プリズム | ナノ
遅刻魔、そして問題児


「……、…」
 途中自動販売機で買った水は鞄に入れていただけなのに熱気のせいなのか生温くなってしまった。顔を顰めてキャップを戻して捻り、もう一度鞄の中にしまう。もうこうなったらしまってもしまわなくても同じな気がする。そして鞄の内ポケットに入れていた腕時計で時間を確認すると、信じられないくらい蛙が潰れたような下品な声が出る。
「やっばい…!」
 季節は真夏。今日は下忍になるための試験の日だ。



「名前、遅いなあ」
「まああいつ遅刻魔だし仕方ねえだろ。この前だって中間試験昼ごろになって来たし今日も昼と言わず夜来るかもな!」
「やっだ聞かれたら殴られるよ?あの子才能あるのに努力しないし遅刻はするし授業は眠るし…ほぉら先生もご機嫌斜めだし!」
「ふざけろおお」
 お転婆娘、問題児、と彼ら彼女ら先生ら先輩らは言う。もちろん自分でも自覚はしていたが、人生なんとかなるっしょ精神が手伝ってこういう性格になってしまっているのだ。時間にルーズはいけないからな、と担任の先生はわたしの両方のこめかみを拳でぐりぐりとするのだが、わたしは涙目になって「はーい」とへらへら笑って返事をする。はあ。先生の溜息は一体どれだけ聞いただろう。
 そうして教室のドアを勢いよく開き、試験中だということを切に願った。「あっ、名前!」親友のナツホが手をあげる。
「ナツホー!」
「あんたぎりっぎりセーフ!おいで!」
 すでにわたし以外全員が着席していた。そしてその皆が声を揃えて「おお」と声を揃え、そして先生までもが目に涙を溜めてごしごしと腕でそれを拭いている。「苗字、先生、先生はなァ…お前が遅刻しないできただけで合格を、やりてえよ…!」そんな先生を避けてナツホの隣の席に座った。定番の、いつもの席だ。
「苗字が遅刻をせずに学校に到着するなんてきっと嵐がくる!今日はきっと何かが起きる!しかし!先生は試験の内容を甘くしようとは思わない!事故があってもそれも人生、忍には事故がつきものだ!そうした困難を乗り越えてこそ、立派な忍になれる!よし、試験の内容を発表するぞ」
「それ言いたかっただけなんだからわたしをだしに使わなくてもいいじゃん…なんか恥ずかしいし」
「内容は手裏剣術、基本的な忍術、分身、変化、変わり身の合計四種で行ってもらう!ここから先はチームを組まずに一人で行ってもらうから出席番号順、一人ずつ演習場、後ろの二人は待機室で待機してもらうぞ。試験の形は手裏剣術を変わり身で交わし、手裏剣術で反撃をしてまず一つ目は終わりとする。二つ目は分身の術をし、そのまま変化の術をしてもらう。これで試験は終了だ。健闘を祈る。…それでは1、2、3の出席番号の生徒は先生についてこい」
「名前が時間通りに来てくれてうれしいのよ」
 頬に手をついてにんまり笑う友人のナツホはポケットから綺麗に光る、深い深い青い天然石にネックレス仕様を施したものを机に置いてわたしの方へやった。
「わあ、綺麗だね」
「一緒に、合格しようね」
「もちろん!一緒に頑張ろう!」
 かけてあげるよ、とナツホはネックレスを首に通してくれて、ふふ、と声を漏らして笑った。
「うん、やっぱり名前に似合うと思ったんだ。すっごく綺麗。深いけど、すごく明るい綺麗な色してるでしょ?この前雑貨屋さんで見かけてね、名前に似合うーって思って、わたしも同じの買っちゃったの。おそろい」
「わっ…」
 どうも女の子というのはお揃いという言葉に弱い。口元が緩んで胸が痛くなる。嬉しい。
「友達…うーん、親友の、証」


 お前、努力しないわりにはやるなあ。先生が関心しながらボードを覗く。「えへへ、でしょ?」
「おめでとう、これでお前も立派な下忍だよ」
 ぐしゃぐしゃと頭を撫でられ目を細くして笑った。お父さんがいたらこんな感じ?やだ、もう髪ぐちゃぐちゃになっちゃうよ。
 わたしはアカデミーに入学したころには何度も問題を起こしていた。親がいないから好き勝手できた、というのもあるし、親がいなくて寂しくて、周囲の注目を浴びたかった、っていうのもある。何事も陽気にしていれば、結構なるようになるものだったから。
 両親は二人とも忍だった。任務で命を落とした。アカデミー入学を前に知らされたわたしはその日から一人ぼっちになって、里に援助をしてもらいながら生活してきた。これからは自分で任務に行って貯金をして、立派になって里に恩返しができるように頑張るんだ。援助を貰わなくても済むように、欲を言うと今までの恩をすべて返せるようになりたい。それだってなんとかなるような気がしていた。
 額当てを握りしめて演習場から出ると、次の出席番号の波風ミナトが腕をあげて立っていた。ドアを開けようとしたらしい。
「あっ、合格したんだ、おめでとう」
「ありがとう、でも覗き見は関心しないなあ」
「覗き見!?ち、違うよ、ちょっと遅いなーと思って様子を見ようと」
「それ覗き見じゃない?」
「ご…ごめん…」
 彼は容姿端麗、文武両道、文句無しの逸材だ。わたしから見たってわかる。彼はこの学年の中で飛び抜けているのだ。
「ううん。ほんとは気にしない」
「なんだ…びっくりしたよ」
「ミナトくんも頑張ってね、って言わなくても合格するだろうけどさ」
「そんなことない、ありがとう名前ちゃん」
 うわあ、ほんとにミナトくんって、かっこいいよなあ。
 ミナトくんは手を振って演習場のドアを開いた。わたしも待機室を出て隣の教室へと行くと、待ち望んでいたかのように首をこちらに向けたナツホが、握られている額当てを見て一番に声を出した。それから周りからもおめでとう、やら、ほんとアドリブつえーし、変なとこで運つえーし、いいよなあ。といいつつも肩を叩いてくれる人もいて、わたしって愛されてるなあ、と実感した。
 このご時世、いつ死ぬかわからない命。それなのにわたし達は生に縋りついて、なにかを守ろうとして地に足を付けている。