the moon is beatiful | ナノ





部屋に入ると、神宮寺が泣いていた。
珍しく、ううと嗚咽を漏らしながらベッドで膝を抱えている。
表情は見えないが、あれはかなりプライドが高い。
俺の前で泣いているという事は相当な事があったんだろう。
もしくは、俺が何かしたかという点だが、今朝も特段珍しい事があったわけでもない。
昨夜は確かにそういった行為があったのは事実だが、神宮寺も拒絶はしておらず、体の関係を持ってから暫く経つがあいつはこれといって拒絶の声はあげなかった。

「おい、どうしたんだ」

声をかけても無言だ。
一体どうした物かと思い近づいて再度どうしたのか聞くとやはり無言だった。
おいと再度声をかけて肩に手を置くと、触るな!と涙混じりの声が聞こえた。
漸く顔を上げた神宮寺の顔には幾筋かの涙の跡が見える。
眼球は赤く、その充血した目で俺を睨んでくる。

「お前のせいだ」

そう言ってまた神宮寺はぼろぼろ涙を流した。
やはり神宮寺は俺のせいで泣いているらしい。
お前のせいだ、と言われてもまったくもって身に覚えがない。
結局理解が出来ず、もう一度問い質するしかなかった。

「俺のせいだと言われても、理由を言われないとわからん。理由を言え、神宮寺」

そういうと眉根を寄せて目を伏せた。
いつもの自信が満ちている声とは真逆な声でぼそりぼそりと神宮寺は呟く。
涙混じりのせいか、かなり聞き取りにくいが俺のせいだと言うので聞き流してはまずいと思い、耳を済ませた。

「今日、1人のレディからランチの誘われて、そのまま、なんていうか、そういう雰囲気に、なったん、だ」

俺以外とそんな行為をしたのか。
確かに俺達は気持ちを確かめ合ったわけではないので神宮寺を責める権利等ないだろう。
だが、あいつが他の人間に触れられると思うといつも無性に苛立つ。
この思いが果たしてなんなのか。
想像するに容易いが、まだ、俺は認めたくない。
心底腹が立ったが、まぁとりあえず奴の話を聞こうと思う。
出来るだけ何とも思っていないように振舞った。

「それが、どうしたんだ」
「オレは、何も出来なかったん、だ」
「言わんとしている事が良く、わからないのだが」
「だから…!」

だん、と音を立てて拳を俺の胸を突く。
神宮寺の涙は相変わらず止まらず、唇を噛んで意を決したように口を開いた。

「もう、レディじゃだめなんだ…」
「それは…」
「くどいな!だから、勃たなかった、んだよ…」

それはおかしな話だった。
あいつは確かに女性役をしているが、元々ああいう性格だ。
性癖はノーマルだったのだろう。
それに昨晩だってそんな傾向は見られなかった。
むしろだいぶ良さそうにしてたが、違うのだろうか。
しばし思案していうると、ふと、一つの考察が浮かぶ。
もしかすると、いや、そんな事はないだろう、俺の希望的観測だ。
だが、少しだけ希望を持って聞いてみる。

「もしや神宮寺、お前は俺以外では「言うな!」」

言い切る前に遮られる。
その勢いのまま神宮寺は続けた。

「もしかしなくても『そう』なんだ。さっきの彼女だけじゃない。オレはもうレディじゃだめなんだ。男はお前以外試した事はないが、多分無理だ。想像してもさっぱりだった。なぁ、きっとそれってお前以外…」

言葉を詰まらせて神宮寺はまた泣き出した。
心臓が大きく脈打つ。
あの時出会ってから、認めるまいと、何度も何度も目を背けてきた。
だから俺達はあの時から違ったのだ。
でも、いつも俺に突っかかってくるお前を見る度に、あの時はごめんって、抱きしめたくなってしまっていた。
いつも寂しそうなお前を見て、傍にいると言ってやりたかった。
だが、わかったよ。
やっぱり、お前もそうなんだな。

「神宮寺、お前は一体何故泣いている」
「なぜって、んん!」

そのまま泣きすぎて赤くなった唇に口付けた。
唇を吸い上げ、舌で歯をノックすると薄く口が開く。
その勢いで舌をぐにゃりを捩じ込み、上顎を蹂躙する。
溜まってきた唾液を絡ませながら舌同士を合せて口内を充分に味わった所で口を開放した。

「何故、お前は泣くんだ、神宮寺」

はあ、はあと息を整えながら、神宮寺はこちらを見る。
なぁ、神宮寺。
そろそろ俺達は観念するしかないのかもしれないな。

「言いたく、ない」

そう言うと神宮寺は下を向いてしまった。

「これは、なんだ」そう言って膝を神宮寺のそこをぐりぐりと押し付ける。
ひどく熱くて、質量があった。

「キスだけで、こんな風になるのだろう?」
「や、やめ、んぅ」
「体は、正直だな。もう観念したらどうだ?なんで、泣いたんだ?」
「ひぃっ、だ、だってぇ」

また瞳を潤ませてこちらを向く神宮寺の額に触れるだけのキスをした。
大丈夫だ、と伝わるように。
その行為で安心したのか、神宮寺は口を開いた。

「オレの、中が、聖川でいっぱいになっていくのが、怖かった」
「そうか」
「聖川の事、好きなんだ」

もう、どうしようもないくらいに。
その言葉を聞くと、すとんと胸の中の歪な物が落ちていく気がした。
代わりに張り続けた意地とは別の気持ちで胸が張り裂けてしまいそうだった。
俺だって、もうどうしようもないくらい、ずっと昔から、そう思っていた。

「俺も、愛してる」

そういうとまた神宮寺は泣いた。
今日は泣き虫だな、といってまたキスをした。