何が読書の秋だ。何が読書だ、勉強家だ。
ぶすっと膨れて机に突っ伏す。組んだ腕の上に頬をのせて目を細める。きっと今のわたしはとてもぶさいくだ。少し恥ずかしくなって顔をまるごと隠したら、更に不貞腐れているように見えたけど、もうそんなこと気にならない。というか気にしろ馬鹿野郎。机の向こうに座る彼が、呆れたように「拗ねるなよ」と言ってくれるのをかれこれ数分間は待ち続けているのだけれども、きゅっと閉じられた口が開く事はなかった。
久しぶりの彼の部屋は、前より本が増えていた。難しいタイトルの厚い本ばかり。あいにく全く本を読まない私には、その厚い背表紙の何が魅力的なのかわからない。適当にその辺にあった本を手にとると、肌触りがよかったので、彼をただの本に取られてからはずっとその本の裏やら表やらをひたすら眺めたり触ったりするだけの時間を過ごしていた。

「ライナー」
「んー」
「ライナー休憩しようよ」
「んー」
「ライナーのばか」
「おい」
「その眼鏡どうせ安物なんでしょ」
「おいなんだよいきなり」

眼鏡を馬鹿にされたことがよっぽど気に食わなかったのか、ようやく彼がこちらを向いた。私はまだ机に突っ伏したまま、目線だけをちらちらと上にあげるだけである。こっちを見るよう仕向けたのは私だが、いつもとちょっと違うライナーをまっすぐ見ることが出来なかった。


「なんだ、なまえ、拗ねてんのか?」
「わかってるんなら相手してください」
「はは、すまんすまん」
「だから、謝るんなら本しまってよ」
「悪ぃな、あと少しで終わるからよ」
「えぇー・・」
「頼む」


ライナーがいつものようにニカっと笑う。それが人に物を頼む態度か。でもその顔ですら、なんというかいつもよりかっこよく見えるから、これは、窓から差し込む日差しのせいかな、眼鏡の効果なのかな。仕方ないなあと言うや否や、ありがとなと簡単に言い残し、彼はまた本の世界に戻っていってしまった。何が読書の秋だよ、誰だよそんな事言い始めたの。
たくましい指が薄いページをただめくる。それだけなのにやたらと優しい。悔しいが、私は、彼のそういうところが好きなのだ。

「ねえライナー」
「んー?」
「ライナーって、目が悪かったんだね」
「まあ、少しな」
「いつもは眼鏡かけないね」
「本、読む時だけな」
「学校でも、よくかけてるの?」
「たまに」
「わたし、見たことなかった」
「そういや、なまえの前じゃ初めてだな」


本から顔を上げて、どうだ、似合うか?と彼は笑った。外は風が少し強い今日だけど、彼の部屋は日当たりがよくてあたたかい。その日差しを受けながら笑う彼は、確かに本当にかっこいいのだが、そんなこと言えるはずもないわたしはむすっとした顔のまま別にと答えた。かわいくない。非常にかわいくないし、彼と一緒に本を読む事も出来ないような彼女。自分で言って悲しくなってくる。逸らした目で見つけた、肌触りのよい背表紙をぼんやりと触ると、ライナーが声をあげて笑った。そして、俺は運のいいやつだなと言う。

「なにが?」
「いやあ、俺はもっと早くお前の前で眼鏡かけとけばよかったって思ってな」
「わたし、別に、って言ったでしょ」
「いや、そうじゃなくてな」
「じゃあ、どういうことよ」

不貞腐れたわたしの名前をライナーが呼ぶ。なまえ、こっち見ろ、と。それは私がずっと思っていた事なのに、かれはこんなにもやすやすと言ってのけるし、私もすんなりと彼の方を向いてしまう。悔しいが、悔しいがその声はとても優しい。


「俺の彼女は、こんなに綺麗な女なんだな」


眼鏡かけたらよくわかった、と彼は笑った。私は好きでも何でもない肌触りのいい本をまだ撫でている。失礼だよ、もっと早く気付いてよ、言いたいことは沢山あるのに、彼が読んでいた本を適当にぱたりと閉じたのを見て何も言えなくなってしまった。もう読んだから、待たせて悪かったな、とたくましい掌が今度は私の頭を撫でる。最後まで読んでないくせに。まだ途中のくせに。頬が熱い。きっと窓から入り込む日差しのせいなのだが、眼鏡をかけた彼からすればすべてがお見通しなのかもしれないと思った。ライナーがもう一度、なまえは綺麗だな、と私を見る。悔しいほどに、彼は優しい




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