プリズム | ナノ
Cランク任務-2


「ここだ」
 ここが隣村だ。とミナトはポケットに入れていた地図を広げて何度も現在地を確認する。人口は然る事ながら、畑や洞窟など、ここからでもよく見える。ミナトは隣で苦しそうに肩で息をしている名前に、まだ歩けるかと聞き、名前は弱々しくこくりと頷いた。ミナトは名前の手を引っ張って、畑で作業をしている一人の女性に声をかけた。
「すみません、お聞きしたいことがあるのですが」
 女性はすぐにそのことが何のことか悟り、名前の様子を見て、女性は畑から足を引っこ抜いて村長の家まで案内をすると言う。ミナト、名前の額当てを見て木の葉の忍だということがわかったのだ。しかし経験を積んだ忍とは思えなかった女性は二人に他に忍はいないのかと問うた。二人は顔を見合す。そうこうしているうちに女性は村長の家の前まで二人を案内していた。
「話は中で聞くわ。さあ、どうぞ」
 女性が暖簾を避けると、長い髭を生やした老人が杖をついて二人の方に振り返る。
「木の葉の忍か」
「…村長殿、こちら三代目火影様より文をお持ちいたしました」
 ミナトが前に長老の前に出て文書を渡した。長老は文書を広げ、一文字一文字丁寧に読み上げていった。
「それで、なぜ君達二人だけなの?」
「本当は上忍一人と下忍一人がいるんですけど、途中で他里の忍の交戦して俺達が文を預かったんです。岩隠れの…上忍だと思います、だから先生が…」
「なるほどね…おじいちゃん、内容は?」
「忍を滞在させること、非難をすることが書かれておる。…菊、二人に宿を手配してあげなさい」
「わかったわ。二人ともついてきて」
 菊と呼ばれたこの女性は隣にいる村長の孫だった。二人は菊の後ろについていき、菊に従うがままに宿泊施設に案内された。ここは長老が経営する宿泊施設らしく、ミナトと名前の他にも木の葉の忍が宿泊していた。三階建てで、二人は二階に案内される。
「他の上忍さん達にもここを案内するわ。お腹空いてない?七時になったら夕食が運ばれてくるからそれまで待っていられる?」
「ど、どうぞお構いなく…」
 ミナトはリュックを下ろしながら言うと、菊は声を出して笑い、ここは宿泊施設なんだから夕食くらい出すわよ、と言って部屋を後にした。残されたミナトと名前は走り続けた足にどっと疲れを感じその場に座り込む。名前はリュックも外さないまま畳の上に寝転がり、長い息を吐いた。
「先生…、ソウタくんの事見つけたかなあ…」
「もちろん。先生だ、きっと見つけてくれるよ」
「……ソウタくん、どうしちゃったんだろうね」
 名前だって他里の忍を前にした時、体が動かなかったのだ。当然ソウタもあり得ないわけではない。名前は薄々と感じてはいたが、それを口にはしなかった。自分も動けなかったのだ、責めるような言葉など吐けるわけがない、と。
「本当は任務成功を喜ぶところなんだろうけど…」
 ミナトが立ち上がる。
 ここの施設には自分達の他にも木の葉の忍がいるし、二人にとっては心強い事ではあったが、自来也のこと、何よりソウタの事が心配で任務よりもまず、二人の生還を願っていた。ミナトが窓を開け、名前にリュックを下ろすように言う。名前は「あ」と気付いて上半身を起こしてリュックを下ろした。
「すごく長閑な村だね」
「うん…そうだね」
 ミナトは心配する名前を少しでも元気付けようとしたが、名前にはそれが伝わらずといったところだ。もちろん、他にも元気づける方法はたくさんあったが今のミナトにできる方法など限られていく。他人を元気付けることを何度もしてきたとしても、この状況はミナトにとっても名前にとっても初めてだったのだから。
 ミナトは窓から手を離して名前の隣に座り、家から持ち出してきたおにぎりを手渡した。名前は一瞬何の事かわからずミナトを見、言葉が出ないまま見つめていると、ミナトはにこりと笑って「それ、あげるよ」と言った。
「お腹が空いてたらネガティブになる一方だよ、だからお腹満たして二人の事を待とう!」
 胸を拳でトン、と叩く。
 名前は震える口を固く結び、しっかりと頷いた。



 一時間後、自来也はソウタを連れてミナト、名前が待つ部屋にやってきた。二人が目を輝かせて自来也を抱きしめると、自来也は照れながらも二人の頭を撫で、困ったようにくしゃりとした笑顔を作った。ソウタは二人に視線を向けることはなかった。
 自来也は村に到着し、まず先に二人が村長に会ったかを確かめ、そして文が村長の手元にあることを確認し、この状況なので任務が終わり次第木の葉に戻ることを決めた。里に岩隠れの忍の件を知らせ、返事が返ってくるまでこの施設にいようと提案した。三人が首を振るわけもなく。
 まだ下忍が他里の忍がこの辺りに潜んでいるのにこれ以上の滞在は難しい。ここにいる木の葉の忍にこのことを伝え、見張りを行ってもらおうと村長に伝えに行き、部屋にはミナトと名前、そしてソウタのみとなる。
「……」
「……」
 重い空気が三人にのしかかる。ソウタは俯いたまま、何も言わない。
「ソウタくん」
 重い空気、部屋に名前の声が響いた。
「怪我、してない?」
 ソウタはそろりと名前の方を見た。
「……う、うん…」
 ソウタには、この時名前がいつもの名前と違うように見えたのだ。いつもの時間にルーズ、自由気まま、不満を口にするような、そんな名前には見えなかった。その中には同情も含まれていたが、名前の心からの言葉に、ソウタは思わず素直に返事を返す。名前はよかったね、と言って、ミナトにも同感を得ようと話を振った。ミナトも目を細めて、よかったよソウタくんと言って顔を向けた。
「…ごめん。勝手に、いなくなったり、して」
「もうあの時驚いちゃったよー!なんかの術?瞬身の術か何か?」
「いや、あれは、瞬身じゃなくて…、一族秘伝の術だよ」
「血継限界か」
「血継限界?」
 名前はミナトに血継限界の事を問う。彼女自身、自分にも血継限界があることを知らなかった。里の上層部もそのことは言わなかった。その理由は幼少期から使いすぎれば、死を早めるからである。身体に負担がかかる血継限界だからなのだ。
 血継限界のことはソウタが口を割った。
「俺の血継限界は影と同化するんだ。つまり自身が影になること。それを利用して俺は一族の術の一つの影に隠れる術を使った。ただ影に隠れるだけで俺自体は物体のままだから、攻撃されたらおしまいなんだけど…」
「すごい!ソウタくんいいなあ…わたしもそういう特別な術ほしい!」
「……いいもんじゃないよ、こんなの。特別視されるだけだし」
 ソウタは一族の中でも影の薄いことで期待され、それが重荷になり昔は励んでいた修行も今ではめっきり励まなくなった。修行をしなくなると自然と暇な時間が増え、そこでゲームに手を伸ばしたのだ。「あなたは才能がある」と両親に告げられ、毎日のように「頑張れ」だの「期待している」だの、それらの類の単語を並べられ、明るかったソウタは遂には暗い性格になってしまった。それと同時に同級生にもいじめられ、こうして友達さえも作らなくなってしまったのだ。しかしそれを今告げるのもソウタにとっていいことではない。胸の奥にしまい、目を伏せた。
「そうなの?」
「そうだよ。俺は嫌だよ、こんな血…。もっと普通の家に生まれたかった」
「ミナト、ソウタ、名前、そろそろ出発するぞ」
 自来也が気配を消して部屋の中に入り、三人に声をかけるとソウタ、名前の順に驚き、ミナトは感じ取っていたのかなんの反応も見せぬまま自来也を見上げた。
「先生、木の葉に連絡は済んだんですか?」
 ミナトが問うと、自来也は頷いて口を開いた。
「ああ、事は済んだ。日帰りで疲れるとは思うがこのまま里に帰るぞ。…の前に、腹ごしらえでもしとくかのぉ」
「あ、わたしミナトくんからおにぎりもらいました!」
「なに!?」
「…腐ってんじゃない?」
「ええ!?ちょっと皆ひどくない…!?」
 名前の手の中にあるおにぎりを見た自来也、ソウタの二人は驚き、そして冷静に思ったことをそのまま口にする。名前はそんな二人の言葉を気にしない様子でアルミホイルを開け、海苔で巻かれたおにぎりを大きく一口頬張ると、頬におにぎりを詰めたまま笑うと、ミナトは嬉しそうに「美味しい?」と訊き、名前は大きく頷き、親指を立てる。
「デリシャス!」
「…ふつーに言いなよ」



「はい、お待ちどうさま!」
「わあい!」
「…だから俺甘いもの苦手なんだって…」
 あんみつに喜ぶミナトと名前の向かいに座っているソウタはがっくりとうな垂れた。
「疲れた体には甘いものだよソウタくん」
「辛いもんだろ」
「はあ?それは聞き捨てならない。甘いものでしょ」
「辛いもの」
「甘いもの!」
「まあまあ二人とも」
 二人を宥めるミナトはスプーンを持って、名前が好きだといった抹茶のソフトクリームが乗っているあんみつを頼んだ。隣の名前も同様、お皿から抹茶のソフトクリームが飛び出ている。辛い食べ物が好きというソウタの目の前には、定番メニューである普通の、ミナトが食した普通のあんみつが置かれている。
「あんたらよく食べれるね」
「好きだからね!」
 ソウタがスプーンを持つ。恐る恐る餡をすくい、口に運びゴクン、と喉を鳴らして飲み込んだ。
「…あめーし」
 ソウタの前に座る二人は笑った。ソウタも少しだけ、口角を上げて笑う。ソウタが二人に少しだけではあるが、心を許した瞬間だった。