眩しいだけです


 うーん、と背伸びをして木陰に背をもたれる。春が過ぎていよいよ夏の訪れを感じるようになってきた。とても暑い。この環境では季節を楽しむだなんてほとんど出来ないけれど、野菜の種類は少しずつ変わっていくので、それだけが救いだ。そう言えば、なすびが上手に出来たんだと、今朝誰かが言っていた。夜ごはんのスープに出てきたりなんかしないかなあ。それとも上官が食べちゃうのかなあ。そう思うと教官にむっとしてしまったけれど、あの鬼の形相をすぐに思い出してやっぱりごめんなさい!と心の中で謝ることにした。

 今は、訓練の休憩時間。みんな思い思いに水を飲んだり、木陰で休んだりしている。疲れた体を休める、このひとときは本当に貴重なのだ。ぼう、とみんなの様子を眺めていたら、ぴとりと頬に冷たい何かが当てられた。ひっ、と情けない声を出したと同時に、くすりと笑い声が聞こえて、見上げると、優しい笑顔がそこにあった。


「マルコ、お疲れ様。びっくりするでしょ、もう」
「ふふ、水分とってないみたいだったから、ほらどうぞ」
「いいの?」
「いいのいいの。それ僕のじゃないし」
「??いただきます〜」

 ごくりと水を口に含む。そう言えば水を飲むのを忘れていた。冷たい感覚が喉を流れてとても気持ちいい。ありがたいなあ、生き返るってこのことだなあ。

「ちなみにそれジャンのね」
「ぶふっ」
「うわ、フランきったない」
「▽※◎□▲〜〜〜!!!」
「通訳できないよ」

 隣に腰かけた彼の言葉に思わず含んでいた水を噴き出す。せっかく気持ちよく水を飲んでいたのに生き返るどころか死んでしまいそうになった。こんなところ誰にも見られたくないけど、だって、仕方ない。ついでに水が気管に入り込んでごほごほむせた私にマルコが汚いものを見る目を向けた。ひ、ひどいよ!あんまりだよ!

「な、ななななんでジャンくんの、!」
「預けられたから。僕のをフランに上げたら僕の分が減っちゃうでしょ?」
「あ、そっかあ・・・・って、だめだよ!勝手にジャンくんのあげたりしたら〜!」
「でも飲んだの僕じゃなくてフランだけどね」
「マ、マルコ〜〜〜!!」

 ははは、と笑う顔はとても人のよさそうな顔をしているのに、時々マルコはジャンくんに冷たく、そして私に意地悪をする。ジャンくんに冷たいのはいつもだったかな。それよりも、どうしよう、と私がわたわたしてしまうのは、これが、今飲んでしまった水が、ジャンくんのものだったから、だ。フラン、顔真っ赤だよとマルコが笑うように、私の顔に熱が集中しているもの、この水が、ジャンくんのもの、だからだ。とりあえず元凶に口封じをせねば。絶対秘密にしてね、とマルコに言おうとしたその時、


「おい、マルコお前そんなところにいたのか」
「あ、ジャン」


 本人登場してしまったああああああ!!!!
 不覚ううう!不覚にも完全に私がジャンくんの水筒に手をかけてふたを持っているその瞬間に本人登場してしまった不覚にも!!私あなたの水飲んでました感満載でしかない。あわあわする心とともに顔もきっとあたふたしてる。マルコが、フラン今度は顔真っ青だよ、忙しいねなんて言う。だ、誰のせいだと・・・!
 ジャンくんが、私を見て、目を見開き、そして手元の水筒を指差した。

「それ、俺の・・・」
「は、あ、えっと、ご、ごめ・・・」

 そこまで言ってジャンくんの後ろに目を向け、はっとする。私と同じ黒い髪を揺らして、こちらに向かうのは、ミカサだ。かちり、とミカサと目が合った。そして私を見て、ジャンくんを見た。まずい。そう思うや否や私の体は勝手に動き、ミカサの腕を掴んでジャンくんに向きなおす。その速さ約1秒。だてにこんな行動を何十回も続けていない。そして小声でミカサに声をかける。

「ミカサ、これ、ジャンくんの水筒なんだけど、私勝手に飲んじゃったの、でね、謝るの、傍にいてほしいなあって思って」
「え、ええ、いいけれど・・・」
「ありがとう!」

 そう言ってぱ、とジャンくんを見ると、その頬が赤い。ああ、よかった、うれしそうだ。あのね、ジャンくん、と口を開いた。

「ジャンくんの分の水、ジャンくんのだと思わなくって、その、飲んじゃったの。ごめんなさい」
「あ、ああ、構わねえよ、それより、あの・・」
「?それより?」

 そこまで言って口をもごもごさせ始めたジャンくんを見て、私も一生懸命考える。何を伝えたいのだろう。右手に掴んでいたミカサの腕を見て、ピコーンと私は気が付いた。なるほど、恋する男の子っていうわけだ。ぐい、と私の前にミカサを差し出し、ジャンくんに向ける。ミカサ、強引でごめんね。

「わ、わた、わたし向こうで休むからさ、あの、その、」
「フラン、」
「ふ、二人でゆっくりしたら、疲れも吹っ飛ぶと思うなあ〜!」

 そしてくるりと踵を返した。完ぺきだ。ジャンくんはミカサと一緒に貴重なひとときを過ごしたいけれどうまく誘えなかったに違いない。そういうところも彼の魅力のひとつである。孫う事なく今この瞬間私はキューピットだ。ジャンくんに幸あれ!にんまりと笑いをこらえられないでいると、その腕を後ろから掴まれる。大きな掌に、え、と声を漏らすと、それはジャンくんのものだった。


「あのよ、大丈夫か?水、あんなもんで足りたか?」
「へ、あ、うん!全然大丈夫だよ!」
「そう、か・・・あ、そ、そうだ、もし足りなかったら、向こうでエレンが大量に水持ってたから、それ貰うといいぜ、それがいいそうしろよ」
「そうなの?あ、あの、わざわざありがとう、!」
「いや、いいんだ」

 今度こそじゃあね、と言って振り返る。ミカサが困惑した顔をしていた。そうだよね、いつもこんな風に強引にするから、びっくりしちゃうよね。でも、ミカサも一緒にいたら、ジャンくんの素敵なところ絶対わかると思うんだ。だって、勝手に水飲んじゃった私なんかにも、気遣って優しくしてくれて・・・あんな素敵な人他に居ないよ。いつの間にか隣にいたマルコが、なんでかわからないけれどため息をついていた。「君たちは生粋の馬鹿だと思うんだ」。マルコ、怒らないで聞いてくれ、が抜けてるよ私怒るよ。身に覚えのない馬鹿呼ばわりをされて反論しようとしたけれど、緊張していた事もあって喉がからからだという事に気が付いた。やっぱりもう少し水飲みたいかなあ。そうだ、せっかくジャンくんが教えてくれたんだから、エレンくんのところに水を貰いにいこう。マルコが「もしかしてエレンのところに行くの?」と聞いてきたので、うんそうだよ、マルコも貰いに行く?と聞くと完全に見下した視線を投げてくださった。なんなんだ。


眩しいだけです
(20130728)



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