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誕生日には一応贈り物をしていた。
あいつが何を欲しがっているのかよくわからなかったので、年末位から考え出して何度も何度も吟味するのが毎年の恒例だった。
だが、包みを開ける度にあいつは、お前は本当にセンスがないね、と笑うのだった。
そんな事を何度か繰り返してると流石に俺も学習した。
だが、誕生日プレゼントを交換するという行為は、いつからか啀み合いをしていた俺達にはその事実だけでも羞恥を伴うものだ。
事実俺は毎年、誕生日だろう、おめでとう、やる、この3つの言葉くらいしか言えていない。
気の利いた事を言ってみようとするがいつも失敗に終わる。
言い訳にしかならないが、今年は結局誕生日当日までその言葉を発する事が出来なかったのだ。
「何か、欲しいものがあるか?」
朝起きるとあいつはブラックコーヒーを飲む。
定位置は革製のあいつの気に入りキャメルのソファだ。
今日も俺が煎れたコーヒーをそこに座っていつだかやって趣味が悪いと笑われたカップで些か温度が高い中身を啜っている。
「欲しいもの?」
「そうだ」
ずず、と音を立ててコーヒーを一口含み、カップをローテーブルに置いた。
カチンとカップとテーブルが音を立てる。
寝起きの神宮寺は些かこういった所が雑だ。
気の置けない関係、というだろうか、学生時代からやつはこうだった気がする。
まず間違いなく自分から起きない。
昔から寝付きも悪ければ、寝起きも最悪だったこの男が、今は自ら起きて寝巻きから着替える。
そう考えると大した進歩なのかもしれない。
小首をかしげながらうーん、と神宮寺は考え込んでいる。
「誕生日には、またお前好みの何かをもらうんだと思ってたんだけど」
それみたいな、と黒いセーターから指だけ出してカップをさす。
あまりにも機嫌が良さそうに言うものだから思わずむっとしてしまう。
「そんなに文句を言うなら使うな」
「気に入ってないなんて言ってないさ。使い始めたらなんだかお前らしくて気に入ったんだ」
むっとしてそんな事を言ってしまったが、なんだかんだ言いつつあいつは朝のコーヒーを飲む時は必ずあのカップを使用する。
いつだかやった寝巻きも何か着て寝るのは趣味じゃないと言ったがいつもあれを着ている。
あいつは一着も寝巻きを持っていなかったからとりあえず七着同じ物を贈ったら、やはり呆れながら肩を竦めたのだ。
「なんでまたいきなりオレの意見なんて聞こうと思ったんだよ」
「俺だって学習する。それにどうせなら気に入ったものをやりたい。それだけだ」
「はは、それもお前らしいよ」
神宮寺はけらけらと笑う。
今日は寝起きの割に良く笑うし、良く喋る。
少し、誕生日という事で気分がいいんだろうか。
「でもオレは別に欲しいものないんだよね」
「貴様、散々人のセンスをどうこう言って、欲しい物を聞けばないと言うのか」
はぁ、とため息をつく。
俺が呆れている様がよっぽど楽しいのか腹を抱え出した。
何が面白いのか俺にはまったくわからない。
昔からまったくやつの思考が読めない。
今の会話のどこに笑う所があったんだ。
だが、俺は笑っている神宮寺が嫌いではなかった。
作り笑いではなく、いつもそうやって笑っていればいいものを。
そう思ったが、これは俺だけの宝物にしているも悪くないのかもしれない。
一頻り笑った後、神宮寺はそうだね、と声を零す。
「欲を言うなら」
好きだとか、キライだとか言う話をしてもあいつの目はいつもと変わらない。
まるで見ているのは、遠い未来のようだ。
何かの打ち上げの帰りに珍しく立てなくなるほど酔ったあいつは俺にこう漏らした。
いいんだ、お前はいつかオレの傍からいなくなるけど、それでも今お前と一緒にいれれば、オレはいい、と。
酔いすぎてあいつは覚えていないだろうが、俺に出来た事はあいつを抱きしめる事と、翌朝何も知らないふりをするという事だけだった。
神宮寺は、俺との未来を信じれない。
俺はそれを知っていてもどうする事も出来なかったのだ。
だが、その時の神宮寺の目は。
「お前と帰る、家がほしい」
じぃっと見つめるガラス玉のような瞳は、確実に強い嘆願の色を宿していたのだ。
思えば、こいつは知り合ってから何も欲しがらなかったように思う。
きっとこいつは、何かを手に入れてもいつか手放さなければいけないという事実を知っている人間だったんだろう。
恐らく、ずっと昔から。
暫く俺達は何も言わなかった。
きっと俺は、何も言えなかった。
沈黙を破ったのはあいつの一声だ。
「なんてね!」
そういっていつもの顔に戻った。
いずれ訪れる落日を避けられないという目だった。
「冗談だよ、そうだな、曲でも書いてくれないか?」
曲。
音楽ならば、俺の思いはこいつに届くのだろうか。
こんな目をさせる為に俺はこいつを愛したのか。
だが、俺はきっとこの先の未来を変えるすべもない。
「ああ、いいだろう」
グランドピアノの蓋が、きぃと音を立てて開く。
触れた鍵盤はひどく冷たかった。
冬の朝だ、なんら不思議ではない事実に胸が痛くなる。
神宮寺はダイニングテーブルから椅子を持ってきてピアノの近くで腰を据える。
窓から入る光が、きらきらと反射していた。
「なんだか、ピアノを弾くのは久しい気がするな」
「最近は忙しかったからな」
ではいくぞ、と声をかけると神宮寺は目を閉じる。
それを横目で眺めると、俺も目を閉じ、深呼吸をする。
静かな空間に一音、こぼれ落ちる。
落とした指は鍵盤に指は吸い付くようだった。
俺が神宮寺に与える曲は、ずっと昔から知っているような感覚を呼ぶ程にピアノから溢れ出した。
よく考えると、俺が昔からあいつに与えたい物なんてきっと同一なんだ。
それなら、この曲だって、昔から知っていたんだろう。
初めて出会った時、パーティー開場を抜け出して、はしゃいでしまって二人とも大目玉を食らったが、その後二人でその事を思い出して大笑いした。
思えば、あの頃に恋をしたんだろう。
友達、と呼べる存在だったはずなのに俺が聖川財閥の嫡男だと知って、あいつは距離を置き出した。
早乙女学園で再会した時も、仲は決して良いものではなかった。
だたそれよりも悲しかったのは、俺が今でも神宮寺の事を好きだという事だった。
思えば昔の俺は自分の不幸にばかり気を取られて、あいつの孤独には気付けなかった。
お互いが家をいう柵に雁字搦めになって、小さな頃に手放した手をようやく取れたと思った時には、近付いてくる終わりの足音に耳を塞ぐ事になる。
なぁ、神宮寺、俺達は、こんなに長く一緒にいるのに、共に歩める道というのは、何故こんなにも少ないんだろうな。
お前を救いたいと思うのに、お前を一番不幸にしているのは多分俺だ。
俺はお前にたった一つの望みすら叶えられぬ男だ。
本当に、お前は俺のどこがいいんだろうな。
愛してるという言葉だけでは、本当に何も救われない。
せめて、伝わればいい、俺の想いが。
決して届かぬ永遠まで、高らかに、鳴り響いてほしい。
収束した音が空間を満たすと、神宮寺の薄い瞼がゆっくりと開く。
「ありがとう、聖川」
神宮寺はひどく落ち着いた声でそう言った。
「譜面に起こすか?」
「いや、」
そんな事をする必要はないさ、といい頭を振ると俺の目をあのガラス玉が捉えた。
「オレは一生忘れない。」
そういって指先が触れた。
神宮寺の指はじんと熱かった。
その熱は、確かに永遠を物語っていたのだ。
愛は、指先に伝っている
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