二人は | ナノ


右の前、教室のドアを入ってすぐの席。先生からよく当てられるその席は、今日も座られることなく寂しそうにそこにいた。
ジャンくんが学校を休みはじめてからもう4日が経つ。そして、居眠りしていたジャンくんが授業中に突然叫んで起き上がり、辺りをきょろきょろ見渡したと思ったら、マルコくんや私を見つけた途端に泣きながら教室を飛び出したという衝撃的な事件が起きてから、今日で、5日が過ぎようとしていた。

奇怪な行動をとったジャンくんの事を、気持ち悪がるような冷たいクラスメイトはいない。だからこそ、どうしたんだとクラス中が心配し、あのミケ先生も授業を中断して彼を探しに行くほどだった。居眠りする前のジャンくんが本当にいつも通りだったので、誰もが何が起きたのかわからず、狼狽えていた。けれど、私たちは、なんとなく思い当たる節があった。マルコくんが息を飲む音が聞こえたし、私もたらりと冷や汗が流れるのがわかった。前に座るアニがどんな顔をしているのか気になった。戻ってきたミケ先生は、キルシュタインは体調が悪くて帰るそうだとだけ伝え、黒板に向き直る。納得のいかないクラスメイトを宥めたのは、マルコくんの「ジャンは最近悪夢にうなされているらしいんだ」という真っ赤なウソで、彼の奇行は霊に取り憑かれているからということになった。ジャンくんが学校を休んで2日目の、ことである。

「ジャンは、今日も来ていないのか」

そしてついに、さすがのミカサもジャンを心配し始めていた。ちなみにマルコくんは毎日ジャンくんの家に行き、会おうと試みているらしいのだが、彼は自室に篭ったっきり出てこないのだそう。さすがに5日は長い。心配にボルテージがあるとするなら、私とマルコくんはとっくに爆発していると思う。

「ジャン、思い出したんだろうね」
「そうだね、そうだろうね」

そう、これはおそらく、というかきっと確信に近い。ジャンくんは思い出したのだ。この世界よりも、死に近く、残酷なあの世界の事を。ジャンくんはああ見えて、とても弱い人間だ。だから、根は優しいし、そしてその弱さは強みでもあるのだけれど、弱いからこそたくさんの事を考えてしまう性格なのだろうと思う。
だから、彼は思い出したら辛いんだろうなと薄々考えてはいたことだった。

「僕のせいかな」
「え、なんで?」
「僕が死んだところも、きっと思い出したんじゃないかな。僕の顔見た時のジャン、どんな顔してたと思う?」
「泣きそうな顔?」
「半分正解」

言われて思い出す。叫んで立ち上がり、わたしと、マルコくんを見つけた時のジャンくんの顔。泣きそうで、崩れそうで、


「あ、わかった」
「うん」
「ようやくお母さんを見つけた迷子みたいな顔してた」
「やっぱりそう思った?」
「マルコくんにもそう見えたの?」
「うん、今はねまるで父親みたいな気持ちなんだ」
「お騒がせな息子だね」
「全くだよ」
「じゃあわたしはお母さんなのかな」
「あー、えっとね、その話絶対ベルトルトの前でしちゃだめだよ」
「え?どうして?」
「いいからいいから」


マルコくんが苦笑いする。そう言えば、まるこくんは最近苦笑いばかりするなあ。ミカサは心配そうな顔ばかりしてるし、アニは、やっぱり、どこか暗い。ベルトルトくんはどうだっただろうか。

「ねえ、僕がなんだって?」
「あ、ベルトルトくん!」
「なんでもないよ、じゃあ僕、帰るから、部活休むって言っといてね」
「え、あ、ああ。」

噂をすればという風にベルトルトくんがひょっこり現れる。マルコは今日も部活行かないんだね、とそそくさと教室を出た彼の背中をベルトルトくんが不思議そうに見つめた。ジャンくんのお家に行くんじゃないかな、と軽く答えてから、あ、しまった、とベルトルトくんを振り返った。

「そうか、ジャンはまだ来ないんだね」

ベルトルトくんはひどく傷ついた顔をしていた。まずい。このままだと、またベルトルトくんが重く暗く悩み始める。それは避けたい。彼のラビリンスは果てしない。そして足早に迷いこむ人だから、もう、。迷子がもう一人増えてしまう前に、今まさに迷いに迷っている息子を、見つけ出さなければ。もうすでにラビリンスの入り口辺りにいるような暗い顔をしている隣の彼を見て、お騒がせな息子たちだ、とため息をついた。


「ベルトルトくん、迷子になっちゃだめだよ」
「・・・・・え?」




ヘンゼルとグレーテルみたい


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