大した失敗ではなかった。でもどうしようもなく情けなくて、とどのつまり、私は一人になりたい気分だった。一人で頭を抱えて、騒がしいこの学校の音やら光やらから逃げてしまいたいような、そんな気分だったのだ。
 なのにどうしてこうなっているんだろう。隣で杖をくるくる回す赤毛の彼をちらり、見る。溜息もつけないくらい近くにいるので、もうなおさら憂鬱だ。一瞬で逸らそうと思った視線はばちり、と交わり、おや、と彼が口を開く。適当に腰かけたベンチは固くて少し痛かった。

「機嫌はなおったかなおなまえ嬢」
「その呼び方、やめてよ。それに機嫌が悪かったわけじゃないよ」
「そうだったのかい?僕はてっきり、理不尽なスネイプ教授殿に突然呪文を言えと言われてあわてて違う答えをしてしまった結果グリフィンドールから10点減点された事を気に病んでいるのかと思ったんだが?」
「フレッドは意地悪だね、本当に」
「ジョークじゃないか」
「ジョークなの、今の」
「おもしろくなかった?」
「ちっとも」

 フレッドはベンチに背をもたれて、「君にジョークセンスを求めた僕が馬鹿だった」と大げさに溜息を吐いた。それがしたいのは、溜息を吐きたいのは私だ、と思っていると、おお怖いと肩を竦められてしまった。いけない、無意識に睨んでいたようだ。

「つきたいなら、溜息、つけばいいじゃないか」
「そうね、隣にフレッドがいなかったらそうしたいところね」
「僕がいたらできないのかい?そんな魔法はまだ、かけていないけれど」
「何かするつもりなの?」
「この、僕が、何もしないってこと、ある?」

 フレッドが気持ち悪そうに、ありえない、という顔をした。スネイプが、ハニーデュークスに、行きたいってごねること、ある?とでも言っているかのような、そんなテンションだった。スネイプがハニーデュークスに行きたいとダンブルドア先生にせがんでいる姿を思い浮かべた。ないな。先ほどみんなの前で恥をかかせた本人の情けない姿を想像して、少し気分が楽になった。

「なあ、おなまえ。あの呪文の答えを教えてやろうか?」
「いらないわよ、秀才フレッド・ウィーズリー」
「おやおやお褒めにかかり光栄ですおなまえ嬢」
「だからその呼び方やめてって」

少し楽になった気分が、彼のおせっかいによってまた下がる。台無し。もう、最初から台無しだったけれど。彼が、言う。「こないだのクディッチで僕らが点稼いだから、少しくらい減点されたって大丈夫だろう。」と。馬鹿、こいつは本当に馬鹿だ、

「君は本当に、お堅い人間だ。どこかの勉強家さんと同じくらい、いや、勝つかもしれないな」
「もう、フレッドあっち行ってよ」
「いやだね、もう少し」
「お願い、一人になりたい」

 ちらりと盗み見た彼の手に、この間のクディッチでくらった怪我を発見した。敵のクラブにやられたもので、あれは見ているだけでもとても痛かった。目をそらす。なんでもできる男の子がキラキラ輝いて箒で空を泳ぐ姿が脳裏にちらついた。ああもう、ダメなタイミングにダメなものを発見してしまったなあ、最悪だ。もう一度、ローブを膝の上で握りしめながら「もうお願い、あっち行って」とつぶやいた。思ったより声が出なかった。フレッドは、動かない。

「なんていうか、君はあれだね、もう少し自分に甘くなるべきだ」
「私、あなたに言われたくない」
「そんな、僕とジョージはいつでも自分に甘いぜ」
「そうかな」
「じゃなかったら、罰則なんて受けないで、今頃お偉いパースと肩を並べているころさ。そんなんになるくらいなら、僕はもっと甘〜く生きて、パースのお菓子も盗んで食べてしまうね」
「ねえ、フレッド、」
「ところで、盗むついでに一つ言いたいんだけど」

 もう、情けないやら何やらで少し涙が浮かんでいた。フレッドは気づいている。気づいてこうやって、そばから離れない面倒な男だ。なあに、と口を開こうとしたら、「お、きたきた、遅いよ相棒」とフレッドが手を挙げる。同じ顔した赤毛がもう一人、向こうから走ってくるのがちらりと見えた。増えた。最悪だ。

「こないだジーニーから聞いたんだ、女の子が落ち込んだ時は優しさにとことん弱いって」
「え、」
「僕、パースのお菓子はいいから、ひとつ盗みたいものがあるのさ」

 顔をあげると、やんわり開いていた口にぐい、と何かを押し込まれた。「やっとこっち向いてくれた」とフレッドが笑う。ジョージが「やたら乱暴じゃないか、うらやましいな」とよくわからないことを言うから、もう本当によくわからない。茫然と、咀嚼すると、あまい何かがねばりつくように広がった。固い、香ばしい香りも一緒に漂う。この味ならよく知っている。広がる砂糖と水あめは、これは、ヌガーだ。

「それ、調理場から盗んできたやつ。ああ、いたずら用品じゃないからご安心を」

いつの間にかこみあげていた涙も引っ込んでいた。もごもごと口を動かす。「おいしいだろ?」とジョージが言った。ところでどうして私はこの二人の見分けがつくのだろう。見比べてみたら、なんだ、全然違ったなあとぼんやり思った。フレッドとジョージがうれしそうに、口を動かす私を見る。「おいしい?」と聞かれて、また、顔を縦にふった。

「調理場から盗むのも、簡単じゃないんだぜ」
「そうだ、相棒。今回はどんな手を使ったんだよ」
「まあまあそうあわてるな。おなまえにも僕の武勇伝きかせてやるよ」

もごもごと咀嚼を繰り返しながら私はただただうなずいた。フィルチがさ、と楽しそうに二人が話す。笑う。時に驚く。ヌガーはまだ溶けない。噛んでも噛んでもまだ溶けない。「なあ、おなまえ、盗んだヌガーはあまいかい?」。フレッドが顔を近づけてうれしそうに、うれしそうに聞いてくるものだから、私は、うんうん、と何回も何回もうなずいた。


やった、と二人が手を合わせる。きらきらして、眩しかった。

きみはプラネタリウム
(20130826)
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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