命の雑踏 | ナノ

 理解ができない頭の空白分、静寂が流れる。俺だけではない。シャチも、ベポも、みんな思考が追い付かない。これが怜悧な者同士が要所を省いて得た結論というやつだろう。馬鹿なスラム育ちの俺たちにはさっぱりわからない。


「……ま、待ってくれ!」


 一番に声を上げたのは意外にもシャチだった。俺ですらまだ現実を直視できていないというのに、お前というやつは。ベポなんて口を半開きにしたままだぞ。


「しちぶかい……と、言ったか?」
「そうです、王下七武海。世界政府によって公認された七人の海賊たち。収穫の何割かを政府に納めることが義務づけられる代わりに、海賊および未開の地に対する海賊行為が特別に許されています。海軍本部、四皇と並び三大勢力の一角と呼ばれています」
「そこを聞いているんじゃねぇよ! あとベポ、涎垂れてる!」


 淡々と七武海とはなんぞやを説明するも、聞きたいのはそこではない。そしてベポは手遅れだった。袖で拭うな。誰が洗濯すると思っているんだ。


「なんで船長が政府に媚び諂わなきゃいけねェんだよ!!」


 そうだ、俺たちが理解に苦しむのはそこの一点に限る。七武海は確かにその強さやレッテルなど並大抵の海賊では歯が立たないし、生半可な覚悟でなれるものではない。だからこそその称号は他の海賊に恐れられることにもなる一方で、「政府の狗」として揶揄される。無論俺たちとしても強さを認められるのは願ってもないことだが、下る先は七武海だ。四皇と匹敵するステージへ上り詰める最短の手段と言われようと、嫌悪が勝る。他クルーも気持ちは一緒で、そこかしこからブーイングが上がる。


「別に媚びなくて構いません。手出ししなければある程度のFワードは認可されます」
「ニイナ」
「冗談です」


 緩やかに嗜める船長の声にそのままの笑顔でニイナは返す。かつてそこにいたことを知る俺から見ればあまり軽い調子に聞こえない台詞だった。


「必要なルートだからです。これはトラファルガーさんも容認しています」
「でもっ……! 船長、本当にいいんですか!?」
「じゃねェと俺が一番に声を上げていると思わないか?」
「ぐぬっ……!」


 小馬鹿にしたような船長の嘲笑にシャチが引き下がった。このままでは二人の掌の上だ。そうはさせまいと振り絞った知恵を総動員して手を挙げる。


「何故、七武海を経なければならないのか。それ以外のルートはないのか。説明を求める」
「いい質問ですね。幾つかのルートはありましたがこれが最短で四皇に手を伸ばす最善策だからです。端的に話すと、七武海になれど恐らく直ぐに脱退しなくてはいけない場面になると思います」
「……それは、何故」


 その質問を待っていたかのようにひっそりとニイナが声を顰める。少しばかり悪戯めいた少女のあどけない顔をする。秘密話を打ち明けるような、楽しそうな表情で悪魔の囁きを落とした。


「……とある七武海を食らうため、です。ちなみに私はグリルが好きです」
「ッく、」


 耐えきれないような脆い吹き出す声が最前列の長身の男から吐かれる。全てわかっている二人だけの暗号はやめてほしい。こちらはさっぱりわからない。


「途中までの作戦を大まかに話すと、七武海参入後に標的の大切な施設や取引先を潰します。至ってシンプルな話ですよね」
「……本当にそれで四皇を討てるのか」
「標的が潰えれば自ずと舞台が用意されます」


 少女の顔から一転、残忍に見下す女王のような顔を持って告げた自信が根拠もなく浸透する。椅子に縫い付けられたように体が動かせず、言葉を発する前にそれは適切かさえ訝しむ。正しいのは目の前の才女。ただ一人であるという様を見せつけられる。
 他の皆もそう思うのだろう。他に意見は、と聞かれて誰も挙手しない。否定をする理由を奪われ、拒否する心を折られたのだ。十を数えるくらいたっぷり待ってから、ニイナと船長は目を合わせて瞬きをする。本当に付き合ってないのかと茶化す雰囲気でもないが、恋愛だとかの信頼関係とは根底が違う様を見せつけられると十数年来の俺たちの絆が揺らぐような気がした。


「ではまず、七武海参入は容易ではありません。自分からアプローチをかけるのは珍しいことでしょう」


 それもそうだろう。基本的に七武海はスカウト制だが、誰もが好き好んで「政府の狗」になる海賊はいない。だからこそどういう方面から切り込むのかは純粋に興味がある。


「大切なのは強さと知名度、そしてインパクト。トラファルガーさんの能力なら可能な作戦があります。海賊たちの心臓を政府に献上するのです」
「は!?」


 一瞬理解度合いが足りない頭に物騒な言葉が入ってきた。そこでようやく自分の頭に船長の能力が入ってくる。そうだ、この人はオペオペの実の能力者だ。「生きたまま心臓を抜く」という不可能なことを可能にできる悪魔の実の能力者。
 確かにそれなら「強者である」ことを証明できる。そして他ならぬ船長だからこそ成し得る特大のインパクト。しかしながらそこには一つ欠陥があるのだ。知らないわけではないだろう本人と、聞かされたであろう才女の前で言うのは憚られるが確認の意も込めて挙手する。


「知っているかとは思うが……メスで心臓を抜くとどうしても目立つ穴が空く。俺らの作戦を他に漏らしたくないならあまり得策とはいえないが」
「存じております。だからこそある程度強くて知名度がある敵を狙います。同盟を組んでいないとなお良し。まさか自分の失態を人に晒すわけないですよね?」
「成る程……」


 海賊はプライドが高い。その一点を逆手に取った作戦だ。上に行くほど頭もいい奴が多い。失態を吹聴する間抜けはまずいないだろう。同盟を組んでいなければ横への連絡網もない。幾つかの覚えのある海賊を頭の中でピックアップする。後で助けになればとメモを思考の片隅に貼り付けた。


「ちなみに、いくつくらいを目標としている?」
「百個です」
「ひゃっこ!?」


 裏返った声がそこかしこから響いた。お前ら途中から思考を放棄して俺に任せていただろ。その抜け出た魂を引き戻した朗らかなニイナの声は効果が大きすぎた。


「無茶だ……!」
「いいえ、可能です。日々襲ってくる敵船がありますでしょう。ああ、あとトラファルガーさんには闇討ちしてもらう可能性もあります。サークルは視認できるため広範囲よりもある程度絞った方が良いでしょう。目標を見つけてから広げるより、広げてから自分達の分野で戦ってもらう事もあります。そのため、広げる速度や広範囲へのサークル拡大の訓練をしてください」
「ああ」
「それにぴったりの舞台はもう見当がついています。任せてください」


 屈託なく笑う笑みは頼もしいと感じるほどだ。その声は俺たちを導く戦慄だ。どんな不可能なこともニイナの言うことなら現実にできる。俺たちはそう教えられてきたじゃないか。じわりじわりと安堵した溜息が血液を巡らせる。
 やるぞ、と誰かが呟いた。そう言った一言ではないかもしれないが誰かの漏らした感嘆に連鎖するように皆が熱を吐いて縫い付けられた椅子から立ち上がる。すぐに食堂が賛美のような興奮のやる気で満ち溢れ、歴戦の猛者が貪欲に高みへと手を伸ばす。朗らかな笑みとは反転、残忍さが垣間見える参謀の表情がニイナを支配する。
 それにつられる高揚感の名を、熱狂と言う。


「以上閉幕です。御清聴有り難うございました」


 火蓋を切る静かな一言が、闇夜に落とされて消えた。



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