すん、と鼻を鳴らすとまだ冬の匂いがした。鼻腔を透きぬける冷たい空気。春はどうやらもう少し先みたい。こんな早朝なんかは特に。

「でも日差しはもうあったかいね」
「うん、」

ざくざくと、太陽があたたかく空気は冷たい冬の朝を私たちは歩いていた。あまり会話がないのはいつものこと。青八木は口数が少ないどころの問題ではなく、最早しゃべらない。うなずくか首をふるか、はたまたじっと見つめるか。それだけで彼の気持ちが読み取れるのなんて多分手嶋くらいしかいないだろう。悔しいけれど、今じっとこちらを見つめる彼の気持ちはただのマネージャーである私にはわからない。

「青八木はあれだね、寒い朝が似合うね」
「・・・何いきなり」
「冬の朝、つまり今!ぴったり!」
「・・はじめて、言われた」
「2月が誕生日ってすごいしっくりする」
「そう、かな」

言われたこと、ない、と大きな目を地面に向けて青八木は言う。彼はいつも地面を見てる。彼と目が合うこともそうそうないな。前一度、手嶋にそれを言えば奴はケロッとした顔で「は?んなことないだろ?あいつだいたい顔見てしゃべるぜ」と言われて悔しい思いをしたことがある。それは手嶋だからだ、と言いたくなったけどそれもそれで癪だったのでなんか適当に返事したんだっけ。

「そういえば、今日、」

ふわりと冷たい風が吹いたとき、珍しく青八木が口を開いた。早朝から練習をしていた彼の体はまだ火照っていて、この風も心地よかったらいいなあと思った。

「今日、」
「今日?」
「女の子の日、」

続いて聞こえた言葉に一瞬固まってしまったが、そういう意味ではないだろうとすぐに頭を切り替えた。たぶん、ひな祭りのことを言いたいのだろう、な。そうは思うも、真顔でそんなことを言う彼をからかってみたくて「青八木、生理?」とその顔を覗き込む。予想通りというか、彼は顔を真っ赤にさせて言葉を詰まらせた。タコさながらのその色に、ふふふと笑いがこぼれてしまい、真っ赤な顔はしかめ面に戻る。

「ごめんって。青八木がおかしくて、つい」

ぷい、と顔をそらされた。まあまあ、と私は苦笑い。

「ひなまつりが、どうかしたの?」
「・・・女の子の、ための日、」
「そうだね」
「みょうじも、女の子だから」

あまり開かぬその口から聞こえた予想外の言葉に、またもやぴたりと一瞬固まる。青八木から、そんな言葉が聞けるなんて。女の子だからなんだっていうんだろう。彼はそんなこと言うような人だったかな。ぐるぐるとまわる頭をよそに、大きな目はまだ地面ばかりを映していて、私の面食らった顔なんて知らないままだ。手嶋は一体全体どうやって、青八木のことを理解しているのか。相槌ひとつで間違いなく悟れるのか。選手の表情一つも読み取れず、冬の朝が似合うだなんてそんなことしか思えない私は、マネージャー失格だろうか。不意に彼はこくりとうなずいた。いやわからない、わからないって。

「おひなさま」
「え?」
「これ、かぶって」

ぽすん、と頭に重みを感じて反射的に目を閉じてしまう。恐る恐る手を伸ばすと、これはおそらくヘルメット。青八木がさっきまで持ってた、ヘルメット。俺が、お内裏さま、とそこでようやく彼が地面から顔を上げて私を見ていることに気づいた。お内裏様と、お雛様って、

「いつも、」
「え、あ、うん」
「いつも、マネージャー、ありがと」

そこまで言って、すとんとまた彼は視線を地面に戻した。なんとなくだけど、照れているのかなって思った。さらさらの髪が揺れて顔はよく見えない。それでも確信じみたその予想がなんだかうれしかった。冷たい風が吹いて、日差しは暖かい。春はもう近いのだ。やっぱり青八木は冬の、それもこんな天気のいい冷たい朝が似合う。過ぎた誕生日を今度、改めてお祝いできたらなあなんて思って、想像した図がまるでカップルみたいでおかしかった。青八木、と地面を見つめる黄色い頭に笑いかける。どこかで鳴子の声が聞こえたから、そろそろ部室が近い。

「頭に何かかぶってるのは、お内裏様の方だけどね」

こちらこそありがとうを心にしまったのはわかりにくい君への、ほんの少しの意地悪である。青八木はまた顔を真っ赤にして地面だけを見ていたけれど、ねえ、少しだけ拗ねてるでしょ?


恋する凡人
(20140304)
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