宿は賑わいに満ちていた。一方屋根で見張りを続けているミナトと名前はある異変を感じていた。ミナトは立ち上がり辺りを見渡す。名前は腰につけているポーチに手を入れた。 「…中が賑わってて気づきにくい…けど」 「空気が変わったよね。わたしでもわかる。…ホントにCランク任務?」 「名前ちゃん、先生達に」 「うん。かなりやばそうだもんね」 名前は屋根を下りて宿の中へ入り自来也の元に走る。屋根に残ったミナトは息を吸い、ゆっくりと吐いて落ち着かせてから片膝を瓦に落とす。どこか不穏な動きはないだろうか。宿の周りに怪しいものはいないだろうか。 すると突然宿の窓が割れ、人が投げ飛ばされ地上に落下していく。その姿はソウタだった。 「ソウタくん!」 間に合わない。ミナトが手を伸ばす。すると地上に煙が発生し、煙の中から蛙が現れソウタを受け止めた。 「(先生だ…)」 ミナトは屋根を下りて宿の中に入ると、自来也と座長、そして敵に掴まった名前が眼に映る。 長い黒髪をしてつり目の男、その手には名前、そして刀が握られている。 「名前ちゃん!」 「下忍が一人や二人増えたところで状況は変わらんよ、自来也殿」 「迂闊だった…お前がスパイだったとは…」 「フフ、座長、あの宝玉を渡してもらおう。それとこの小娘は引き換えだ」 名前は奥歯を噛み締める。自分を守ってくれたソウタが窓の外へ放り投げられてしまったのだ。そして両手を拘束させられて身動きが出来ない状態にいる。そして目の前には手を出せずにいる自来也、ミナト、座長がいる。腕を振り払おうとするも、力では敵わないのだ。 「お前みたいなやつが金に釣られてこんな任務をやってのけるとはのぉ」 名前を拘束させている相手はA級犯罪者だったのだ。金目当てにこうして仕事を行っている。新人旅芸人として一年前からスパイとして活動していた。 「金はいくらあっても困らないからな…。さて、座長、どうする」 その理由はこの座長がもっている宝玉を手に入れるためだった。その宝玉はある渓谷にある神殿へ持っていくと、無敵の力へ得るというものだった。 「くっ…」 「おっと、小娘のくせして粋がいいじゃねえか」 「離せ!変態!」 「おーおー、もうちょっと頑張ってくれや。あの自来也を目の前にしてお前無しじゃ取引できねーんだよ」 「(名前ちゃん…!)」 何が大切な人を守るだ、全然守れてないじゃないか。ミナトは歯を食いしばり、意を決してポーチからクナイを取り出し、敵に向かって走り出した。 「うおおおおお!」 「ミナト!」 「ガキ如きが…粋がってんじゃねーぞ」 敵が刀を握る。名前のミナトを呼ぶ声と同時に敵の刀が振り落とされたが、切ったものは座布団だった。 「なに…?」 敵は天井を見上げた。ミナトはクナイを構えて敵へと落ちて行くが、敵はニヒルに笑ってもう一度刀を振り、構える。 「術のスピードだけははえーが、芸がねえ。死ね」 また刀が振られたが、そこには血が飛び散らず、皿の破片が飛び散っていく。そして名前を拘束する敵の腕に激しい痛みが生じた。がっしりと名前の腕を掴み抱き寄せたミナトは瞬身の術で自来也の元へと飛び、自来也はにんまりと笑って印を組み始めた。 「んのガキィ…!」 「ミナトくん…!」 「よくやったミナト!さすが、俺の生徒だ!」 「は…はい!」 「見縊っては困るのぉ、さて、A級犯罪者、一筋縄ではいかんことはわかっている。だがこの男自来也!女性の目の前でかっこ悪いところだけは見せられん!」 「結局そこですか!」「結局そこかよ!」「結局そこなの!」蛙の背に上って階に上ったソウタを含めた三人は自来也の台詞に指をさしてツッコミを入れた。自来也は笑って、さすが、すごい、と口をそろえるような忍術を展開していった。A級犯罪者といえど、自来也の前では結局その名すら無意味であった。 「ミナト、ソウタ、よくやった。よく仲間を守った」 自来也の大きな手で頭を撫でられているミナトとソウタに、自来也の隣で笑っている名前。Cランク任務を終え、里に向かって帰還している途中なのである。Cランク任務ではなく、これはBランクに近いものだと自来也は任務を終えた後に三人に告げ、三人も頷いて納得した。まさか戦闘が起こるとは思わなかったからだ。前回のCランク任務の時も戦闘があったが、本来ならCランク任務は敵との戦闘は起こらないはずなのである。 緊張の糸が解れた任務完了後、三人は残りギリギリの体力で木の葉の里に向かう。 「そうだ、里に戻ったらお前達に修行でもつけてやろう」 「修行?なんの?」 「それは帰ってからのお楽しみ、ってことで如何かな?」 「じれった〜い」 「そういうな名前、今後大切になることだからのぅ」 名前の胸にはまだ敵に掴まった時のドキドキと、ミナトやソウタに助けてもらった時のドキドキが交互に胸に押し寄せていた。表情は変えていないように努力している名前だが、この空間で会話が無くなった時、いや無くならずとも、その顔には表情の変化が見られていた。それに気付いている自来也だが、あえて口には出さず、ただ見守っているだけだ。 「(仲間か…)」 友人がいないわけではなく、むしろ多い方だったと自覚している名前だが、本当のところ、心のどこかに人とは違う境遇にいること、それが名前が無意識に人との距離を取っている理由であった。親友のナツホも例外ではなく、名前自身もわからぬ「何か」に支配されていた。その「何か」に気付いていないからこそ、誰とでも対等に話せるわけではあるが…。 隣を歩くミナトをチラリと横目で見る名前。ミナトはソウタと話をしていた。まったく内容が入っていない名前はただその光景をぼうっとして見つめていた。 「(……)」 ソウタはミナトよりも先に名前の視線に気付きながらもミナトに視線を向けていたが、ミナトの会話は左耳から右耳へ通り抜けてひとつも話の内容が頭に入ってこない。人の視線に敏感な子だ。些細なことにも気付かないわけがなかった。名前の視線の先にはミナト。ソウタはこれが面白くない、気に食わないのだ。 「(…くだんねー)」 頭の後ろで両手を組みミナトから視線を逸らす。「えっ」とミナトが声を漏らした。 「ソウタくん聞いてる?」 「きーてない」 「ええ!」 |