命の雑踏 | ナノ


 海賊というものは、陽気だ。知恵者ではありつつも戦う術を持たない私さえ受け入れてくれた。


「戦わなくても、自衛だけは出来るようにしてもらった方いいかもな」
「護身術というものでしょうか」
「勿論そういうものもだし、なんなら狙撃手とかでもいいんじゃねェか? スコープ越しの遠距離なら敵に狙われることも少ないだろうし」


 お荷物になるまいと何か教授をと言えば、そんな答えが返ってきた。無論、今のままで構わないとも言われたが、女の身で万が一のことを考えるとやはり何かしらの攻撃手段が必要だった。一番考えられるのは近接での護身。いくらか戦争での心得はあるが、実戦で使用した試しがないのでやはり身を守ることが優先されるだろう。


「拳銃や長銃には触れたことがありますが、当たったことはありません」
「いや、それでいい。当たらなくとも威嚇にはなる。手足にでも当たれば痛みで怯むし、体幹や頭に当たれば戦闘不能、もしくは殺害できる」
「まあ、女の子がそこまでしなくていいと思うけどな」


 あの戦争で、私の作戦が万人を殺した。今更そこに一つ二つ重なろうと、構いやしないのに。我が船長は皆にまで伝えていないのだろうか。


「……お気遣い痛み入ります」


 ちゃぷちゃぷと小さな波の跳ねる音を聞きながら、日陰で水平線を眺めていた。はっきり分かれた空と海の色は混ざり合うことなく、どこまで行っても距離さえ縮まることはなかった。
 結局、彼らは私がその背に銃口を向けることはないと信じてやまない。そんなもの、まやかしに過ぎないというのに。
 だが本当に向けるかと聞かれれば、分かるでしょうと私は返す。敵対するメリットもないし、その銃口がブレるほど躊躇してしまう距離感へと踏み込んでしまったからだ。


「なんだ、もうホームシックか」


 自船でさえ得物を離しはしない彼は、何を思うのだろうか。習性や敵襲対策といえば聞こえはいいが、もし彼の心が此処へ置いていないのなら。掲げた髑髏にさえないのなら、何処に置いて来たのだろうか。
 私の心は、何処にあるのだろうか。


「悪いが、今更帰せと言ったって帰してやれねェぞ」
「別に帰ろうとは思いませんよ。心残りってやつです」


 あの地に残した母のことを思う。平凡とした家庭だが、強烈な消せない記憶を焼き入れたのは彼女だ。その思い出の中に残した母が蘇る、まるで忘れ物をしたかのような唯一の心残り。人は死んだら星になると教えた彼女の肉体が、あの地に留まる理由を知りたかった。
 私の心もそこへ囚われているのだろうか。


「それとも、私が裏切ると思いですか?」


 海賊になってまだ一月足らず。陽気な仲間に受け入れられても、警戒心が人一倍強い彼は気になるのだろう。入団を唆したのは彼だと言うのに、おかしな話ではある。
 揶揄した私の問いには答えず、笑みを消してジッとこちらを見る。観察しているようで、まるで否定して欲しいと望んでいるようだ。鋭く美しい瞳が、私を射る。


「政府は裏切りましたが……いや、兵役は終わっているからその言い方も変ですね。ですがいい子であれという期待には背いて犯罪者の仲間入りをしたわけですから」
「裏切る奴は、また裏切る」
「それはかつてファミリーを裏切った貴方もですか?」


 一瞬の間。その刹那に彼の鼓膜と脳に私の言葉が届き、意味を形成する。頭のいい人は少しの情報を最短で理解するから、私の一言はその一瞬があれば十分だった。抜刀された鬼哭の先が向けられる。よく手入れされたそれは能力がなくても私の首を刎ねるにはもってこいだろう。
 怒りを持った瞳に微笑みかける。どうせ彼は私を殺しはしない。脳味噌があっても口や手がなければ知恵を伝えることが出来ない。五体満足の体にしなくとも、少なく見積もっても私の命は捨てられることはない。彼の性格なら尚更。一度懐に入れてしまったために、怯える日々を過ごすことだろう。
 彼も私と同じだ。銃口を向ける事は挨拶代わりにできるのに、どうしてもトリガーに指が乗らない。


「そう不安がらないでください。誰にも話したりしませんよ」
「……その保証がねェだろ」
「お仲間は貴方の過去を知って見捨てるような方々でもありませんし、何よりメリットがありません。疑うより私の情報収集力の方を買っていただきたい。それとも私を船から降ろしますか?」
「……」
「安心してください。情報の貴重さを知る私にとって、本当に口は固い方なんですよ。それに……貴方をそんな気持ちにさせるのは、私だけでいい」


 そう、その顔だ。最高の殺し文句にせいぜい暫くの間は猜疑心に苛まれていればいい。それが私と彼の距離感だ。
 どこまで知っている、なんて浅はかなことを聞かれないでよかった。これはブラフであり動揺を誘うものであるから、こちらの手数が少ないことがバレてはいけない。
 信頼はいらない。私たちの関係はギブアンドテイクで、ビジネスライクで、無感情なものでいい。貴方の勝利の先へ導く代わりに必要なのは、私の見ている虚無の先を見せてくれるだけで良いのだ。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -