命の雑踏 | ナノ

 かつて彼はこの街の貴族の坊ちゃんだった。私は彼を小さい時から知っている。ある日海賊に誘拐された彼は海軍の手で救出されるも、とある悪魔の実を食べさせられていた。触れた物を爆破できるその能力に街中が震え上がった。貴族の方々は大して気に留めた様子もなかったが、彼はそうでもなかった。もう貴族としても市民としても生きていけないと悟った彼は、自ら海賊になる道を選んでしまった。それは我々大人の責任でもある。出航の前夜、その自責の念に耐えられずに彼に全てを吐露した。すると彼はまだあどけなさの残る顔で笑って私を許してくれた。
「貴方がそう言ってくれて良かった。どこに行くか迷っていたが、この海域を縄張りにしてロッキーポートを守ることにする。俺はこの国が好きだ。海賊になろうとも、この国を愛してる。だからこそ、何者からも守って見せよう」
 彼の宣言通り、数年経った現在ロッキーポートが襲撃された。卑劣な手を使う敵に彼は必死で戦ってくれた。そうして街も彼の仲間も痛手を負い、漸く終結した。市民一人一人が彼に感謝をし、握手を交わした。
 しかし今度は市民が彼ら海賊を一纏めに見て、恐ろしいと言い出したのだ。私は必死に説得した。彼らが傷を癒す間に滞在する間さえも耐えられないと言うのだ。命の恩人になんてことを、と非難しても市民の意思は固く、大凡半数の市民が船でロッキーポートを出港した。その目の前に現れたのは彼が退けた海賊の同盟船がズラリと並んでおり、こちら側の民間船が小さく見えるほどだった。これでは沈没させられてしまうか捕虜として惨たらしい死に方をしてしまう、と大いに嘆いた彼は涙ながらに能力を使って敵船もろとも愛する市民の乗った船を爆破した。
 そのことにより元から息子が海賊になったというだけで強かった貴族への風当たりはさらに強くなり、遂には彼を置いて一家心中してしまった。彼の心中を推し量ることなど出来ず、やがては館へ引き籠るようになってしまった。辛うじて彼の仲間が迫り来る敵船や海軍の船を退けてくれるものの、ロッキーポートの悪名だけが蔓延り貿易さえままならなくなった。誰も訪れることないロッキーポートは衰退の危機にあり、一人また一人と倒れていった。犯罪者とはいえ彼の仲間達と共依存であることは知っている。しかし、私達にはもう打つ手がなかったのだ。
 そこへやって来たのはとある海賊だった。彼らを武力ではなく話術で説き伏せ、私にもこの状況から解き放つ術を訴えて来た。たった一日で彼女はこの島の状況を察知し、的確に分析した。そしてたった一言を交わらせただけで、何故か彼女達に任せておけば良いのだと思わせられるほどの説得力があった。もしかすると、彼女は彼を救うため神から遣わされた天使なのかもしれない。それが例え悪魔の囁きであったとしても、私は彼が救われるなら一向に構わなかった。そのことが私達の救済へとつながっているのだから。
 そしてその宣誓の通り、朝日を背負って海軍が助けに来てくれた。まるで神のお告げのようだった。それならば私は彼女達に報いなければいけない。教えられた通りに発言すればこのロッキーポートは救われる。


「海軍本部少佐、コビーであります! ロッキーポート市民救済のため上陸いたしました!」
「おお、海軍だ! 助けてくれ!」
「それは勿論! こちらで全員でしょうか。全ての方が乗れますので、安心してください!」
「ありがとう、ありがとう」
「当然のことです。海賊の恐怖に怯え、貴方達も心身共に疲弊しているでしょう。安全を確認次第、この島に戻って来れますから今は一先ずこちらへ! 押さないでください!」
「本当にありがたい! しかし戻ってこれるとは……? ここにバスターコールを打つんじゃないのかい?」
「ば、バスターコール? そんな物騒なことしませんよ! 我々はロッキーポートの市民を海賊の手より救助しろと言われただけで……」
「それは本当か?」
「ええ、勿論。一体誰がそんなことを……」
「───大変だ! 貴族様の屋敷が燃えている!」
「しょ、消化活動を! まだ近隣に海賊がいるかもしれない! 各自油断しないよう……あっ、皆さん落ち着いてくださーい!!」





「───というわけでした」
「おー、上手いことやったもんだねェ。おかげでこっちは新聞の通りになったけど、それでいいんだねェ?」
「ええ、上々です。ロッキーポート陥落、長年に渡って支配された土地の解放、なんて泣ける見出しですね」
「オスカーが牛耳っていたことは知れ渡っている。だから屋敷の焼死体をオスカーに見立てて死亡説を書いたものの、実際は違うんだろォ?」
「さあ、どうでしょう」
「屋敷の放火と殺人、市民への脅迫、長年の監禁、バスターコールの吹聴など混乱を招く原因を作った首謀者としてトラファルガーの名前が上がったけどいいんだね? 罪状はショボく見えるが、規模を考えると相当なもんだからね。また懸賞金があがるよォ。困ったモンだねェ」
「長年の監禁って……私たちがあの街にいたのは三日ですよ?」
「仕方がないだろォ、そうでもしないと"死んだ"やつに罪をなすりつけなくちゃいけなくなる」
「海軍の面子ってやつですか。まあいいでしょう。そちらも若手が一人昇進して人手が増えたでしょう」
「そうだねェ。何も知らず、大佐になったと喜んでいたよォ」
「人事を見ましたけど彼程の良識のある人は疑いを持たず、何も知らない方がいいんですよ。下手に理不尽な昇進と知っては事を荒立てるタイプですからね。野犬の白猟さんみたいに」
「痛いとこ突くねェ、ニイナチャン」
「兎も角私達の契約はなされました。そちらは長年の均衡を崩してロッキーポートの英雄を生み、こちらは目的の達成と海賊としての名誉を得ました」
「首の値が上がることが名誉だなんて、世も末だねェ……。ま、上もそれで納得しているし不審なところはなにもない。そう、出来過ぎた台本みたいにね。おっそろしいねェ〜、才女サマってやつは」
「お褒めに預かり光栄です」
「もう二度はないからねェ」
「では、違う頼みを」
「なんだい?」
「門、開けて欲しいです」


 ガチャリ、と電伝虫が途切れた。瞼を閉ざされた受話器を置き、隣の新聞に目を向ける。一週間ほど前になるが手配書も同封されており、凛々しい顔した我が船長が自己最高記録の金額を出していた。
 なんとか海軍本部に来る前に心臓は目標の百個に到達した。事前にペンギンさんが調べてくれたリストのおかげでスムーズに事なきを得たし、ロッキーポートでの出来事が漸く新聞に載ってくれて船内はお祭り騒ぎだった。この海軍本部前に来るまでは。
 巨大な閉ざされた扉を前にしてどうするか考えたが、制止の声を上げて一先ず部屋に篭った。ここまで海王類の相手をしてトラファルガーさんを始め、皆疲弊している。あまり足止めされては海軍に気付かれて砲撃されてしまう。なら私の出番だとばかりに電伝虫を手に取ったのだ。
 コネクションというものは大切だ。彼なら事の次第を面白おかしく見届けたいだろう。だからこそ手の内で明かしていないことはいくつもある。甲板に足を踏み入れれば、閉ざされた扉は隙間が出来つつある。


「……どういう呪文を使ったんだ?」
「ふふ、不安ですか?」
「お前の存在が海軍にバレることくらいはな。これ着とけ」
「こんな男物のパーカーなんて着たらいかにもって感じじゃないですか」
「好きに言わせとけ。ちゃんとフード被れ」
「引っ張らないでくださ……いたっ、髪まで巻き込んでます!」
「喚くな」
「そんなことするなら後ろに引き篭もってますよ」
「誰が交渉するんだ、馬鹿。ふざけてねェで、俺を七武海に参入させろよ」
「ええ、勿論。キャプテン・ロー」


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