命の雑踏 | ナノ


 それは戦争というにはあまりにお粗末で、圧政というには公にされず闇に葬られた大虐殺だった。地方紙に少しばかり載った後はそこの新聞社も潰れたという話だ。それほど政府は秘匿したかったのだろう。そうだろう。ただの負の心から生まれたそれは万人へ伝染し、遂には命へ感染して腐らせたのだから。


「三番隊が配置に着いた後に発破、四番から八番隊までが突撃します。距離は取ってマキシム機関銃による砲弾を浴びせてください。装填の間に三番隊が残党狩りをします。当てることは考えなくていいです。兵の士気を削げるだけでも褒美は得られるでしょう」


 無線電伝虫に語りかければ隣の国で起きている戦地は準備に慌ただしく騒ついている。総指揮を執る私が何故その場にいないかというと、同時に敵国の王の首を獲る必要があるからだ。そう、これは戦争。一国の主を殺めなければ、終わることのない戦争だ。生かしておけば逆転を虎視眈々と狙うかもしれない。捕虜などいらない、掃討戦にせよとのお上からの御達しだ。


「こちらは諜報部員が既に潜り込んでいるので容易に国を落とせます。そちらで指揮を執れずに格好がつかなくて申し訳ございません」


 形式だけの謝罪をすれば向こう側の副指揮官が否定を返してくる。世辞なくそれは本心からくるものだということは、彼が私の信者だということが根拠である。彼だけではない。私が指揮をとる隊員は少なくとも崇拝の気持ちを抱いている。誰しも同族を殺すことは気が削がれてしまう。まさか根っからの快楽殺人者でもない限り、そこをちょっと労ってやれば簡単に信奉する。
 向こうの準備が出来たのか、副指揮官が「指揮官訓示!」と言う。スピーカーや他の隊にも無線を繋いだのだろう。こうやって鼓舞してやるのも口だけしか出せない私の仕事だ。肩から羽織ったコートを直してまだ血生臭くない空気を吸う。


「……諸君、我々はまた戦争へと駆り出されました。前回の殲滅戦から一月も経っていませんし、またお掃除です。綺麗にするまで帰ってくるなという通達までありました。どうやら上は我々の武力をなめているらしい。前回総員無事帰還したことが気に食わないらしく、犠牲あってこそ美徳だとでも言いたいのでしょう」


 不思議と空気はシンと静まっている。冷たいくらいに張り詰めたそれはなんとも鋭利で、緊迫が自己を蝕む。
 私は政府から秘密裏に徴兵された。街の人には養生のためと言ったが、きっと母を亡くしたばかりの私の心境を勝手に想像してくれたのだろう。役人と共に船から手を振れば、私を慕う大勢の人間が見送ってくれた。


「亡き戦友のために奮闘する、という甘言がありますが……我々の隊にはまだ犠牲者はおりません。では誰が≪亡き戦友≫になるのか……誰もなりたくない、そうでしょう」


 それから二年になる。私の怜悧さを見出した政府は戦争の指揮官として、だが表沙汰にすることもせず史実から消すための後ろめたい戦争ばかり任せる。私の才能を公にしてしまえば話題になることも間違いないし、一任した戦争も日の目を見てしまう。何より、恐ろしいのだ。虎視眈々と世界を掌握する術を私が握っていると信じてやまない。独裁国家を築くほどの野心が私にないと何故知ろうとしないのだろう。


「故郷に貴方の帰りを待つ人も、会いたいと願う人もいるでしょう。ならばここでくたばるわけにはいきません。総員全て帰還する、それこそが我々の使命であり、なめてくれた本部への反抗だと思いなさい」


 この二年、私は政府を仔細に至るまで全て見てきた。そこは世界の秩序を守る「正義の政府」ではなく、隠匿と虐殺により仮初めの正義を司る「汚泥の政府」だった。従わなければ死よりも無残に追いやられ、従えば死に逃げたくなるほど追い詰められる。かつては私も彼らの様な使命感を持っていたのかもしれない。お声がかかって召集されれば自分の力が必要なのだと勘違いする。だがそれはとうに風化した。軽い二つ返事や薄っぺらい正義感で入隊してはいけない場所だと一部の利口な人間は気付かされるのだ。それを痛いほどに……たった二年で学んだ私は賢明な判断を下す。


「死ぬことが美徳だと思うなかれ。我々の生還は勝利へと繋がると心して臨め!」


 自分の手を汚す必要はない。ただ駒を動かして、頭を回転させることだけに長ければ良い。追い詰められて植えつけられた猜疑心は歪んだ思考を残した。
 教祖として鼓舞する言葉なぞ、安いものだ。どうすれば彼らが死を恐れない兵隊になるか、そんなもの私の一言で成り立つ。死ぬことが怖いのは生き物としての本能で、殺すのが怖いのも当たり前だ。その理性を取り払う言葉は「恐れるな」でも「敵を殺せ」でもない。可愛い己の身を案じながら、それでも「生き抜く」ことへ執着させる。戦友諸君、最大級の殺戮を最小の被害で成そうじゃないか。
 そう、これは私からの甘言なのだ。


「王の首を獲りたいのはどなたでしょう。いないのなら私が貰い受けますが、何せド素人なので拘束していただいた上で何度も斧を振り下ろさないといけません。腐っても同じ人類。情をかけてやりたいので代わっていただけるとありがたいのですが」


 そう言って振り向けば、血の気の多い一番隊は我先にと突入準備を始める。深夜、晴れた新月の夜のこと。輝く夜空に生まれる星を見つけるために掲げた双眼鏡の下、私の唇から零れた突撃の合図が静かに火蓋を切った。





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