命の雑踏 | ナノ


 この船に乗って半年にもなれば、ある程度の仔細までわかるようになる。今、この船が非常に切羽詰まった状況だということも。


「困ったな……」
「ああ、これはまじでヤバいな……」
「どうしましょうか……」


 私達が今困っていること。それは、食糧難でも燃料難でもない。


「前回の襲撃で思ったより傷を負ったからな……老朽化や塩害もあるから大幅に船体補修したことが痛手だな」
「缶詰とかの備蓄も多く買い占めちまったからな。まあ、安売りしてた分将来的に見ても良い買い物だと言えるけど……」
「無償での医療行為に熱を入れてしまったことも大きいですね。前の島の衛生状態を回復するのにも骨が折れましたし……」


 そう、お金がないのだ。お金がなければ、何も買えない。私達は今、切迫した状況へと追い込まれている。節約するにも切り詰める場所が少なく、そんな微々たるものでは収益が望めない。次の島までの航海に不安はないものの、その次の島まではとなれば話は別だ。民間人からの略奪をしない我が海賊団はちゃんと正規の売買を好む。その均衡を保てなくなれば私達は困窮してしまうのだ。


「次の島で何か商いでもするしかないか?」
「予定より長引く滞在か……。ホテルを取るのは控えた方がいいな」
「薬草等採れて医療が発展していなければいいですが、その逆なら私達の出番はないかもしれませんね」


 出る案は全て希望的観測であり、必ずしもそれに沿えるとは限らない。もしも医療に発展した島なら私達の出番はなく、何なら金銭を支払ってまで教わりたいと乞うかもしれない。あとは決断するのは我が船長になる。
 壁に背を預けてこちらの考えが纏まるのを待っていた……否、昨夜見ていた新しい症例への移植手術方法でも考えていたのだろう。ゆっくりと眠たげな瞳が部下達が討論をやめて此方を見ているとわかるとゆっくりと瞬きをした。次いで、小さな欠伸が刺青だらけの手の奥に隠れる。


「気は済んだか?」
「全くですよ。こりゃ暫くは向こうで仕事探しでもするしかありませんね」
「馬鹿野郎、何年移住するつもりだ」


 ぴしゃりと怠そうに言われた一言にペンギンさんは閉口する。だが、それに代わるように彼の口角が悪どく上がった。これは、嫌な予感がする。


「おれらは海賊だぞ、忘れたのか」


 ───まさに鶴の一声、船長様の一声、というやつだろうか。あれよあれよと言う間にハートの海賊団一味は戦闘態勢を整え進水し、海中のレーダーで海上の標的を発見しては吟味をして、漸くお眼鏡にかなった哀れな生贄を標的へと定めた。三時間余りの蛮行である。私達がうんうん唸って知恵を絞りあっていた時間と同じくらいだ。もっと平和にいきましょう、と言えるわけもなく、私は稀に見る船員の彼に対する熱狂とも呼べる熱意に度々気圧されるのである。


「大きさから言えば結構な規模ですね。辿っている進路を鑑みてこの辺りを縄張りにしている海賊団一味のようです」
「なら、決まりだな」
「……あの、一つお伺いしたいのですが」


 船内の気温が上がるほどの士気と雄叫びに掻き消えるように控えめにあげた手に、なんだと視線を頂く。半年間彼らと同行していて、こちらから気付かれないうちに仕掛けるのは初めてだ。私は専ら船内の奥へ隠されており、一度海軍と当たった以外に彼らが戦うのを見たことはない。今回も隠れていることに異論はないが、敵襲ではなく襲撃するなら何か注意点があるのかもしれないと思ったからだ。


「いつもはどうされているんでしょう。作戦等はあるんですか?」
「浮上後おれの能力で乗り込む。以上だ。お前はいつも通りでいい」
「そのつもりですが……考えなしでいくつもりですか」
「昔はこの立場にいたから口を出したい気持ちもわかる。だが今のお前はおれの部下であり、兵を動かすのはおれだ。おれに命令するな」


 別に否定をするわけではない。彼らなりのやり方があるわけだし、戦えない私がどうこう言える立場ではないことくらい、知っている。だから彼の指摘も正しいことも、私の指摘した作戦の乱雑さも、どちらも承知して飲み込んだ。


「……出過ぎた真似をしましたね」


 目を伏せて一礼してからその場を去るために振り返った。その刹那にかち合った視線は何を問うわけでもなく、ただ私の視界から消えただけだった。




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