
「この前のCランク任務で護衛を務めた旅芸人達が今回出し物をするらしい」
「えっそうなんですか!」
 その旅芸人の舞などを見ていない名前にとってはこの上ないチャンスだった。Cランク任務はあのあと、宿に一晩泊ってそのまま次の町に向かい、すぐに新しい忍びを雇ってしまって舞を見る機会などなかったのだ。自来也とソウタは見ているが、名前とミナトは見ていない。ソウタは素っ気ない返事をして三人に背を向けて歩き出す。
「じゃ、任務も終わったし俺帰ります」
「祭り、行くのかソウタ」
「別に。あんなん見てもどうってことないし。だったらゲームしてた方がマシだから」
 ポケットに手を入れて歩き出すソウタ。自来也は肩で息をして二人を見下ろした。
「…それじゃあソウタも帰ったことだし解散とするか」
「はい、さようなら先生」
「サヨーナラ」
 自来也が印を結び煙を立てて消えた。自来也なりの気遣いである。自来也がミナトが名前に対してその気があるのを知っているので、ミナトの為に雰囲気を作りやすくするために去っていったのである。わざわざお祭りを一緒に回れる口実を作って。
 ミナトは自来也が消えて行ったことに感謝を覚えた。ミナトは自来也の気遣いには気付いていないが、隣にいる名前へ「一緒に回ろう」と言いやすい場を設けてくれたのだ、ミナトはぐっと拳を握った。
「名前、ちゃん」
「んー?」
「あ、のさ…、今日誰かと一緒にお祭り行くの!?」
 緊張のあまり声を上げてしまうミナトに名前は首を傾げた。彼女の頬はまだほんのりと赤みを帯びている。
「昨日はナツホと行ったし…今日ナツホは班の皆で行くって言ってたから誰ともいかないけど」
「それじゃあ、俺と一緒に行こう!」
 言った瞬間ミナトの顔は真っ赤なトマトのように赤くなる。
「うん、いいよ」
 彼は飛び上る思いだった。

 名前の浴衣姿を見れない事は残念だと思ったが、「おまたせ〜」と手を振ってこちらに向かってくる姿に浴衣の事などどこかへ飛んで行っていた。ミナトも手を振り返して名前に踏み寄り、早かったね、と言う。そんなミナトは三十分前には待ち合わせの場所で彼女を待っていたわけだが…。五分も長く彼女と入れることに喜びを覚えるミナトに対し、名前は五分も早くかき氷の列に並べることに喜んでいた。
 早速、人がゴミのように見えるお祭り会場へ入って一番に並んだ場所は氷を削ってシロップをかけるかき氷と大きく描かれている看板の下だ。
「早速食べるんだね、かき氷」
「お腹冷やした後に食べる焼きそば、おいしいよ!」
「(か、かわいいなあ)」
 名前は照れてしまうミナトなど眼中になく、目線の先にはかき氷しかない。男たるもの、女の子にお金を払わせるべきでないと本で読んだミナトは意気込んでいたのだが、いつの間にか少しずつ屋台へ距離を縮めてる事に気付かず、気付いた時には名前が二つのカップを持って一つを自分の方へ差し出していた後だった。
「シロップ自分でかけるんだよ!」
 そう言った名前はレモンといちごのシロップを半々にして削れた氷の上にかける。
「ミナトくんは?」
「俺は…ブルーハワイ…」
「はいよ!」
 自分のカップをミナトに渡して、代わりにミナトのカップを奪ってブルーハワイをかけ始める。
「はい!」勢いよく振り返る名前にミナトは笑った。心の中で涙を浮かべながら。
 そしてかき氷を食べながら次に向かう先は暗部のおめんなどを上げている屋台だ。いつしかミナトは保護者に似た気持ちで名前の後を追いかける。同じ歳のはずだがと唸るミナトがふと名前から視線を逸らすと見慣れた後姿があった。
「(ソウタくん?)」
 しかしこちらには気付いていないようだった。背中を反らせて遠ざかっていく後姿を見つめていると、名前がミナトに気付いて同じように体を傾かせてミナトを見上げる。
「どうしたの?」
「…ううん、なんでもないよ」
 ここでソウタの話題を出して名前が追いかけよう、などと言ったらこの幸せが一瞬にして崩壊してしまう。ミナトはそれだけは譲れず、ソウタのことは言わずに話を反らせて名前のかき氷が無くなっていることに気付いて「焼きそば買いにいこっか」とだけ言う。名前は頷いて人の波の中へ入って行った。

 名前とミナトが一緒に行動して一時間、人口密度が増えたのか、先程よりも動きづらくなっていた。その中で名前を必死に追うミナトは、小さい子どもと保護者のようで。
 名前の後を追っていたミナトはまた、見慣れたソウタの後姿を発見し、そちらに視線を向けてからハッと前を向く。しまった、と青筋を立てるミナトは人の横をすり抜けて名前の姿を探すが、彼女もまた忍であるから、探すのは困難だ。それに感知タイプではないミナトが名前のチャクラを感じれるわけがない。人混みの中にいるミナトは唖然と立ち尽くした。
「しまった…」
 すぐさま屋台を抜けて民家の屋根に上って名前の姿を探すが人が多すぎて、同じような髪形がたくさんあるのだから探すのも困難だ。口を開けていたミナトは肩を落として身を屈め、目を閉じた。
「どうしよう…」
 そして目を開ける。目を開けた瞬間飛び込んできたのは、人の波にのまれている、名前の姿だった。ミナトは屋根を蹴り、人の肩へと飛び乗って名前の手首を掴み持ち上げ横抱きにして、また人の肩へ飛び乗った。驚く声とミナトに向けって怒鳴り声を上げる大人たち。ミナトはそれらに振り返らず、屋根へ屋根へと飛び越えて行った。
 飛び越えて行き、向かう先はミナトがいつも空を眺める森の中へ入って行った。アカデミーや火影岩がよく見える、ミナトのお気に入りの場所だ。横抱きにしてた名前を下ろして、向かい合って両肩を掴む。
「一人で行動しない!人が多くなってきてるのはわかってるだろ?ずいずい先行って、こうやって探し出せたからよかったものの、俺が見つけられなかったらあのまま人の波に押し潰されてたんだ!」
「で、でも」
「俺のそばから離れない!いい?!」
「…でも、ミナトくんは見つけてくれたでしょ?」
 食い下がるミナトは名前の両肩から手を離し、足元を見つめて小さく頷いた。
「ごめんねミナトくん。ありがとう、見つけてくれて」
「いや、俺も大きな声出して、ごめッ…!?」
 ミナトの左手が持ち上がった。左手を見ると、自分の左手を握っている名前の右手があり、名前を見ると、
「こうしたら離れないですむよね?」
 と言って歩き出した。
「あ、の!ここは」
「え?」
「ここ、よく見えるんだ」
「何が?アカデミーと火影岩が?」
「それもだけど、花火が!今日、最後の日だから花火たくさん上がるでしょ?」
「うん、一万発って言ってたね」
「だから、花火は、ここで見よう」
「…楽しみ!」
 名前は歯を出してニカリと笑う。ミナトもつられて笑い、握られている左手をそっと握り返した。
「あの旅芸人さん達、確かもうすぐ出るって聞いたの!いこ!」
 そうか、だからあんなに急いでいたのか。ミナトは謝ろうとも思ったが、それはしないことにした。また謝って、名前の機嫌を損ねることも、自分は心配をしてしたのであって、弁明するのは違うと思ったからだ。
 森を下り、ミナトは名前の手を引いて屋根へと飛んでいく。
「ミナトくん早い!」
「ん?じゃあ抱っこしてあげようか?」
「そそそそれはっ…もういいっ!」
「そう?残念だなあ」
 すると、舞を踊っている見慣れた旅芸人の一人を見つけた二人は屋根から降りて、舞台を見上げた。護衛についていた旅芸人で間違いなさそうだね、とミナトが名前の方に振り返ると、名前は舞台の上での踊りを目を輝かせながら見つめていた。楽しみにしていたために尚更、この光景が輝いて見えたのだろう。
 まだ繋がれている左手。ミナトは少し照れながら名前の隣で舞台を見上げた。

 ドンッ。空に花が咲き、遅れて聞こえてくる音に名前はきゃっきゃと声を上げて花火を楽しんでいる。
 芸は舞から始まり、傀儡の人形浄瑠璃が行われた。この時、名前は気付いていなかったが、ミナトはソウタの姿を見つけていた。ポケットに手を入れて人形浄瑠璃を熱心に見ているソウタはゲームをやっている時と同じ目をしていたことに、ミナトは心の中で笑う。やっぱり見に来たんだね、と明後日、集合場所で言うつもりだ。
 もう一発、大きな花火が打ち上がった。
「きれい」
「ん、本当にきれいだね」
 芸を見た時よりも、名前の目は輝いており、それを眺めるミナトの目も、また優しいものだった。いつしか離れていた左手を寂しく動かしながら、きれいだね、と花火を見上げて消えていく花弁に向けて言う。
「ミナトくんの黄色い髪、花火の光でピカピカ光ってる」
 その言葉を発した後、名前はミナトの方へ振り向いた。
「え…?本当?」
「きれいだよ、ミナトくん」
 花火の光に照らされているのは何もミナトだけではない。ミナトは困ったように言う。
「それ、普通男の子が女の子に贈る言葉じゃないかな」
「えー?そう?でもきれいだもん」
「名前ちゃんもきれいだよ」
 花火は上がっていない。そのために森の中は暗く、ミナトや名前は相手の顔の表情が見えづらかった。それを機に名前は思い切り顔を赤く染めて、膝を抱えた。
「ここ…、俺のお気に入りの場所なんだ。また、二人でこれたらいいな」
 花のない空を眺めているミナトは目線だけを名前に向けて口角を上げた。段々と暗闇に慣れて行くミナトの眼に、膝を抱えて耳まで赤くする名前が映る。
「いいね」
 か細い声で名前は返した。ミナトは名前から視線を逸らし、空に上げられた花火を見つめる。頬笑みながら。