2019/03/19 11:18




「なぁ、だから誰なんだよ」


 失言だった。酔った酒の席で話す話でもなかった。ましてや知りたがりのこいつの前で言うべき言葉ではなかった。


「しつけェな。ただのジョークだ」
「その割にマジな目してたぞ。それにお前、あのくらいじゃまだ酔ってなかっただろうに」


 頭がいいからか、無意識か。別におれの弱味を握りたいだけではなく揶揄い半分、好奇心半分の純粋な質問。その清純さが、おれには眩しい。


「だから、好きなやつがいるんなら協力してやるって」


 失言だった。べろべろに酔ったシャチから始まった戯言だと思う。キャプテンなら女は選り取り見取りですね、いいなぁおれも女の子と付き合いたいや、それなら好きな子見つけないとな、なあお前らの初恋っていつ?
 そこから女子会かというほど吐き気を催す野郎どものむさ苦しい恋愛トークが繰り広げられる。おれはつまらない話に耳を傾けることなく黙々と酒を飲んでいた。話題に入りたくないことも大きかったためだ。
 なあ、お前はどうなんだよ。そう言って振り向いたシャチに首を傾げて見せると好きな奴いるのか、と呂律の回らない言葉が返ってきた。話題は初恋じゃなかったのかよ。「シャチくんがダイスキだよ」と温度のない言葉を返すと一丁前に揶揄うな!と怒鳴られた。酔っ払いを遇らうのは面倒だ。だから少しばかり舌が滑った。


「この船にいるんだろう?」


 失言だった。
 「案外近くにいるかもな」と酒を潤滑油にして出てきた言葉はもう後戻りできない。幸いなのはシャチ達がワタシのことよ!とかお尻狙われちゃう!とか下品な話へと持って行ってくれたことと、キャプテンが口の端を上げてくれたことだ。だからその場は冗談で一過性のものだと思ったのに、不幸なことはペンギンにはそれが通じなかったことで、現在周囲に島影が見えないまま漂流中ということだ。
 おかげでこの船におれの好きなやつがいると思い込んでいるし、いくら否定しようにも信じてやまないペンギンは早足で歩くおれの後ろを雛鳥のようについてくる。この上なく迷惑だ。


「安心しろ、おれの口が堅いことは知っているだろ。それにちゃんとサポートもしてやる。この策士ペンギン様に任せてみろって」
「だから、違うって、」
「お前硬派だから恋愛ごとには疎いのかと思ったが……一途派なんだな。見直したぜ」


 何を分かった口を利くのだろうか。それなら、おれの今の気持ちにも理解を示してほしい。


「……なあペンギン、恋愛ってなんだよ」
「どうした急に。そうだな……相手を欲しいと思うのは恋で、一生を添い遂げたいと思うのが愛だ」


 ご立派な思想だ、と思う。どろりと沸点の低い何かが沸きたつ。鬱陶しい、煩わしい、憎い。苛立つそれを感じ取りもしないペンギンにまた温度が上がる。頭が良くて知りたがりのくせに、そんなこともわからないのか。
 何も分かっていないやつが、何を雄弁に語るのだ。


「なら、俺のものにしたくてその相手と共に生きたいと思うのは愛か?」
「ああ、恋愛ともいうな。いい加減誰なんだ、白状しろ」


 できたら苦労しねェよ。
 愛憎紙一重とはよく言ったものだ。




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