命の雑踏 | ナノ

 ロッキーポートは、最早共依存の沼から抜け出せない朽ちるのを待つだけの島です。
 鎖国的のためにここから見える程度でも港は廃れ、船も手入れがされていない状態です。潮の流れでここら辺は魚貝が獲れにくいために沖に出る必要があるというのに、この様です。気候的に作物は安定して取れるでしょうが、何度も繰り返すと土に栄養がなくなり畑は痩せ細って死にます。朝に何羽かのニュースクーが飛来するのを見届けたので、それが唯一外海を知る手立てでしょう。そうなると血筋を残すために必要な性行為ですが、近親での行為が多くなり血が濃くなった結果、奇形や死産が多いと聞きます。
 そうなった原因としてとある海賊団がこの島を根城とした所以が大きいです。現在は「引きこもりの海賊」として他勢から揶揄されておりますが、以前は名だたる海賊として世間を賑わせたものです。オスカー海賊団を名前だけでも聞いたことありますよね。そうです、それです。向かうところ敵なしで海軍さえ手を出すのを渋るほどの豪腕の大男。人員を使った包囲網も得意とすることから頭も良く、慕う者も多かったとか。さて、その根無草の海賊が何故この島を根城にしているのかと言うと、一説によりますがオスカーを島民が英雄視しているようなんです。
 ロッキーポートの島内の状況は先ほどお伝えしましたね。そう言った風土柄、どうしても流通に頼らざるを得ません。海軍駐屯地のない物資が運ばれる港というのはさぞかし魅力的でしょう。数年前、このロッキーポートに凶悪で名高い海賊団が略奪の限りを尽くそうと上陸しました。その海賊団とこの界隈を縄張りにしていたオスカー海賊団とそれはもう惨い戦いを繰り広げたそうですよ。僅差でオスカー側の勝利となったものの、それ以来オスカーは奥にある領主の館に引きこもっており、海に出ることはないと聞きます。島がオスカー海賊団に支配されているかと思いきや、来たる海軍や敵船を沈めはしてもそこから出ようとはせずオスカー死亡説まで浮上したほどでしたが、島民は捕虜としてより海賊団を英雄視しており救助の為に辛うじて島に上陸できた海軍さえも追い返したといいます。オスカー海賊団がロッキーポートを狙う敵を追い払い、その返礼に島民が海賊団を養うという共依存。
 近付けないなら遠方からの総攻撃───所謂最悪の手段、バスターコールも検討されました。いくら島民が総出で業務を妨害しようと、海賊が根城を構えているというだけで捕虜と見做されてしまいます。ですが上層部が幾度も話し合った結果、バスターコールにかけるだけの労力と手を下さなくとも衰退するだけの島を天秤にかければ結果は瞭然。こちらからちょっかいをかけなければ害もなく、人質救出を優先的に考えつつも手立てがなくやがては流れていきました。そうなればこの見放されたロッキーポートは無法地帯であり、海軍も遠巻きにしか監視のしない島。下準備も済んだことですし、私の計画に不足ない格好の獲物です。







「───しっかし、ニイナもよくこの港のこと知ってんなァ」


 砂浜は思ったより綺麗で、足跡も一定だ。三日ほど潜水して上陸予定のポイントへ見張りが巡回する時間帯を観察していた。その時間も規則性があり、二人組が雑談をしつつ殆ど水平線を注視していないことから、長らく襲撃がないことを語っていた。感覚も長く、集落までは行けずとも港以外を覆うように茂る森の生態系を調べるだけで良いだろうとポーラータングの主は考えていた。実際に二度ほど成功している。
 能力によって船内から急に地上へ送られると、気圧と光によって起こる目眩にニイナが争っている最中、砂浜に出来てしまった足跡を枝で消しながら近づいて来たシャチは何の疑いも持たない笑顔で言った。


「言っていませんでしたっけ。私は昔陸軍の指揮官を努めておりました。他部隊が潜入捜査で潜り込んだりしていまして、その伝で聞いた話です。尤も、行方不明者が出たので打ち切られましたが」


 当たらずとも遠からず。嘘も方便とはよく言ったものだ。出自を知るペンギンはニイナの目配せに口の端を上げた。鈍いシャチは疑いもせず凄いとニイナを称えるだけの純度百パーセントの眼差しを向けている。


「よく海軍もバスターコールを仕掛けなかったな。普通妨害する島民は海賊の仲間と断定されて、いくら人質枠だとしても難癖つけて強行するだろ」
「勿論過激派はそう決めておりました。しかしロッキーポートは流通の拠点としても名高く、そんな島を島民諸共地図から消したら世界から批判を食らうのは火を見るよりも明らかです。何よりその時に他の島をバスターコールで消したばかりで海軍への風当たりも一部から強く、続けて二度するとなると風化できない火種が出来てしまうでしょう。それも相まって自然消滅を狙っているのです」
「成る程な」
「おっかねーな、海軍!」
「……ま、それを考えたのは私なんですけど」
「!?」


 ぼそりと先頭を行くシャチに聞こえないほど潜めた声で吐かれた真実にペンギンが勢いよく振り向いた。驚愕するペンギンをよそに鼻歌を歌いそうなほど軽やかにニイナはその足の止まったペンギンの隣を通り過ぎた。
 現在ポーラータングは潜水しており、ペリスコープでこちらの様子を伺っている。ニイナのイヤリングには盗聴器がついていて、会話や周囲の音も筒抜けだ。決められた時間内での探索が終わればハンドサインでローの能力で帰還できるようにもしている。偵察だけの簡単な仕事はこれで三度目だ。


「……もう少し街の方へ行ければいいんですがね」
「ほんとだよな。そうすりゃもっと情報集めるのは簡単なのによ」


 何度か通った道も木々の生態も見飽きた所だった。 遠巻きに見た鬱蒼と茂る森の先端から見える屋根が風雨に晒されて余り良い状態ではないということと、森との境界線にある畑はとうに死んでいたことからニイナの言っていた言葉の裏付けになったことくらいしか分かっていない。肝心のオスカーや島民の心はどちらに傾いているのかすら把握できなかった。足りないパーツが多く、ニイナは歯噛みをする。手元に保険のない無謀な作戦程死に直結することくらい理解している。今まで地に伏した魂が夜空を照らす様によって教えてもらったのだ。
 今日は前より捜索範囲を広げて可能なら奥にある屋敷へと近づければと思っていた。見張りの巡回は先程通ったばかりなのでニイナ達は背後を気にする必要はなかった。
 そのはずだった。


「───ニイナッ!」


 振り向くより早く後続のペンギンがニイナの肩を払うように押した。靡く髪の隙間を弾丸が細く螺旋を描いて駆け抜ける。倒れ込むニイナと入れ替わりにシャチがダガーを引き抜いて飛び出していった。油断していた。敵は男二人。連日の入島でのヘマはなかったはずだが、今はそれを探っていても仕方ない。なら、何をするべきか。
 咄嗟に腰のホルダーに入れていたベレッタを出して構えるも、至近距離で揉み合う二人に当たらない保証はない。ましてや撃ってしまえば発砲音で他の仲間を呼び寄せたり、敵意があると見做されて此方にまで敵の手が伸びれば人質等の足を引っ張る原因になる。なら逃走はといえば、岩陰すら見えない真っ直ぐの砂浜と生茂る森。砂浜は足跡が残る。森は不用意に入って迷ったり罠に嵌る危険性があるが、まだ生存率が上がる。ニイナが付けた盗聴器により状況はポーラータングにも伝わっているだろう。合図を出して自分一人だけ戻ってもいいが、不審な手を使うと二人を救助できない。
 逃走経路を森に定めて走り出す前に視線を戻すと、シャチが米神を殴られたのか昏倒して倒れ込む様子が見えた。ペンギンも腕を背後に回されて地に伏せる。シャチを倒した男を足を撃ち、解放されたシャチを抱えて合図を出し逃げる事に瞬時にニイナが切り替えて銃口を向けた男の動きが、はたと止まった。


「……ニイナ様?」
「……パトリック?」


 その声と自分を慕うような敬称、見たことある顔を脳内にある記憶を探れば自ずと導き出された。緊張した人差し指が弛緩してトリガーから離れる。二人はただ目を見開き呆けていた。
 数年前、ロッキーポートの調査に出たきり行方不明だった隊員との再会だった。


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