チャクラコントロールの修行もひと段落つき、任務も着々とこなしていく中で自来也は一つのことで頭を悩ませていた。もちろん表向きの取材という覗きが段々と困難になっていることもそうなのだが、今回はそのことではなく、次の中忍選抜試験の事である。もちろん三人の今の実力で挑むには申し分ないのだが、悩みどころはここではなく、名前のことだった。三代目の話を聞く限り、名前には血継限界の事をあまり詳しく教えてはいないのだ。 名前が「集中」することで五感が鋭くなることを自分の特別な能力だということは薄々気付いてはいるが、それが自分の血継限界であることはわかっていない。知れば無理をしてでも使う。そうすれば名前は自分で自分を傷つける。三代目はそう言った。使い勝手がよく、時と場合では自身も仲間も救える力を得る事ができるが、大きなリスクを伴うのである。 本人に言うべきか言わないべきか。中忍になれば、やはり自分の血継限界という能力を理解しないといけないだろう。名前はいつまで経っても下忍である保証はない。むしろ自ら中忍に志願するだろう。しかし今の名前はこの力を理解し、向き合っていけるのだろうか。自来也の悩みはこの事だった。 「(無意識に使ってしまうのなら問題ない…)」問題なのは「無理をして使ってしまうこと」だ。 自来也は悩んだ後、散歩をして気分転換をしようと向かった先は銭湯だった。鼻の下を伸ばし、何のために修行したのか三代目や部下の三人だけではなく、自来也を知っている者は問い質したくなるのは皆同じであった。 そんな中ふと頭によぎったのはミナトだった。班の中でもリーダーシップもとれており、他人への気配りも自分の意見も忘れはしない。自分がそばにいない時、きっと名前の事を見ていられるのはミナトしかいないだろう、と思ったのだ。だが、名前本人に告げていないことをミナトに言うのは如何なものか、そう考えるとやはり頭を悩ませるのであった。 「あ、自来也先生」 「…ミ、ミナトか」 噂をすればなんとやら、である。手ぶらのミナトに「何をしているんだ」と問えば、散歩ですと即答がくる。偶然にも自分もそうであるが向かう先は銭湯だ。散歩、というよりか取材と言った方が格好がつく。そう思って口を開いた自来也だが、それよりも先にミナトが「よかったら修行つけてください」の声が早かった。 「いやぁ…わしはこれから取材をちっとばかし」 そういうとミナトは自来也に疑う眼差しを向けてムッとした表情になる。 「先生、取材とか言って女湯を覗きに来たんじゃないんですか?…鼻の下、さっきからのびっぱなしですけど」 自来也はサッと口元を覆うと、ミナトが片腕を掴んで、「覗きをするなら修行つけてください!」と言う。大きな声に自来也も驚いて、「わかった、わかったから!」と咄嗟に言葉が出てしまい、ミナトの花が咲く笑顔に溜息を吐いた。 名前ちゃんは俺よりもチャクラコントロールが上手だった。これだけで修行をする理由が出来てしまう。好きな相手より劣ることは恥ずかしみを抱くわけではなく、悔しく、守りたいという気持ちに掻き立てられる。ミナトは自来也から初めてチャクラコントロールの修行を告げられた時、この気持ちが強くなった。名前ちゃんを守れるくらいに強くなりたい。この気持ちだけでつらい修行も乗り越えられたのだと、ミナト本人は確信していた。 片腕を地面に着いて片足を自来也に向けて蹴り込むが避けられてしまう。地面につけていた手を反転させ蹴り込んだ足を地面につけてそのまま自来也へスライドさせるがジャンプした自来也は手裏剣を二本ミナトに向けて放った。自由のきく片手で手裏剣ホルダーからクナイを取り出しそれを弾き低くしていた態勢のまま自来也に向け駆け出しクナイを構え強く地面を蹴った。自来也もクナイを取り出しミナトへと応戦する。 クナイとクナイが擦れ合い火花が散る。ミナトは自来也へ距離を置くと同時にポーチの中から既に取り付けておいた起爆札をつけたクナイを投げる。自来也の足元へ刺さったクナイは起爆札で爆発を起こし周りが煙に包まれた。 「体術だけでは勝てないのぉ」 ミナトの背後にクナイを向けて言う自来也にミナトは笑う。そしてポンと音を立てたミナトはそこには居らず、代わりに木が落ちており、ミナトは自来也の背後にそのまたクナイを向けていた。 「わかってます」 「ツメが甘い」 「!」 自来也は目の前にいるにも関わらずミナトの背後には自来也がいる。簡単なことだった。ミナトの目の前にいる自来也は分身なのだ。 「この間のCランク任務、A級犯罪者がミナトの術に気付かなかった汚点は二つある。まず片手に名前がいた事、そしてお前を子どもだからとナメていたからだ」 ミナトの前にいる自来也の分身が消え、ミナトはクナイを下ろした。自来也も構えていたクナイを下ろして振り返るミナトに首をかしげて笑うと、ミナトは納得したように頷く。でも、相手の隙をつくのも実力の内だと自来也は言う。ミナトもまた納得して頷いた。 ミナトの実力は今回のアカデミー卒業生の中で群を抜いている。中忍に近い実力を持っているだろう、いや中忍と同等と言ってもいいだろう。場の状況判断も下忍とは思えないほどの実力を持っているし、物事の本質を掴むこともできる。下忍にしておくのは勿体ない忍だ。 「ミナト、お前は筋がいい。と、いうよりも天才肌だ。何をやらせても並みの忍以上の実力を持ってる」 「そんな…買い被らないでください」 「教え甲斐があるとわしも楽しくてのぅ、いつまでもお前の『先生』としていてやりたい」 「…?」 「中忍選抜試験を受けてみないか?」 自来也を見上げていたミナトは段々と頬をほのかに赤く染め、大きな口で「は…はい!」と答える。しかしここからが難題だった。名前とソウタだ。この事をミナトに伝えるか伝えないかで受験に関わるのである。 「明日の集まりにこの事を名前とソウタに伝えるが…、どんな反応をしてもお前は知らんぷりをしておけのぉ」 「なぜです?試験は班で行うものなのに」 「二人が中忍にはなりたくないと言ったらどうする?…名前は快く受けるだろうが、正直、ソウタはわからん。今は任務よりも趣味に没頭したいみたいだからのぅ」 「……そう、ですね。俺の独断で受験させるわけにもいかないし…。今はチームを大事にすべき、ですね」 自来也は頷いた。この子は優しく人の事を大事に思えると。自分の意見を思いを押さえて、今何をすべきなのかを考えられると。自来也は心の中で頷いた。 「さぁーて取材の続きといこうかのぉー」 「ああっ先生!」 瞬身の術で消えた自来也の残像を見つめ、ミナトは肩を落として溜息を吐く。なんでこう、先生はかっこいいのにああなんだろう。「ああ」とはああいうことだ。そして明日の事を考えながらミナトは演習場から足を退け家路に急いだ。 「ミナトくんとソウタくんおはよ!」 「おはよう名前ちゃん!」 「……」 「…あ、ミナトくん、これ、えっと…肉じゃがなんだけど」 「あっ」 「!?」 名前が紙袋に入れているタッパーの中には名前が作った肉じゃががミナトには輝いて見えた。(正確にはタッパーの蓋の厚みで肉じゃがを見れてはいないが)ミナトへ作ってきたことにソウタは驚きが隠せずゲーム画面から二人へ顔ごとそちらに向けた。 もちろん未だ遅刻魔である名前はもはや日常化し、自来也の取材による言い訳も日常化している。が、この光景は日常化しているわけではない。いつもなら先生が遅いと文句を喋り出すのに、今回はこうして照れながらミナトへ贈り物をしているのだ。ソウタは目を擦りたかったがなぜか腕が動かない。 「あ…ありがとう…ほんとに作ってきてくれたんだ」 「ミナトくんが楽しみにしてるっていうからいつもより手の込んだ肉じゃがになっちゃった!久々に美味しいの作った気がする」 「へえ!早く帰って食べたいよ!……あ、そうだタッパー」 「あ」 そういえば、と名前が言いかけたところで自来也がどこからともなくやってきて、ミナトは唾を飲み込んだ。自来也は中忍選抜試験の事を切り出すはずだ。二人がどんな反応をしても白を切るようにと言われたミナトは試験の話をされても知らないふりをしなければならない。とても心が痛いことだった。自分の感情を抑えなければいけない。 「今日は任務はない。が、お前たちには大事な話をしなければならない」 そうして自来也が三人の目の前に差し出したのは中忍選抜試験許可書だった。これに一番に反応したのは名前だった。ミナトと同じように花でも咲くかの勢いの笑顔を自来也に向けた。だがしかし、自来也の予想通りにソウタは苦い顔をして目の前の紙から目を離す。自来也とミナトはソウタを見る。 「まあその…返事は明日聞かせてもらうからのぉ。今日は十分に考えて答えを出せ」 「あっ、先生わたしは受験しますっ」 「……俺もする」 ソウタを見ていた二人は驚く。まさかこんなにも早く決断するとは思わなかった、それにソウタのその返事はとても力強いもので、二人は「本当にいいのか」と問えないほどのものだった。 「…俺も、受験します」 ミナトは視線をソウタから自来也に向ける。自来也は一度ソウタに目をやり、安心したような不安が増すような、どっちにもつかずな気持ちを吐きだすように息を吐き、三人を見下ろす。 「一度受理されたものは取り消しはできない。それでもいいな?」 ミナトに名前は頷き、そのあとからソウタが頷いた。自来也も頷き、許可書をしまって三人に言う。 「無理強いはさせたくないが、確かに今は他里との小競り合いが規模がでかくなってきている。それを考えると実力を確かめ、向上させるためにはこの試験は必要不可欠かもしれない。だがわしはそんなものは関係なく『中忍』を目指してほしい、と考えてるからのぅ。義務とは思わないでほしい。止めるなら今のうちだ」 自来也の言葉はソウタの中で何度も何度も響いていく。義務を押しつける父親と母親でも想像もできない言葉に、ソウタはただ焦るばかりであった。親の事もある、しかし先生の言葉にも縋り寄っていたい気持ちもある。だが、ソウタは任務をこなしていく中で一つだけ確信したものがあった。 それは仲間だった。こんな自分に笑いかけてくれるミナトや名前を裏切れるわけがない、それに異性である名前がこんなに意気込んでいるのに男である自分がこんなんでどうする、とも思っていた。自来也とのチャクラコントロールの修行で自分にも自信がついてきたのも確かだ。だがゲームをしていたい、というのも本音である。 けれども…。 「…先生。俺は受験します」 自来也は自分の事をなんとなく悟っているのだろうと肌で感じ、それに答えるかのような発言をする。 「…わかった」 俺はこの班が好きだから。そんな事は二人の目の前で言えるはずもなく、心の中にそっとしまい二人を見る。嬉しそうな名前と眉を下げ微笑むミナトにソウタはそっと口元を上げる。 自来也はミナトに演習場に来るようにと伝えて一時間が経った。 演習場で自来也をまっているミナト。何か大事な話でもあるのかとミナトは腰を下ろし体育座りになりそんなことを思っていた。二人には言わずに自分だけに言う、とはきっとなにかあるのだろうと考えながら空を見上げる。 あのソウタの微笑みは本物だったことにミナトは少なからず嬉しさを感じていた。あの頬笑みは同情や情け、自分達を思ってのことではなく、ソウタ自身のものあった、とミナトは確信した。ソウタの本音はミナトがわかるはずがない、しかしミナトはそう感じたのである。 「遅くなったなミナト」 「いつも遅いから気にしてませんよ」 尻の砂埃を叩くミナトに自来也は言った。 「名前のことで話がある」 |