二人は | ナノ

 僕は待っとくだの帰るだの、しまいには嫌だと素直にごね始めた息子一号をひっぱって、マルコくんを尾行する私は少し浮き足立っていた。だってなんだか、探偵みたい。ぶつぶつ言い続ける彼に、ほら静かにしてよ気づかれちゃうよ!と注意すると、じとっとした目で睨まれた。なんてこわい目なんだ、!

「な、なんだよう」
「リーナ、楽しんでるでしょ」

 ため息をつきながら、ほら行くよ、と彼は私の右腕を掴む。ベルトルトくんは大きい体のくせして足音一つ立てずに物影に隠れた。探偵の技術は息子の方が高いみたいだ。

「ずるい・・」
「なにが?」

 変なリーナ、と、少し笑われてしまった。くすりと笑う時の顔、わたし、好きだなあ。


−−−−−−−−


 ジャンくんのお家は学校のすぐ近くにあった。いつも彼は自転車で来ているらしいけど、それだと多分通学には10分もかからないのでは。そう思うほどの距離である。そりゃあ、遅れそうになったりもしないわけだよ。私とベルトルトくんの探偵ごっこはあっという間に終わりを迎え、今は、一軒のお家の、二階を見つめるマルコくんを後ろからこっそり眺めていた。多分あそこがジャンくんのお部屋なんだろう。ベルトルトくんの顔を盗み見ると、あまりよろしくない顔色をしていた。強行すぎたかな。少しいたたまれない気持ちになって身を縮こまらせる。
そんなところで、マルコくんが突然振り返った。

「リーナ、バレバレ」
「え・・・えへへ」
「それにベルトルトも連れて来て、どういうつもりなのさ」
「それはまあ、いろいろ」
「どうせあんまり考えてないんでしょ」
「そ、そんなこと、」
「あるでしょ?」
「・・・ちょっぴり」
「まさかリーナ、本当に何も考えなしなの?」
「べ、ベルトルトくんまでそんな怖い顔しないでよ」

マルコくんと肩をならべて、三人で同じ窓をただただ見つめる。夕暮れに照らされたそのガラス板は、どれだけ目線をよこしたってぴくりともしなかった。まるで息をしていないかのように、動かない。なんだか胸の奥がもやもやとして、背の高い彼の横顔を盗み見る。ベルトルトくんは表情を変えずにくるりと振り返った。僕は、帰る、と。


「え、ちょ、ちょっと待っ」
「リーナだってわかってるでしょ。僕が会ったところで何話したらいいのかもわかんないよ」
「う、そうかもしれないけど、」
「あ、ジャン」


え、と、口からこぼれた声が、ベルトルトくんと重なった。そしてマルコくんを見ると、その顔は動かない窓ではなく、私たちと反対側の歩道へと向いていた。視線を辿ると、いつもの制服姿ではなく、スキニーにTシャツという、ラフな格好のジャンくんが、コンビニの袋を持ってそこに突っ立っていた。家の中にいると思っていた人物が目を見開いて立っており、私たちもぽかん、と口を開けて佇むしか出来ない。マルコくんがもう一度、ジャン、とその名を呼ぶ。


「やっと会えた、ジャン」
「・・・おう」
「5日も学校休んで、みんな心配してるよ」
「ジャンくんはね、悪霊に取り憑かれた事になってるんだよ」
「なんでだよ」
「だって、あんな変な休み方したら、そうやってごまかすしかないじゃないか」
「そ、そうか・・・」


微妙な距離を置いて、私たちはどちらも近づかない。少し経って、ジャンくんが、やっぱりお前らは覚えてんのか、と割とはっきりそう聞いてきた。何も知らない子供たちがはしゃぎながら横を通り抜けていって、それがなんだかちょっとさみしいような気がした。

「覚えてるよ」
「リーナもか?」
「うん。私もマルコくんも、最近、思い出したの」
「そうか、じゃあ、お前は」


 ベルトルトは?とジャンくんが聞いた。ジャンくんを見ていたマルコくんが、こちらを振り返る。それにならうようにベルトルトくんを見ると、表情は変わらなかったが、少し首元に汗をかいているのを見つけた。これは、変化の少ない彼の、ほんのわずかな動揺である。


「ずっと、覚えてるよ」
「ずっとって、いつからだよ」
「とても、小さなころから」
「じゃあ、俺と、俺たちと会った時はもう、全部覚えてたのか」
「そう、なるね、」
「なあ、」

 どんな気分だった?とジャンくんがただまっすぐにベルトルトくんを見る。マルコくんが、そんなジャンくんをとがめるように名前を呼んだ。私は何も言えないまま、ジャンくんの鋭い目を見つめるしかできない。

「どんな、気分、」
「おびえたか?ほっとしたか?それとも何も知らない俺たちのことをどこかで笑ってたのか?」
「ちょっと、ジャン」
「全部忘れて幸せそうに暮らしてる俺たちのこと見て、お前本当は、なんて思ってたんだよ」

 先ほど走り去った子どもたちの声が、わずかに聞こえる程度の、静寂と夕焼けに包まれた。まるで私たち4人しかいないような、錯覚に陥りそうだった。マルコくんが、鋭い質問を繰り返すジャンくんに、少し怒った顔をして近付こうとした。すかさず、その腕を掴んで止めたのは、私の右手だった。


「リーナ、なんで」
「いいよ、大丈夫だよ」

 優等生の彼は、どこが、と言いたげに眉をひそめた。もう一度、小さく、だいじょうぶ、と私は繰り返す。心臓はやけに早い。ベルトルトくんが何を言うか、それでジャンくんがどう、思うか、実のところ全くわからない。だけれど、迷いながらもしっかり走っているジャンくんを、止めてはいけないような、そんな気がするのだ。


「僕はね、ジャン、ほっとしたよ」
「・・・そうか」
「みんなが覚えてくれていなくてほっとした」
「お前が巨人ってことをか?」
「ううん、それもあるけど、一番は、ちがう」
「・・・なんだ?」
「一番は、みんながあの残酷な世界の事を、覚えていなくてよかったって、思った」
「お前が、作りだしたことなのに?」
「ジャン、僕は、次こそ、」


 何も、壊さないで、守るから。
 そう言ったベルトルトくんの声も、くちびるも、震えていた。かみしめたくちびるが、白くなっていて、とても痛そう。伝染するかのように、ジャンくんもくちびるをぐっとかみしめる。俺はまだ、お前のこと、信じねえぞ、と力強く、しかし、震える声でそう言った。喧嘩した子どもが、素直さを認めないみたいに。気付けばジャンくんの頬には雫が伝っていた。


「それでいいよ、それが普通だよジャンくん」
「、なんでお前が言うんだよ」
「だってベルトルトくん泣きそうだから、言えないかなって」
「余計なお世話だよ・・・」
「ええ、善意だよ〜」
「リーナ、お前空気読めるのか読めないのかわかんねえ時あるよな、」
「えええ」

 善意だってば。そう言うと、涙をぬぐったジャンくんが、お前は、いいのか、と聞く。何が?と首をかしげると、そりゃあ、とちらりベルトルトくんを見た。なるほど、そういうことか。

「いいもなにも、私ずっと好きだったんだよ」
「そりゃ、前は知らずに付き合ってただけで・・・」
「何言ってるのさジャン、リーナは高校に入ってからまたベルトルトに恋したんだよ?」
「っえ、ええええ!?え?まじ?え?」
「あっ、ほらマルコくん!ジャンくんやっぱり気付いてなかった!」
「ジャンってば本当そういうところ鈍感だよね・・・だからミカサも・・・」
「本当だよ、そんなんじゃミカサは・・・」
「お、お前ら二人揃って馬鹿にしに来たのかよ!!!」
「まさか〜」


 くすくすと笑っていると、ジャンくんが、あー・・・と頭をかく。そして近付いて、先ほどまで3人そろって眺めていた窓を指差す。寄っていけよ、と向けられた背中。マルコくんと二人、目をあわせてまたくすりと笑い、そしてベルトルトくんを振り返った。どうしたらいいかわからず、目をぱちぱちとして困っている彼の、大きな、暖かい手をぎゅっと握る。その手を見つめて、一層彼は泣きそうな顔で眉を下げた。完全に迷子の顔だ。


「おいベルトルト」
「・・なんだい、」
「許したわけじゃないけど、茶くらい入れてやるから」


 今度来る時は菓子くらい持ってこいよ。
 
 ジャンくんは、そそくさと玄関を開け、早くしろよお前ら!!と声を荒げて中へとはいって行った。マルコくんがジャンったら、と笑ってその後ろを追う。ぽかん、としているベルトルトくんの手を引き、また、来ていいよだって、と笑うと、少しして、ようやく彼もへたくそな笑顔を浮かべた。リーナたちおせえぞ!!ジャン、空気読んでよ。主が帰ってきた家から、元気な声が聞こえる。明日は、ジャンくんも学校に来てくれるかもしれない。そして、アニも、ベルトルトくんも、浮かない顔で一つ空いた席を見る事なく、一日を過ごせるかも、しれない。あとで、ミカサが心配してたってことを伝えると、ジャンくんはどれほど喜ぶのかな。内緒にしてみても、おもしろいかもなあ。

「ベルトルトくん、」
「うん?」
「今度来るときは、こんぺいとう、買ってこようね」

 大きくてあたたかな掌が、震えながら私の手を握り締める。こんぺいとうは、ちょっと違うでしょ、と、笑いながら、ベルトルトくんは静かに泣いた。




のうぜんかつらのうた


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