ジャンくんとわたしが付き合えたのは、奇跡に近かった。
 元々、ミカサちゃんに長い片想いをしていたジャンくんのことは、訓練生のみんなが知っているし、そのミカサちゃんがエレンくんにぞっこんであるという事も、長期にわたって周知の事実であった。不憫だかわいそうださっさと諦めてしまえばいいのにと言われ続けてもなお、ミカサちゃんを目で追っていた彼の事を、目で追い始めたのはいつからだっただろうか。そして、彼の目が私を見てくれるようになったのも、いつからだっただろうかてんでわからない。でも、わたしは、いつから始まったとしても、もしかして始まってなかったとしても、それでいいのだと今、思っている。わたしがそもそも好きになったジャンくんは、ミカサちゃんを見つめる熱い熱いまなざしだったのだ。わたしも、そんな風に誰かを見つめられたら、しあわせなのかなあと考えていたら、ジャンくんを同じようなまなざしで見つめるようになってしまった、とそんなかんじだったのだから。

 ジャンくんとわたしが付き合えたのは、誰のおかげでもなくて、運か神様の気まぐれかなにかだと、思う。最初、ジャンくんを見つめる自分のまなざしが、ジャンくんがミカサちゃんを見つめるソレだと気づいた時、わたしはすごく大きな罪悪感に包まれた。知っていたはずだ、彼が、彼女を、一直線に思い続けているのを、知っていて、わたしはわたしたちはあったかいようなばかにするような(ううん、みんなジャンくんの事が好きだから、ああやっていっているだけで)、仲間を思う目で見ていたはずなのに。これが恋だと気づいた瞬間、わたしはとても恥ずかしく思った。そして同時に悲しくて、一刻も早くこの悲しいのから逃げてしまいたいと思った結果、何のアプローチも駆け引きもしないままに想いを告げる事にしたらまさかのOKを頂いてしまった、つい、二週間前のことである。

「あれ、おなまえ。」
「あ、マルコ。」
「こんなとこで、どうしたの?」
「あ、えっと、えへへ。」

 声をかけられて振り向けば、そこにはきょとんとした顔のマルコがいた。
 彼がそんな顔をするのも、納得できる。みんなが集まる食堂の入り口に、私一人きょろきょろきょろきょろ突っ立って、一向に入ろうとしないのだから。優しいマルコは、入らないの?と不審に思う事なくもう一度聞いてくれた。そして中をちらっと見て、ジャンと、ミカサ?と言葉をこぼした。ぴく、と肩が思わず動いてしまう。

「もしかして、おなまえ・・・」
「う、あの、へへ。ちょっと、風浴びてるだけだよ。」

 へへへ、という情けない笑い声と共に出た言い訳は、これまた情けないものだった。つん、と少し鼻の奥に刺激が走る。いけないいけない、本当に少し、風を浴びたい気分になってきちゃったなあ。心配そうにこちらを見るマルコに、一回部屋にもどろっかな、と。わたしはどうしても友達を心配させる言葉しか言えないみたいだ。(優しい友達は、眉を下げてしまった。)

「あのさ、おなまえさ、」
「うん。」
「もう、ジャンの彼女なんだよ。」
「うん。」
「堂々と、しなよ。」

 眉を下げられたまま、そんなことを言われたら、まいってしまうじゃないか。心でそうこぼして、わたしも苦く笑うしかできなかった。そしたら、マルコ、下がっていたはずの眉をきっと挙げて、わたしの腕をつかむ。どうしたの、と口を開くよりも先に、マルコはぐんぐんと食堂の中へとはいって行った。自然と、わたしも一緒に、である。

「ちょ、ちょっとマルコ、」
「ジャン!」
「マ、マルコったら、」

 少し大きな声で呼ばれたジャンくんが、あんだよマルコ、と返事をしているのが聞こえた。私はマルコのかげに、わざと、隠れて目を伏せている。たしかに、わたしがすきになったのは、ジャンくんのあの、ミカサちゃんを見る熱い熱いまなざしだ、とわかっているけれど、なんだかね、欲が出てしまったのだよ、ジャンくん。だから、もし、あの時と同じような目をしていたら、あの時と同じように頬を染めていたら、どうしようと不安ばかりで、ジャンくんがミカサちゃんを見る横顔はもう、怖くて怖くて見てられないのだよ、ジャンくん。
 遅れてジャンくんの、マルコと、おなまえ?というちいさな声が聞こえた。と、同時にガタン、と大きな音が響く。びっくりして思わず顔を上げた、と同時にマルコの手の感触が消えて、ついでに視界いっぱいに広がっていたマルコの背中も消えていた。あ、れ?

「大丈夫か、おなまえ、お前、マルコに無理やり腕掴まれてたのか?」
「え、えと、ううん。そんな、ちがうよ。」
「でもお前、ずっと下向いてる。なあ、やっぱりアイツ、」
「ち、ちがくて。」

 代わりにジャンくんに掴まれた腕が熱くて、顔を上げられない。けど、不意にジャンくんが強く腕をつかみなおしたから、どうしたのかとびっくりして顔を上げてしまった、ら、

「ジャ、ジャンくん・・?」
「なんだよ。」

 熱いまなざしがあった。あれ?なんで?わたしがずっと見ていた、わたしと同じ、熱いまなざしが、私を見ている。顔に熱が集まっていく、と同時に、ジャンくんがハッと気を取り戻したのか、やたらと近かった顔の距離を離して、あわあわと顔を赤く染め始めた。つられてもっと、わたしも赤くなる。マルコの、ははは、という笑い声が聞こえた。きみたちお互い馬鹿だよ、おなまえがジャンをずっと見てたのもみんな知ってるし、ジャンがその目にやられて、途中からおなまえの事を見はじめたのも、みんな知ってるんだけどなあ。珍しく意地悪な友達の声も聞こえるし、顔はどんどん熱くなるし、掴まれた腕はもっと熱くて、なんだかくらくら、めまいがしそうなくらいなのは、きっと二人とも、同じなのに、それなのにわたしはジャンくんの目から、目を離すことができなくなった。これは本当に風を浴びに行きたいなあ、と熱い頭の片隅で思ってたら、頬を染めたジャンくんが、外、歩くか、と腕をひっぱる。控えめなその力に、なんだか少し泣きそうになりながら、そうだね、それがいいね、と少し顔をそらすと、にこにこ笑っているミカサちゃんが見えて、ああ、彼女も、すべて知っていたのかな。歩きだすと同時に、腕をつかんでいた手が、私の右手をするり、と握って進みだすものだから、泣いてしまった。


(小鳥は教えてくれないね)
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