プリズム | ナノ
血継限界


「(集中集中!)」
 名前が印を組み、足元にチャクラを留め目の前に立ちつくす大木を見上げて一歩進みだした。

 数分前、昨日のCランク任務の帰りに自来也が言った通り、三人は自来也からある修行課題を出された。それは「木登り」である。自来也の修行内容は足元にチャクラを留め、木を登れ、という内容だった。始め三人は頭の上にクエスチョンマークを出していたが、自来也が例を見せた事でミナトが声を上げて内容の意味をわかったことを伝えると、自来也はこくりと頷いて、この修行の本来の目的を離す。
 つまりはチャクラコントロール。無駄なチャクラを使わないために、必要最低限のチャクラで術が出せるようにということだった。そうすれば術の幅も広がり、戦いでは術を使える数も増えるということになる。
 三人は自来也監修の元、大木の前に印を結んだ。

 三人同時に木を駆け上る。そして一番初めに地面に落ちたのはソウタだった。クナイで木に印を付けたが、ソウタ自身も驚くほど登れていない。これほど難しいものなのかと、クナイと、印をつけた木を見つめる。次に地面に着地したのはミナトだった。ソウタよりも大分登れてはいるが、ミナトはぽかーんと木を見上げている。
「……、」
「なーんだ、全然余裕!」
 木のてっぺんから顔を出したのは髪の毛に葉っぱを絡めながら笑っている名前だ。ソウタもこれには驚いた様子で見上げ、自来也は「おお!」と座っていた石から立ちあがって二人の元に踏み寄った。
「歩きはまだ無理だって言ってたけど、歩きでも全然いけたよ先生!」
「ほう…そうか、すぐにマスターしたのぉ名前(やはり苗字一族の…)」
「えへへ!当然!」
 名前は木に手をかけて枝へ枝へと交互に着地しながら三人のいる場所へと着地して自信に満ちた表情をする。ムッと唇を尖らすソウタと、頬を染めてすごいと拳を握るミナト、腕を組んで微笑む自来也は口を開いた。
「よし名前、もっと難しいチャクラコントロールの修行をしてみないか?」
「え?もっと難しいのがあるの?」
「ああ、今度は木登りの応用編と言ったところだ。ミナトとソウタはてっぺんまでいけるように修行をしろのぉ。名前そこの湖まで競争だ!」
「あっ!待ってよせんせえ!」
「………」
「………」
 男二人残されたミナトとソウタは互いに睨みあう。女である名前に先を越された事、そして二人の中に「負けられない」気持ちが強くなった。現時点ではてっぺんに登れる可能性があるのはミナトだが、ソウタもセンスがないわけではない。ただし前回の反省を踏まえているのはソウタだけでなくミナトもである。そして忍としてのセンスは、ソウタはミナトよりも劣っていた。
 しかし、負けられないのも事実。負けたくないのもまた事実。二人は印を組んで木へ走り出す。
 一方自来也と名前は湖の側まで来ており、自来也はよく見ておくように言い聞かせ湖に向かって足を踏み出した。名前があっという間に、自来也は湖の上、つまり水面に立っているのである。
「……!?えっ!?」
「木登りの応用だ。水の上に立てるようになったら行動範囲も大きく広がる。名前の修行課題はこれだ」
「えっ…でも…、うん…」
 名前は自来也の足をじっと見つめる。自来也はここで名前の能力について再認識を高めた。
「いけそう」
 その声に自来也はほう、と声を上げ、やってみろと言う。名前は自来也の足を見つめながら自身の足へとチャクラを留め、その目で見えている「チャクラの流れ」を自身の足へ形付け、そして水面に足を踏み入れた。
 片足、そして両足。恐る恐る名前は水面の上へ足を踏み入れ、そして立った。
「センスがいいのぉ名前!ただ少し不安定ではあるが、下忍でいきなりここまで立っていられるのはあまりいないぞ!余程センスがないとここまで持続はできん」
「ほ…ほんとですか!?でも確かに不安定で…水の中揺れてるから難しいですね」
「お前は班の中で一番チャクラコントロールが上手い。これなら術の範囲を広くしても問題はないだろうのぉ」
「術の、範囲」
「ただお前は体力がない。そこが欠点であり、このチャクラコントロールが長所になる。体力がない分、この精密なコントロールは体力のなさをカバーしてくれる唯一のものだ。これから体力をつけること、それから術の範囲を多くしてみろ。化けるぞ」
「あっ、とか何とか話してたら安定してきました」
 バチャバチャと水面の上を走り、試しに軽くジャンプを繰り返してみる。自来也は名前の血継限界の恐ろしさにただただ感心した。
 「集中」すればするほど、体内の神経を研ぎ澄まし、こういったチャクラコントロールもこんなにも早く上達させるものかと疎ましい。センスがあったとしても、こんなにも早く水面の上を立てるようになり、そして走り、跳ぶ事さえも可能にしてしまうその能力が。そして名前には無意識に力を発動させている事にも気付いた。
「よし、二人の所に行くか」
「え?もう良いんですか?」
「おお、本当は木登りまでが今日の修行にしようと思ってたんだが、困ったもんだ」
「へへ…」
 自来也と名前が木登りに精を出しているミナトとソウタに近づいた。ソウタは一回目よりも随分と登れるようになり、ミナトに関しては姿が見えない。恐らくてっぺんに近づいているのだろう。名前は座り込んで足の裏を見つめているソウタの隣にしゃがみ顔を覗いた。
「!」
「どう?」
 勢いよく後ずさったソウタの頬が若干ではあるが赤く染まっている。
「な、なんだよっ」
「え?いや調子どうかなって…」
「さっきよりも登れるようになったよ」
「ソウタ、お前どんな風にチャクラを練ってイメージしてる?」
「イメージ…?」
「木登るときだ。どんなふうにチャクラを留めている?」
「…チャクラが…足を覆う、ような」
「名前、お前はどうだ?」
「わたしは…足の裏にチャクラの層を作るイメージ。薄くて…ガムテープみたいな。木に足をくっつけるイメージ…かなあ」
 それを訊いたソウタは立ち上がり印を組んだ。もちろん、名前のイメージを自分にも、同じように。ゆっくりと目を開いたソウタが木に踏み寄り、走らずにゆっくり歩いた。そして一気に上へと登っていく。既にてっぺんへ到着していたミナトはソウタがてっぺんへ登ってくるまでじっとその場に留まり、ソウタがてっぺんへ登りきった後に「やったねソウタくん」と頷いた。ソウタはミナトを睨むようにして目を逸らし、「まあね」と言って下へ降りて行く。ミナトもソウタの後を追って下へと降りて行った。

「ええー!名前ちゃんもう修行終わったの!?」
「さすが女性、繊細なチャクラコントロールだったのぉ名前」
「なんですかその目なんか気持ち悪いんですけど」
「…明日は木登りの応用で最後の課題、水の上に立ってもらう!名前、見本を見せてみろ」
「話逸らすな変態教師!」
 べしんと自来也の背を叩いた名前は三人が見つめる目の前の湖の上を立ってみせた。声が漏れるミナトに驚くソウタ。自信満々の名前に、頷く自来也。三人が別々の表情を見せている。
「最終課題はこれだ。木登りよりも遥かに難しいからのぉ。覚悟しておけよ」




 ひょっこりと顔を出して名前の後ろ姿を見つめているのはミナトである。名前はいつもの修行場で腰を下ろし、何やら熱心に何かをやっているようだ。ミナトは気になりながらもその後ろ姿をじっと食い入るように見つめていた。
 一方名前は静かに目を閉じ、静かに息を吐いて「集中」をしていた。背後に感じるチャクラの流れ、視線。先程の自来也との一件で、チャクラの流れがうっすらとだが目に見えた。ただこの流れを感じるためにはいつもより倍の集中力が必要になることも感じていた。目を閉じて苦しそうに息を吐き汗を流す名前。
「(疲れる…)」
 立ち上がった名前は勢いよく後ろを振り返ると、ビクリと肩を震わせたミナトは焦った顔をして名前を見つめる。それに名前は笑ってミナトに近づいて行った。
「ストーカー?」
「!?んなわけないだろッ」
「でもミナトくんの家、こっち方面じゃないでしょ?」
「…そっ、…それは、その…」
「ハッキリしてよね」
「名前ちゃん、すごくチャクラコントロール上手かったから、コツを教えてもらおうと思って」
 嘘も方便である。名前のチャクラコントロールについては嘘ではないが、名前にチャクラコントロールのコツを教えてもらおうと思ってその後ろをついて行ったわけではない。
 今日は全然話せなかったから、と本当に理由なんて名前本人に言えるはずもなく。ミナトは嘘の言葉を並べたのである。
「ミナトくんに教える事なんて一つも、」
「でも、ソウタくんには教えてたじゃないか」
「…え、あ、うん…だってソウタくん、ミナトくんよりもチャクラが乱れてたから…。ミナトくんは安定してたよ?」
「?そう…だった?」
「というかね、わたしなんかすごい疲れちゃってて、もうチャクラ練れないの」
 頭がガンガンするし。とは言えず、名前はそれを留めると、ミナトは心配したように「大丈夫?」と背中に手を差し出してきた。彼なりの優しさだろうと名前は暖かい気持ちになりながら頷くと、ミナトはまだ心配そうな表情を止めないで、小さく「ごめんね」と呟いた。
「しつこく言い寄っちゃって…」
「ううん、大丈夫だけど…」
「家まで送ろうか?家の人も心配するんじゃないかな、もう暗くなって来たし、途中で倒れたりしちゃったら大変だからね!」
「……、ありがとうミナトくん、ここから家そう遠くないから大丈夫だよ!ミナトくんもおうちの人心配するんじゃない?ここから遠いでしょ?家、反対方向だし」
「俺は平気だよ、でも名前ちゃんは女の子じゃないか」
「女の子の前に忍!!心配はご無用!」
 ぺしんと乾いた音がミナトの背中から聞こえる。
「そうだね、それにここは木の葉だから他里の忍はいないから…平気だね」
「そ!じゃあミナトくん、わたし帰るね!バイバイ!」
「うん、バイバイ名前ちゃん!また明日!」
 班を組んで一ヶ月ほど経っただろうか。ミナトはまだ名前に心を許されていないような気がしてムズ痒く、また簡単に許されるわけがないのはわかっていたが、好きな女の子には頼りにしてほしいし、自分に好意を向けてほしいものだ。腕を思い切り振っていたのを止めて、ミナトは小さくなっていく名前の後姿を見つめる。
 ミナトは自分が先程、家の人、という単語を出した時に、名前に少なからず動揺したのに感づいていた。しかし踏み込んではいけない一線だと感じ追及はしなかったが、やはり何かありそうだと感じたのである。
「(悪いこと、しちゃったな)」
 詫びを入れようにも入れられないミナトは仕方なく名前に背を向けて自宅へ帰らざるを得なかった。


 ポタリと名前の目から涙が零れる。人とは違う境遇。
「(別に、今まで大丈夫だったんだから、…大丈夫、な、はず、なのに)」
 幼い頃、見下ろしてくれる、しゃがんで同じ視線になって話してくれる両親の笑顔が、名前の悲しみを強くしていった。
「お母ちゃん、今日シチューがいいな!」
「シチュー?はいはいジャガイモ多めにいれようね」
「うん!」
 家へ帰る途中、アカデミー生と思われる子どもと、その子どもと手を繋ぐ母親。小さい頃、よくこうして手を繋いで家に帰ったっけなあ、とその光景をぼんやりと見つめた。
「……」
 変えられぬ、逃げられぬ境遇。悲しみ、切なさ。妬ましさ。今まで平気だと思っていた事が、小さなことでこんなにもすぐに崩れてしまうんだと、わかっていたことだが、忘れていた。名前は拳を作って力のない足でその地を蹴った。