私は一か月前、今はやりの逆チョコと言うものをもらった。しかもお相手はあの荒北くんである。え?しらないの?あの有名な荒北くんのことだよ?うちの高校でダントツに強い自転車部に入ってて、元ヤンのあの荒北くん。まあ知らないなら知らないでいいんだけど。
 とにかく、その荒北くんから一か月前にチョコレートをもらったのだ。つりあがった目はその時少し垂れていて、話した事もほとんどない彼だったけどちょっとだけかわいいななんて思ったりした。口調は怖くてもチョコレートは手作りだったし、ラッピングも丁寧だった。これがギャップ萌えっていうやつなのか。告白をされたわけでもなんでもない。それでもまんまと彼の事が気になりだした私は、今、人生で初めての逆ホワイトデーに挑戦中なのだ。

「荒北くん、ちょっといいかな」

 東堂くんとお話している(と言ってもほとんど東堂くんが話してる)荒北くんに声をかける。今から部活動へ足を進めている彼を止めてしまうのは少し気が引けるのだけれど、私は部活動にも入ってないし、彼の部活が何時に終わるかも知らないし、HRが終わってから部活までのこの時間が一番ベストだと思うのだ。彼にお返しの品を渡すのには。

「あ、あァ、」
「おっと、じゃあオレは先に行くとするかな」

 遅れないようにするんだぞ〜、と東堂くんが手を振りながらその場を去った。周りでファンクラブの女の子たちが騒ぎながらその後を追う。多分バレンタインデーにチョコをプレゼントした子たちなのだろう。律儀にも東堂くんは一人一人にちゃんと包装された包みをくばっているのだから流石アイドルと言うかなんというか。人気が続く秘訣を見た気がした。

「なんか用かヨ」
「あ、そうだった」

 呼び止めてごめんね、と手を合わせると荒北くんはそっぽを向いて「別に」とだけ答えた。悪い人じゃないんじゃないかなと思う。彼にもらったチョコレートだっておいしかった。

「これ、はい」

 ぽん、と差し出された手に包みを乗せる。控えめなサイズの、黄色いラッピングのそれは、荒北くんからしたら小さすぎるかもしれない。けれど、とても迷った結果のこれだから、大目に見てほしい。

「これ、って・・・・」
「ホワイトデーだよ。こないだは美味しいチョコありがとう。じゃ、部活頑張ってね」

 渡すものだけ渡して、ぽんと彼の肩を叩いてその場を後にした。触れた肩が思ったよりも硬くて少し驚いた。返事も待たずに歩き始めてから、もう少し何か気の利ける言葉があったのではとか、もう少しお話したかったなとかそんな事まで考えてしまった。私、変だな。今日はお返しをするだけのはずなのに。1カ月で少しずつ大きくなっていった荒北君への気持ちが、少しでも彼に伝わるといいけど。こそこそと荒北君を見つめる視線をちらりと見て、そう言えば東堂君ほどじゃないけど彼のファンもいるんだったと言う事を思い出して、砂利を蹴った。


・・・・

 俺は一か月前、今はやりの逆チョコというやつをした。恋だのなんだのに今までてんで興味のなかったこの俺が、だ。どこから噂を聞きつけたのか東堂がすぐに「荒北お前バレンタインにチョコあげたらしいなー!ぷぷぷ」とからかってきたから思いっきりチョップをきめてやった。新開も「お前も珍しい事をするんだな(ぷぷぷ)」とどう見ても笑っていたからしばいた。こんな風に笑われるのだって覚悟していた。そこまでしてでも、この行事にのろうと思った。
 それはなぜか。3月に、俺たちは卒業してしまうからだ。

「それでこんなこてこてのイベントに便乗した、と」
「うっるせえ東堂」
「いや〜、あの荒北がチョコレートを手作りし、そして女の子に渡す姿をオレも見たかったなー!」
「お前ェ殺す」

 それで、先ほどお返しを貰っていただろう。
 その東堂の声を皮切りに、新開が近寄り、挙句の果てには福ちゃんまで顔をのぞき始めた。なんだなんだ、どれだどれだとぞろぞろ俺の周りに集まる部員。お前ら何してんだ早く着換えろヨ。

「バァカ!誰が見せるかヨ!!」
「いいではないか〜、どうだ、何が入ってたのだ?」
「ま、まだ俺も見てねェよバァカ!」
「なに!?気にならないのか!?」
「家でゆっくり見んだよ!!」

 そこまで言うと東堂がぴたりと固まって、奥にいた新開はニヤっと笑った。こいつらまたバカにしてやがる。その頭にチョップを食らわせてやろうと、まずは東堂の肩から掴んだところで、足元でかさかさと音がした。東堂と顔を合わせて目線を下にやる。真波だ。

「おま、はァ!?そんなとこでなにしてんだよ!?」
「あ、あった!これですねー!かわいい包みだ!」
「ちょ、は、え!?」
「ほう!でかした真波!」

 あれよあれよと人の手に渡り、あっという間にかわいらしい包みは新開の手の中に。自分の掌にのせた時も思ったが、大きな新開の両手に包まれるとより一層その控えめな大きさが目立つ。返せよ、と口を開く前に、複雑な気持ちが胸に広がった。

「これはまた、控えめなサイズの」
「はっ。小さいって言えよ正直に」
「うっわちっさ!!!」
「真波てめェしばく!!!!!!!」

 正直すぎる真波の頭を捕まえたと同時に、なんと新開はにこやかにその包みを開けた。え、あいつあけやがった。人のプレゼント勝手にあけやがったヨあいつ。信じられん。東堂と真波が嬉しそうに新開に近づく。泉田と福ちゃんまでも。少ない人だかりでも見えなくなるサイズなんだな、と少し悲しくなりながら、新開の手元に手を伸ばす。容易に持ち主の下に戻ってきたそこにあったのは、

「飴?」
「飴だな」
「飴だ」

 そう、飴だ。もちろん、手作りでもなんでもない、袋に小分けにされたカラフルな飴たちが、黄色い包みの中控えめに光って俺を見つめている。包みが小さいのにもうなづけた。中身が飴なら、結構な量を詰め込んだって大層な大きさにはなるまい。

「まあ、義理だな」
「おおお新開!もっとオブラートに包もうじゃないか!」
「義理ですね」
「真波ももう少し空気を読めるようにならねばならんぞ!!!」
「東堂さんに言われたくないなあ」
「なんだとー!!」

 こんな時にも騒がしい部員たちの喧騒を前に、ぼうっと色とりどりの飴たちを見つめた。手の中で何度か転がしても、飴は飴のままだった。手紙がどこかに挟まっていたりもしない。袋につまった飴だ。別に、嫌いじゃないが、新開の言うとおりだった。ばかばかしい。いろんな感情を無理やりしまいこんで、制服を脱いだ。部活だ。あァ、部活だ部活だ。雑に脱いでは投げ捨て脱いでは投げ捨てを繰り返す俺に、泉田が「荒れていますね!」とまたもや空気の読めない笑顔で笑いかけてきた。どいつもこいつも・・

「荒北」
「・・・・なァに福ちゃん」

 まだギャーギャー騒いでいるあいつらは放っておいて、福ちゃんも隣で着替えを始めていた。「ホワイトデーにあげるものに、それぞれメッセージがあるらしい」福ちゃんはブレザーをハンガーにかけながらそう言った。このいかつい見た目でホワイトデーって言われるとなんか迫力あるな。さすが福ちゃんだ。

「知らねェな、なんだヨそれ」
「俺の思い違いでなかったら、荒北」

 福ちゃんの鋭い視線がこちらに向けられる。

「3月14日に渡すキャンディーのメッセージは、」

 その後に続いたのはたった二文字の言葉だった。脱ぎ捨てた服を夢中で拾い上げて俺は走り出した。かわいらしい包みはしっかりポケットの中だ。これをこのまま本人に投げ返したら、あいつは泣くだろうか、それとも、気付いてくれるのだろうか、とそこまで考えて、もう廻りくどい事はやめようと思った。なァ、なんていうか、俺たちわかりにくすぎんヨ。






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