命の雑踏 | ナノ

※死体表現あり


 どこまでも薄く澄んで、どこにも逃げられない皮膜の中心を歩む。オスカーが住うという港の奥地に佇む洋館へ入る。元はロッキーポートを仕切る貴族のお屋敷らしいが、先の戦いで一家もろとも死に絶えたという。ちょうど良いと思ってそこに住み始めたのか、はたまた何かの因果があるのか。中の様子をローがスキャンで確認し、生体反応があった場所へと向かう二人にはまだわからなかった。
 誰にも気付かれぬように素早く、視認されることのないよう広く展開された開放的な密室の中を歩く。薄い疲労がローの肉体を蝕むが、積年の海賊暮らしが足場を支えた。その先に続くのは成すべき遺志。もう止まることを許されない人生全てを賭けた勝負。博打と呼べるほど無防備でも、完璧と呼べるほど利口に立ち回っているわけでもない。それでも最早止まるわけにいかない、巨大な嵐を呼ぶつもりでいた。前を行くニイナとなら、できる気がした。らしくもなく、予感がローを後押ししていた。
 見取り図を頭に入れていたニイナが先導して洋館の階段を上る。高名な画家の絵画や一目で高価とわかる壺に埃が被っており、それだけならまだしも所々綻ぶように破損している場所がある。階段の途中も穴が空いており、ローの能力がなければ踏み抜いていた。かつての戦いの傷跡を応急処置したような箇所に加えて、手入れする人間がおらずに朽ちかけている。仮拠点にする海賊が修繕するわけもなく、潰える命は身の回りさえ気にかける余裕も奪うのだとゾッとした。
 絨毯が足音を吸う。奥の一番広いマスタールームにオスカーはいる。その部屋の扉がまるで誘うように細く開いている。ニイナを手で制したローが近付き、お互い扉を挟む形で壁に背を預けた。ニイナも腰のホルスターに入れていた銃を取り出してセーフティーを外す。一息置いて頷き合った。緊張を一層増して、瞬きをしたローが本来外開きである扉を蝶番ごと蹴飛ばして突入する。顔を上げた二人が見たのは主人が不在の部屋だった。長年引きこもっていたという割に整理整頓されており、埃っぽくはない。


「……どういうことだ」
「一杯食わされましたかね」
「いや、生体反応はあった。オスカーかどうかは不明だが、仮に彼奴らが騙したとすると意図がわからねェ」


 溜息を吐きそうなほど拍子抜けて武器を下ろしてしまう。幼い子供ならまだしも、豪腕の大男と言われていたことを考えるとこの広い部屋に隠れる場所はない。薄明かりの蝋燭が揺れる先を見渡しても案外小ざっぱりとしていて、必要最低限の家具しかない。あまり荒れてもおらず、それが二人の士気を削ぐには充分だったが、仕切りにもならない壁の向こうに貼り付けられたものにニイナが小さく息を飲んだ。


「……トラファルガーさん、確かに人はいたかもしれません」


 そう言ったのは、目の前の光景が情報屋から買った過去の資料を見たあのオスカーがやったとは思えなかったからだ。
 壁に貼り付けられているのは三つの棺だった。蓋の代わりにガラスが貼られていて中が良く見える。花に埋もれるように目を閉じた人間の顔が棺の中に入っているのだ。よく見れば手を組んでいるところからこれが死体だと気付いた。顔と手から推測すれば女性二人と男性一人の死体が大量の花と共に棺ごと壁に貼り付けられている異常な光景だった。
 ニイナは思わず口元を覆った。代わりにローが前に出てそれを観察する。丁寧に花と共に防腐処理がされている。一見顔色の悪い人形だと思うかもしれないが、タクトで少しばかり花を避けてみれば防腐できない内臓は抜かれており、かつて生きた人間だと裏付ける。戦争で過酷な死体など見慣れたものだろうに、逆に加工された死体を見たことがなく耐性の無いニイナがローにとって珍しかった。そのニイナの後ろに置かれた不自然な椅子。座面の沈み具合から長時間座っていることがわかる。ずっとこの死体を眺めているのが趣味だと言われたら人間性を疑う。


「オスカーがネクロフィリアじゃないことを祈るばかりだな」
「ええ、本当に……」


 一刻も早くこの部屋から抜け出したいと願うばかりだ。ニイナが頭を振る視界の端で蝋燭の影が揺れる。かげ。ローとニイナはその影の中にいない。


「───トラファルガーさんッ!!」
「ッ!?」


 ローはニイナの咆哮と頬を切る風に肩を揺らした。次いで彼女の足が目の前に揺れている事に漸く事態を察した。大男と聞いてはいたが、ローの身長をゆうに超える巨体が片腕でニイナの首を締め上げている。勢いよく抜刀した刀を避けるように腕を振ってニイナを床に放るも、能力によって肘から下を切り落した。ベッドの近くに転がるニイナは起き上がらない。気絶しているだけだとわかっていても腹の底から不快感が込み上げる。


「チッ……! ニイナ!」
「テメェの能力か? 斬られた割に血が出ねぇし痛みもないどころか感覚がある」
「さあ、どうだかな。こんなことする奴のことだ、頭も痛覚もイカれたか?」


 なにが引きこもりだ、とローは内心で悪態を吐く。衰えることのない筋肉と気配を遮断するスキル。かつて名を馳せただけある。


「俺の部屋を土足で踏み荒らしやがって」
「悪かったな。次からはノックすることにするよ」


 先に仕掛けたのはローだった。広がったままのサークル内であればこちらが有利であると驕ったからだ。胴体を真っ二つにしようと鬼哭を振るうも避けられて、背後の棚からかつては質が良かったであろうリネンが噴き出す。ローの能力は初めて見たものにとって動揺を誘う物なのに、まるで事も無げにオスカーは表情を変えない。むしろ倒れたまま動かないニイナを背にしたローのほうが、いつもより太刀筋が荒い。


「……聞いたことがあるな。オペオペの実というやつか」
「なんだ、知ってんのか」
「オークションにかけられる寸前で盗まれたと聞いたが……こんな小童に盗まれるなんてな」
「残念だが俺じゃねェ。それに仲良くお喋りしにきたんじゃねえんだ。単刀直入に言う、てめえの心臓を寄越せ」
「なに……!?」


 余裕そうな顔と声色でも立ち筋の焦りは隠せない。あまり鬼哭を振り回せる広さでもないし、インジェクションショットを打つためにこの場を離れてしまえばニイナを置き去りにしてしまう。メスを入れるギリギリの間合いだが、不意に動けば照準をずらしてしまう。少しばかり回る舌を駆使して此方へ向かってくれれば勝機があると踏んでのことだ。


「安心しろ、知っての通り俺はオペオペの能力者で医者だ。生かしたまま的確に心臓を抜ける。拒否権なんてあると思うなよ。折角綺麗にした家族のミイラを刻まれたくないだろ?」


 目元や唇、鼻筋や耳介の形、髪色や骨格などで大まかな推理を立てたが当たっているようだった。
 オスカーから怒りに染まった歯軋りの音がローの優越感を煽る。背にした人質があるため、丸腰のオスカーも殴りかかってきはしないだろうと思っていた。後は怒りのまま取り乱すか降伏してくれれば事なきを得ると、思っていた。
 それが憶測の域から出ず、己の浅はかさを白日の下に晒してしまうとは知らずに。


「大方数年前の暴動で家族を殺され、失意の果てに死を受け入れられず自分すら閉じ込めて己を慰めていたんだろう? 褒められた自己満足じゃねェか」
「……確かにあの忌々しい戦争で俺の故郷は半壊したと言える。だが貴様には到底理解できないだろう。あの恐ろしくも蹂躙された街並みと、大切な者がいとも容易く屠られる様を。海賊だからと信頼されないなら手の内に置いておけば何も失くさず、侵略する者もいない。俺はこの街を守ってきたんだ……!」
「それが逃げ出そうとした市民を爆殺した理由になると思っているのか。今やロッキーポートは風前の灯火と言ったところか。死線を共に潜り抜けてきた生きた仲間以上に大切に思われて、この死体もさぞかし幸せだろうな」


 間違っていないのだろう。実際にローの見解は当たっていた。カツリと鬼哭の先が背後にある棺のガラスケースに当たる。その鋒が若い女の喉笛を掻き切るようにゆっくり引かれると、オスカーの沸点の限界が来た。勿論ローも家族愛を重視するオスカーが妹を侮辱されて黙っていないことを知ってのことだ。


「……図に乗るなよ小僧。例えお前の仮説が当たっていて俺が取り乱すと思ったか? この狭い部屋で俺の巨体が不利になるとでも思ったか? 俺の能力は触れた人間を爆発させることの出来る能力だ。───さっき俺が触ったのは、なんだ?」


 その言葉に、ローは己の怠慢を知る。全ての血液が逃げ出したように高慢な頭が冷えてくる。勢いよく振り返れば、未だ意識の戻らないニイナの首筋に薄い霧のような物が集まりだして、オスカーのジョリーロジャーを形成した。己の失態にぞっと項が逆立ち、背骨が突き出したような心地だった。オスカーの嘲笑が、裂けた傷口から脳へと届く。


「早計だったな。お前、俺の心臓を生きたまま抜けると言ったな。そこの小娘を木っ端微塵にされたくなけりゃ、てめえの心臓を抜いて寄越せ」
「ぐっ……!」
「なに、殺しはしない。俺は平穏に家族と水入らずで過ごしたいだけだからな」


 ニイナの命と自身の心臓。天秤にかけるまでもなくローは自分の胸にメスを入れた。衣服の上から立方体に包まれた心臓入りの空間が取り出され、後ろに色とりどりの花弁が見える。まるで切り取った生体の額縁から、死者に手向けた花が咲いているようで、一歩間違えればその矛先は自分に向くのだ。誰から非難されようと、今はそれが最善に思えたからだ。
 脈動する人肌よりも熱く感じられる臓器をオスカーと対面になったローが放り投げる。落ちたとしてもその高そうな絨毯がクッションとなってくれそうだが、その心配は杞憂に終わりオスカーの手の中に収まる。
 無遠慮にオスカーはそれを眺めた後に強く触れるとローの息が詰まった。これが本当にローの心臓だと理解したオスカーは、今度こそ容赦なく握った。


「ッく……、ぁあ゛……! っは、ッ、あァア……!」
「なるほど、本当に心臓だな。寄越せと宣った俺が言うのもなんだが、文字通りに心臓を握られるとわかっていて寄越すとはとんだ酔狂な男だ。よほどそこの女が大事だと見える」
「っ……言ってろ……!」
「海賊の先輩として助言してやろう。あの侵略で奴らは巧妙にも市民に成りすまし、一つの家屋へ多くの市民を誘導し爆破した。それによって数多の市民を失ったが、なにも騙されたのは市民だけではない。俺の仲間さえも騙されて俺を夜討ちしようと襲撃する有様だ。こんな小鼠二匹を抑えることも出来ない奴らが、俺に敵うわけないだろう。信じられるのはもう動かず口さえ開かない俺の家族だけだ。仲間なんぞ捨てておけ」


 たった一度の圧でも、剥き出しの臓器には耐え難い。煩く拍動する心臓はここにはないのに、全身の血が沸き立つように巡るのが分かった。意識を失う手前の激痛にローは辛うじて鬼哭を支えにするも、膝を着かねばならなくなった。荒い息が絨毯に落ちて霧散する。
 絶望的な状況だった。背後にいる意識を失ったニイナと心臓を握られているローで打開できる状況でもない。一縷の奇跡を望むにはあまりにも不透明だ。ここで終わらせてしまうにはこの航海は短かった。現在仲間は市民の避難を手伝ったり、裏口を監視してくれたりしている。つまるところ救援には誰も来ない。
 それでもローは、たった一つの望みを捨てなかった。先程のオスカーの窮地と今の自身の窮地で決定的に違うものが二つある。その名は、仲間と信頼。


「テメェが唯一の仲間を疑うのは自由だがな……俺の仲間まで見縊るなよ」


 オスカーは正に鼻で笑う寸前だった。弱者の最後の遠吠えだと思ったからだ。その息を吐き出す刹那、ローの抜き取られた心臓の小窓から黒光りする銃口が覗く。気付いてからではもう遅い。暫く聞かなかった発砲音が鳴り響き、間を開けずに足と腹に命中する。それくらいなんてことないと思っていたオスカーのその思考は瞬時に閉ざされ、能力を使おうとした手が上がらない。


「なに、海楼石かッ……!」


 大いなる海の力がその悪魔の力を奪い、無効化する。その隙をローは見誤ることなく、巨体へとメスを入れた。その体を不整脈のような振動が襲う。手に持っていた他人の心臓と同じ形のものが背後に飛び出て、ローの腕が突き抜ける。突然の反動で零れ落ちるローの心臓が絨毯が受け止める衝撃に備えると、横から白い手が伸びてきてそれを受け止めた。


「あっ、ぶない……」


 それはまごうことなき気絶していたはずのニイナだった。その片方の手には硝煙の臭いが鼻に付く銃もセットで持っている。オスカーが能力者だとすると有効だと思っていたものだ。二ヶ月前に海兵から奪ったものだから火薬が湿っていないか不安だったが、無事発砲できて胸を撫で下ろす。そんなことをローに伝えたらそんな博打を持ってくるなと叱られるため、ニイナは心の中だけに留めておいた。
 首元の霧が消滅する。オスカーの呪いが解けたのだろう。朝日を待ち望む市民もきっと解放されたはずだ。気絶はしていなかったが、様子を見るためにフリをしていた。ローと一瞬目を合わせることに成功したため黙っていてくれたが、心臓を差し出すことと発砲を許可されるタイミングについては物申したいところだ。だが今は仲間内で揉める時期ではなく、そんなものは自船に乗ってからでいいのだ。駆け引きに勝ったのだから。
 ローは手元にオスカーの心臓を引き寄せる。巨体に見合うほどの質量に一瞬片手が沈む。海楼石の弾丸がまだ体内に埋まっており、心臓が握られているとなればもはや抵抗はしない。


「……クソ、何故こんな目に……。俺はこの国を愛していた。爽やかな風が吹くこの港町を。そこを襲撃する卑劣な輩どもを漸く排除できたかと思えば皆俺が海賊だからと逃げていく。痛手を負って守れた者達が去っていくのは許せなかった。だからこの島から出れないようにした矢先に家族が心中した。元はこの屋敷の貴族だが、俺が海賊になった負い目と周囲からの圧力に耐えかねてのことだった。……まだ、無法者になった俺を許してくれていないというのに」
「貴方はそれを愛国心と呼んでいるのですか? 悍しい……。それは支配欲と言うんですよ」
「俺の選択は間違っていたのか!?」
「そうです」


 食い込み気味の否定だった。ニイナの語気が荒くなる度に感情が乗る。
 気持ちはわからないでもない。愛してた国を略奪の対象にされて漸く死守できたかと思えば、市民からは忌避されて家族さえもオスカーを憎んだろう。海賊という犯罪者の肩書を背負うというのはこういうことだと言っているようだった。たとえ生まれ故郷であろうと手のひらを返す。払拭できない汚名は雪がれることなく、恐怖心が見境を失くす。
 だが、過去に決別できない者は前に進めない。


「皆さん、貴方に感謝していましたよ。でも、傷付くのが怖いからって鳥籠に収めておくのは間違いだと気付いていました。貴方が疑うのは勝手ですが、皆さんはただ一人の貴方を信じて待っています」
「……」
「衛生状況が悪いのを見たことはあるでしょう。去年は風邪が流行ったと聞きました。もっと強力な風土病が流行ればみんな死にます」
「……」
「貴方は貴方の手で閉じ込めた雛を、殺している」


 まごうことなき真実だった。項垂れたオスカーも薄々気付いていただろう。ここまで仲間が助けに来ないことも、港が松明で明るく照らされていることも。もう全て手遅れだということも。そこへ他人の手が介入される。生きることを望む者との別離と、辛抱強くただ健気に再度希望を得ようと待つ者と。滅びのシナリオから脱却できる、苦しみながらも生きていける方法を。
 ローは手を翻す。すると能力によってオスカーの船の甲板に出た。気配を感じてオスカーが振り返ると、そこには細切れになって判別が出来ないほどの肉の山があった。しかし状況で察することが出来る。帰りを待っていたクルーだと。


「もうすぐ海軍が来ます。帆は張ってあるので碇をあげれば北上できるでしょう。時間稼ぎは出来ても長いことは持ちません」
「クルーのパーツを付けてやれ。それがお前の贖罪だ」
「……趣味の悪い」


 のそりと動いたオスカーが山の前に座り直す。一つのパーツを手に取って並べて、組み立てる。細かすぎることも一因だが、久方ぶりに見たクルーの姿は曖昧だ。


「副船長のくせに、お前太ったな。あ? この耳は誰のもんだ。お前か? 誰だよもう、わかんねェよ畜生。お前か? なあ、どんな顔だったか覚えてないんだ。……悪かった。違うくても許してくれ。なんで俺はこんな近くにいて、ずっと待っていたお前らを覚えていないんだ。なあおい、なんで何も言ってくれないんだ……」


 大粒の涙を溢して積み木のように複雑なパズルを解いていくオスカーはさながら大きな子供のようだった。あの巨体が小さく丸まって見える。
 ローは静かにニイナの腕を掴んで陸に移動した。能力で碇を上げて船はゆっくり進んでいく。風もないのに波に乗ったのはローの能力であり餞別なのだろうとニイナはぼんやり思った。


「まるで……ノアの方舟に乗った賽の河原のようですね」
「そうやって贖っていくんだよ」


 船は静かに波に揺られる。しかしもう孤独ではなかった。不幸でもなかった。そのパーツが全て繋がった時こそ、彼らはもう一度仲間として海を渡るのだから。
 電伝虫でローが作戦が終了した旨を伝える。仲間もそれぞれ引き上げることだろう。館にも火を放たれ、オスカーの狼藉が消されることに相まって呪いから解放される。後は市民が上手い具合に海軍に伝えてくれることを待とう。ニイナが顔を上げると空が白みつつあった。


「いたた、頭ぶつけました……たんこぶなってたらどうしましょう」
「馬鹿か、受け身取れ」
「受け身なんて取ったらバレちゃいますよ」
「だから……あぁ、もういい」


 不自然なところで口を噤んだローの顔は暗がりによって見えない。何も言わなくても二人の間には信頼と呼べるものがあったが、目に見えぬそれである程度の意志の疎通はできるものの、心の中までは見透かせない。ニイナは不思議に思いながらも炎が館を舐める様を見据えた。二階部分までに到達しそうなそれに基盤となる木材が悲鳴を上げる。遠くからでもその熱は感じ取れた。
 光がじりじりと水平線越しに差し込んでくる。館から遠去かると反比例して聞こえてくるのは歓声だった。やはり人間は生に執着する。大きな決断だったと思うし、一つ間違えれば僅かに生き永らえた命が散ったところだった。だけど彼らは諦めなかったし、それが最善であった。オスカーも違う方法でならあの市民達に愛されていたかもしれない。しかしもうそれはあるはずのない過去だった。


「……大人しく海賊稼業だけしておけばよかったんですよ」
「そうだな……ああ、そうだ。なのに何故他に目移りしちまうんだろうな」


 ポツリと呟いたニイナの言葉をローは拾った。何でもない一言で、同調する言葉なのに、どこか他人に言い聞かせる含みがあった。寂しさと惜別の響きがあるように感じたのに、顔が見えないとただの思い込みだと感じてしまう。そうさせてはいけないのに、そう思い込ませようとする狡猾さが彼にはある。今作戦はローが七武海になるために必要な踏み台を築くためのものであり、副題はロッキーポートの解放だった。それによってオスカーの支配から救済され、彼自身も過去と離別することができた。
 だけども。ニイナは足を止める。薄い疑問と解決するための傲慢な使命が浮かんでしまう。ニイナは過去を知らない。聞いただけの話を自分の仮定で組み立てて、それが合っていただけだ。何も言わなくても二人の間には信頼と呼べるものがあったが、目に見えぬそれである程度の意志の疎通はできるものの、心の中までは見透かせない。だからそれは、一つの恐ろしい仮定だった。
 もしかすると。この状況は彼がかつていたファミリーと重なる部分があるのではないのか。鳥籠にいたのは誰だろう。その鳥籠を設置して支配していたのは誰だろう。そこから解放されることを望んだ者と残された情は何だろう。彼は、意図せずとも解放のための救世主になるつもりなのだろうか。
 七武海になってからそれから。まだそこまでしか知らないし、その後のことをニイナに話さないかもしれないことは薄々と感じていた。彼は一人でも走っていくし、仲間を傷つけることを嫌う。だから、悪い方に考えてしまうとどうしても結末が見えない。
 腰のホルスターに仕舞った銃が重たい。どうか、と切に願うしかニイナには出来ない。例え捨てられようと、彼の人生のシナリオだけはこれ以上傷付けられることのないようにと祈るばかりだ。


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