彼は妄信している


 俺の名前はジャン・キルシュタイン。そして真横に座るこいつはミカサといって、驚くほど美人な東洋の女の子だった。少しドキドキしてしまうのは、そいつが食器を使う度に鳴るカチャリという音すら神聖なもののように聞こえてしまうからだ。綺麗な人間が放つものは何もかも美しくて困る。しかし、もっと困るのは少し離れたところに座るある女の子の嬉しそうな顔が、ちらちら視界に入ってくることだ。

 彼女の名前は、フラン。ミカサと同じく黒くて綺麗な髪の持ち主であり、同じく東洋の人間だと言った。そのシルクのような指通りの髪を、俺にしては勇気を出して、綺麗だな、と褒めた事がある。ミカサには負けるよ、と言いながら顔を赤くしてうつむいた時にはあまりの可愛さに天に召すかと思った。いや多分天に召した。


 なぜ俺が、隣のミカサではなくて、少し離れたところに座るフランとの思い出を思い出し、このようにドキドキしてしまっているのかと言うと、それはひとえに俺が彼女に恋をしているからというそれだけのことだ。それだけのこと、だなんて簡単に言うが、俺にとっては大切な初恋。何もかもお見通しなマルコに「初恋は実らないよね」と冷酷にも言われたが、それでも大切な大切なこの気持ちを抱きしめたまま、もうしばらくの時が経った。何も言い返せなかった俺の事をヘタレとは呼ばないでほしい。仕方ないあの時のマルコ怖かった仕方ない。

 ともかく、俺はフランに恋するしがない訓練兵の一人であり、そしてきっと誰よりも彼女がどうか幸せであれと願う何でもないただの男なのである。何がきっかけって、それはもう、最初のあの立体起動のテストで彼女のかわいらしいこけを見たあの瞬間に他ならない。それまではミカサの美しさにぼう、としていた俺だが、ずこん、とこけた彼女を見て、頭を何かにぶたれたみたいな衝撃を受けた。かわいすぎる。いやいやかわいすぎるだろ。何もないところでこけて周りをきょろきょろ見回して一人顔を隠して赤くなるフランかわいすぎるだろまじ天使。あれぜったい人間じゃねえよ。受けた衝撃のせいでしばらく俺は動けなかったりした。ベルトルトがフランの事を好きだとかって噂を聞いた事があるが、そりゃそうだ、好きにならねえやつ頭沸いてると思うわ。
 動けなかった俺の目は、あの後、更に衝撃を受ける場面を目にして、そして全てを悟った。差し伸べられた手を握って立ち上がるフランの顔は真っ赤だった。あれはどう考えても、好きな人に手を差しのべられて恥ずかしさと嬉しさで顔を赤らめる恋する女子のそれだった。初恋したばっかりの俺にだってわかる。そうして俺は、こぶしを握り締めてあの時決意したのだ。フランの恋を応援しようと。フランと、その手を握った死に急ぎ野郎、エレンの恋を、応援しようと。少し気に食わねえのは、まあ、その相手がエレンだってことなんだが、仕方ない。


「あの、ジャン、」
「あ、ああ、どうしたミカサ」
「私、エレンのところに・・・」

 そう言ってミカサが席をたったと同時に、だめ!とその腕を誰かが掴んだ。だれか、だなんてすぐわかる、俺がこのかわいい声を間違えるわけなどない。急いでこちらにきたのだろう、息をきらしたフランがそこでミカサを見上げていた。

「フラン、あの、私はエレンのところに、行きたいから、あなたがジャンと・・」
「だ、だめだよそんなこと言ったら・・・!」
「でも、あなた、少し勘違いを、」
「ミカサ、そんなところにいたのか」

 ふら、とフランの裏から現れたのは、ミカサがいましがた会いに行こうとしていたエレンだった。エレンとフラン。応援するとは決めているが、そのツーショットを目に収めるのはやはり気分のいいものではない。エレンくん、とびっくりしたような、焦ったような声をフランがあげた。なんだよ驚いた顔も可愛いって。

「エレン、よかった、私今あなたを」
「あ、え、えっとエレンくん!ごはんまだ!?」
「あ?あ、ああ」
「いいいい一緒に私とあっちで食べようよ!」
「フラン、ちょっと、!」
「ほ、ほーら、ミカサはまだ残ってるでしょ?途中で席立つだなんてお行儀わるいよ〜〜」
「でも、」
「ね、ジャ、ジャ、ジャンくん」

いきなりそのかわいらしい二つの目が俺をうつす。不意打ちは本当に体によくない死ぬかと思った。なんだか緊張しているような、俺に向けられた顔は赤く染まっていた。そうか、そんなにエレンの近くにいたらそりゃあ顔も赤くなるよな。少し胸が痛いのを感じたけれど、恋するフランももちろんぐうかわなので問題ない。良い顔見れたぜエレングッジョブ。

「そ、そうだな、俺たちはここで飯食っとくからよ、」
「う、うん」
「そ、その、フランもエレンとゆっくり話でもしながら仲よくすればいいじゃねえのか、俺はそう思う。きっとそれがいい。」
「だ、だ、だよね!ジャ、ジャンくんは、あの、優しいなあ」
「や、ややさ!!!????」
「あ、あ、えっと、あの、いい人というか素敵というか、あ、えっと!!」
「す、すて・・!(俺もう死んでいいや・・)」

 天使が聖書を読んでいる。そうとしか思えない綺麗な言葉の数々にめまいがするのを感じた。すでに手も足も震えまくって顔も赤くて仕方ない。フランの顔を見られないでいると、エレンが意味わかんね、みたいな顔しているのが目に入った。なんだあいつめちゃくちゃ腹立つ。なんでフランあんなやつのこと好きなんだ。

「もう、スープ冷めちゃうだろ、フランさっさと食いにいこうぜ」
「!あ、う、うん!じゃあ、ジャンくんとミカサ、楽しんで!」
「お、おおおおおおう」
「・・・・・・・(エレンエレンエレンエレンエレン)」


にこにこと笑って去って行ったかわいらしい後ろ姿を思う存分眺める。遠くで眺めるだけでいい。だけしかできないとか言うなよまじで。天使の羽がついてそうだなあ、とため息を吐くと、隣にいるミカサがものすごい顔でにらんできた。もちろんとても怖かったが身に覚えのない睨みすぎてあわててスープを飲みこむ。少しして、浮かび上がったその答えに、ゆっくりと首を動かして、とてもイライラしながら食を進める彼女に言った。


「・・・あいつから、エレンとらないでやってくれよ、頼むな」
「(ジャンしばく)」


その後何故か殴られた。主席のこぶしは鉄だったのであいつアッカーマンじゃなくてアイアンマンじゃねえのかなと思った。


彼は盲信している
(20130728)



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