プリズム | ナノ
あの子の手料理


「あれ?名前ちゃん」
「あ、ミナトくん」
 ばったりと出くわした名前とミナトはお互いに紙袋を抱えて両手が塞がっていた。「あっ」名前の両手に抱える紙袋からジャガイモが落ちそうになるのを、ミナトは透かさず自身も両手に持っていた袋を地に置いてジャガイモを片手に掴んだ。

「ミナトくん読書好きだよね〜この前宿でも読んでたし」
「うん、最近読むようになって」
 ミナトの袋の中を覗きこむような形で名前は言うと、ミナトはそんな名前を見下ろしてその呟きに答えた。任務が無い日には自来也とチャクラコントロールの修行をしているのだが、今日はその自来也が急な任務が入り、急遽休暇となった。今まで溜まっていた本を見ようとミナトは決めたのだが、新しい本も欲しいと行動をすぐに移し、近場の本屋へと足を運んだのである。そこで出くわした名前は両手に紙袋を抱えていて、紙袋からはみ出るネギやゴボウ、大根にミナトは首を傾げた。しかしそこでミナトに問わせないのが名前である。ミナトの言いたい事を肌で感じ、先に声を発したのは名前だった。
「こんなに読めるの?」
「まだ読まないと思うんだけど…溜まってるのあるから」
「それ先に読んだらいいのに」
「気になったらそれを済ませないと落ち着かないタチなんだよ、俺」
 へらへらと笑うミナトに名前も笑い返す。
「俺、ここから家近いんだ。荷物置いたら家まで送るよ」
「ミナ、」
 その場から瞬時に居なくなったミナトが使用した術は瞬身の術という。彼は好んでこの術を使っており、任務もこの術での攻撃が主だった。名前はまた瞬身の術かあと零してどこに行ったかわからぬミナトの探すけれども、ミナトの姿はどこにもなくて、仕方なく前を向いて歩き出した。
 お母さんとお父さん長期任務で今家にいないの。名前が今度こうして言い訳をしようと考えた。そうすればミナトも、もしくはソウタが訊いてきた時でも対応できるだろうと絶対の確信を持つ。
 久々の休暇だったので買いだめしておこうと朝から冷蔵庫を開け、財布と睨めっこしながら必要最低限の額を持ってきた名前。そういえば卵を買っておけばよかったと後悔したが再度卵を買いに行くために外に出るのは億劫だ。卵は明日の帰りにでも買いに行こうと、段々とずれて行く紙袋を整い直し地面の小石を蹴ると同時にミナトが名前の隣へ瞬身を使って現れ、名前の両手から紙袋を奪った。
「おまたせ」
 名前は待ってる、など一言も言ってないのに。と言おうとは思ったが、ミナトの表情に喉の手前でそれを止め、目を逸らして代わりにコホンとわざとらしい咳を出す。
「ありがとうミナトくん」
「うん、どういたしまして」
 会話を切りだしたのは名前だった。今日は休みでよかったね、なんて言って、ミナトは修行が休みになったことを残念に思っているらしく、本当は自ら進んで修行をするところなんだろうけど、と言えば、名前は苦笑いを浮かべた。本当に真面目なんだ。と改めて思う名前はこれ以上の事は話さなかった。自分は彼よりも先に修行課題を終わらせてしまっているからである。
 アカデミーでは人目に付かないようにしてきたが、本来は努力型の名前だ。そして今回は血継限界のおかげでこうも簡単にチャクラコントロールが行えている。名前本人はこの力が血継限界によるものだと気付いてはいないものの、特別な力であることは認識しているのである。
「でもミナトくん、ほとんど水面立ててるし大丈夫だと思うけどな」
「名前ちゃんはしっかり立ててるし自来也先生にももう少し安定したほうがいいって言われたからまだまだだよ。…なんて話してたら修行したくなってきたなー」
 空を見上げるミナトに名前は遂に「真面目だね」と言うと、ミナトは驚いたように「真面目かな」と返した。
「せっかくの休暇だもん、もっと楽しんだらいいのに!」
「…うん、それはそうだ」
「だからミナトくん、もう大丈夫!持ってくれてありがとう」
「え?」
 紙袋を持とうとする名前の手を振り切って、紙袋を名前から遠ざけると、ミナトは何を言っているのかわからないという顔を見せた。名前もこれには困ったものである。気を利かせたというのに、ミナトの表情に眉を下げて凝視する。
「だから…もうここら辺でいいよ」
「なんで?」
「えっ、だって折角の休みって」
「これは俺がしたいからしてることなんだから、名前ちゃんは気にしなくていいんだよ!」
 ハッとして顔を赤く染めるミナト。その言葉に名前も顔を赤くして目の前がチカチカになりながら次の言葉を探すがどうも出てこない10歳。ミナトは心を落ち着かせ、顔の火照りを冷ますように一度深呼吸をする。
「…ね?」
「あっ……うん」
 ミナトの顔が近くなり首を傾げられ、可愛く言われてしまったら断れるはずがない。ミナトに従う事にした名前はミナトの隣でトボトボと歩き、その歩幅にミナトは合わせている。流れる沈黙に二人は会話を探すが、頭が一杯になってしまい会話になりそうなものなど一つも浮かんではこなかった。そのまま沈黙に沈まされる二人はいつもの修行場に続く道まで歩いてきていた。
 ミナトが立ち止まると、名前は振り返って紙袋を持つ腕を掴んだ。
「こっち」
 ミナトはあっ、と声を出したかった。軽いスキンシップなのにも関わらず、こんなに胸がドキドキと脈打つなど思いもよらなかったのだ。
 大通りを抜けてここまでの道は人通りが少なかったのに、ここからは人通りが多くなり始めている。名前はこの道しか使ったことが無い。他の道が近道であろうとも、名前この道しか使わなかった。修行場が近いという理由もあるが、一人で寂しい静かな道を通りたいからである。
 数分歩き、小さなアパートの前までやってきた二人。ミナトは名前の後ろをついて歩き、階段を上って「苗字」という表札の前で立ち竦んだ。
「ミナトくん、ちょっと待っててね!」
 ミナトから紙袋を奪い鍵を開けてドアを開けた名前は、発言通りミナトをちょっとだけ待たせ、ドアを開けた。その手にはタッパーが握られている。
「これ、今日のお礼」
「…え?」
「えっと…残り物だけど、いらなかったら捨ててもいいからね?よかったら食べてください」
「………」
 両手に持ち替えてミナトの前に差し出す白いタッパーにミナトはただ驚くばかりでそれを受け取る行為に至るはずもなく、名前が気まずそうにタッパーを自分の方に引き寄せたところでミナトは引いて行くタッパーを掴んだ。
「ああああ、ああっありがとう!」
 あんまりにも嬉しそうにするミナトだから、名前は心の底から込み上げてくる「嬉しさ」に、ただジィンと目頭を熱くさせる。人へこうして自分の手料理を渡すことなど今日が初めてで、それに初めてであるのにこんなにも喜んでくれるとは思わなかったのだ。ただいつも作る料理を渡しただけで、しかも残り物なのだ。頬を染めて嬉しそうに笑うミナトに、ほんの少し目元を赤く染める名前。
「…今度はちゃんと作ってあげるね。…この前助けてくれたお礼で」
「……楽しみにしてても、いい、かな」
 タッパーを両手で握るミナトに、名前は笑顔になって「もちろん!」と、ミナトを笑顔にさせる返事を返した。


 家に帰り箸を片手にタッパーを開けるミナト。ゴーヤと卵、キャベツの他にも野菜が入っており、大方野菜炒めだろうとタッパーのふたを机に置いた。「温めないで食べても大丈夫…っていうかわたしは温めないで食べるんだ!あとポン酢かけると美味しいの!」と名前の言葉をリピートさせて、まず一口何もかけない状態でゴーヤと卵、キャベツを掴んで口に入れる。
「(名前ちゃん、料理上手なんだ…)」
 ひしひしと感じる彼女への思いが更に積もっていく。好意を向ける相手の家庭的な一面はミナトには効果抜群だったようだ。