尊い腕 | ナノ





リピートネタバレあり?


ある日忽然とあいつは消えた。
那月の中にするりと。
それからどれくらい過ぎたんだろうか。
指折り数えるのも、飽きてしまった位だ。

「よぉ、チビ。元気か?」

部屋に帰ると、懐かしい口調の聞きなれた声がした。
言っておくが今日はエイプリールフールじゃない。
特になんでもない、普通の日だ。
からかってるのか!と怒鳴りたかったが、それは那月のものではなかったのだ。
俺にはわかる、間違うはずがないんだ。

「さ、つき…」
「なんでって顔してんな、間抜け面だぜ?」

開口一番がチビでその次は間抜け面ときたもんだ。
まず間違いなく、こいつは砂月だ。

「お前、今までなにやってたんだよ!いるならちゃんと出てこいよ!那月だって…!」

砂月の肩をがしりと掴む。

「…俺も驚いてる」

砂月も驚いてるということは、砂月はやはり消えてしまって、今回のそれはアクシデントというか予定調和を崩すものだったと言うことなのか。
なぜか砂月の肩を掴んだ腕が震える。
砂月はその手に視線を放り、尊い腕だと、言った。

「この腕で、いつも那月を救ってくれている」

はっとする。
いつも、って今こいつは言った。

「砂月、お前…」
「俺は消えたわけじゃない、那月と一緒にお前の事、見てるよ」

俺は、元々那月だからな、そう言った。

「それで充分なんだよ、那月が幸せで、お前も幸せなんだろ?」

何も言えなかった、俺はこいつの孤独も何もきっと理解出来ないからだ。
変わりに抱きしめた、少しでも俺の思いが伝わるように。

「なんだか、夢みてるみてぇだな」
「夢なんかじゃない…!」

夢なんかじゃないんだよ、お前は今ここにいるんだよ、砂月。

ぐっと砂月が呻き声を上げる。
嫌な予感がする、困った、こんな時の勘はいつでも当たってしまうのだ。

「もうあんま、時間ねぇみたいだな…」

ふぅと息をついて砂月がいう。
いつの間にか砂月も俺を抱きしめていた。
何が尊い腕だよ、砂月。
俺はな、お前をここにつなぎとめておく術すら知らないんだ。

「なぁ、もっと強く抱いてくれないか?」

俺の肩に頭を埋めて、小さな声で確かに言った、忘れられなくなるように、と。
こいつの本当の言葉はいつだって小さい。
聞き漏らしてしまう程に小さいのだ。
それ程にこいつの生の願望は那月にのみ捧げられてきた。

「忘れて、やるかよ…!」

そういうと砂月は笑ってた、俺は、泣いてたけど。
砂月の笑顔は、綺麗だった。
今まで見てきたどんな顔より砂月という存在にしっくりくるような気がしたんだ。

「お前は、笑ってた方がいいよ」
「ばーか、そいつは那月の役目だよ」

それでも、俺はお前にも笑っててほしいんだよ、砂月。

「愛してるって言っていいか?」
「だめだ、それは那月に為にとっておけ、だから」
「だから?」
「俺が言ってやるよ」

異国の言葉だ、中々その国人々はその言葉を口にしないと聞いた事がある。
とても、重いたい言葉。
すぅっと砂月が目を閉じ、力が抜けた。
多分、もう会えない。

「…Je t'aimeか、かっこつけやがって」

本当に、いい逃げなんて気に食わねー奴だよ。