sirakaba | ナノ
白樺
俺がこの土地に来たのは、大学生ぶりだ。
大学受験の時、国立大を指していた俺は医学部のある関東の大学を受験する気だったが、センター試験の結果が思わしくなくこのランクを一つ下げてこの北の大地へ赴いたのだ。
この土地では関西訛りが珍しいらしく、すぐに友達が出来た。
穏やかなこの土地は寒い事以外は気に入っていたが、ただやはりやはり地に足をつける土地は大阪だと思っていて、大学卒業後は地元に戻ったのだ。
卒業してもう何年もたつ。
なんでここに来たかというと、まあ、特に理由はないのだが、強いて言うならば思い出に浸りにかもしれない。
あの頃、まだ彼付き合っていた時の話だ。
彼はその頃東京の専門学校にいて、遠距離恋愛で、本当に貧乏学生同士会えるのは年に数回だった。あの時、春休みに彼が来てくれたんだが、もうその日は相当吹雪いててコンビニ位にしか行けなくて、誕生日やのにほんと災難ですね、と鼻を赤くして笑った顔が綺麗で印象的だった。
その時吹雪の中で、彼は林を指差してこう言った、あれ、木が白いんすね、と。
彼はその存在を知らなかったのだ。
ざく、とブーツが音を立てる。
雪は牡丹雪がしんしんと降り続いてる。
向かう先は決まっている、あの林だ。
彼が近くで見てみたいと言うので、近くまで見にいった。
彼の女性的な指が木の幹に触れた。
かさりとまるで音が立つようで、その様はまるで映画のワンシーンのようで、じいっと彼を見つめてたら、ばちっと目があって、普段ならば笑い出してしまうような場面なのに、そのまま静かにキスをした。
キスというよりもただ唇が触れ合っただけな気もするけど。
そんな事が誕生日にあった。
そう、それから程なくして彼とは別れた。
ずっと、考えていたことだったらしいけど、俺はそんな事まったく考えてなくて、でも、俺の為だって電話越しで泣きながら言う彼の事は止められなかったのだ、そんな術も知らなかった、今となってはただの言い訳でしかなかったのかもしれないが。
そっと、幹に触れると乾いた感触を感じる。
そう、ずっと後悔していたんだ。
あの時、何が何でも一緒にいるという道を選択しなかった事を。
愛してると、泣きじゃくる、彼を救えなかった事を。
彼は携帯の番号、アドレスは変更し、卒業と同時に引っ越したらしく、もう連絡を取る術はなくなってしまった。
でも少しほっとしたのも事実だ。
彼といるときはどんな事を言っても、世間の目とか、将来の事を考えてしまった。
そう、やっぱり俺の心は弱かったのだ。
でも、別れてからは、まるで俺たちは二人で一つだったんではいないかと錯覚するような虚無感に襲われた。
俺の人生で最も大切だったことは、彼の事を愛してるという事で、彼を誰よりも守るという事だったんだ。
そんな事を、おろかな俺は別れてからようやく気付いたのだ。
グレーの空を見上げると、やはり雲に隠れて太陽はあまり見えない。
もう、あの時から考えると大分年をとった。
こんな所に来ても、意味なんて本当にない。
思い出に浸ったって何にもならないんだよ、お前がいないと。
「謙也さん?」
聞こえるはずのない声が聞こえた。
「やっぱり謙也さんや」
さくさく、と音を立てて近付いてくる。
そう、変わらない声がする。
俺を呼ぶ声がする。
「ひ、かる」
ひかる、ヒカル、光。
久しぶりにその名前を呼んだ。
そっか、光が、今ここにいるのか。
「なんで光が、おるんや」
まるで独り言のように、小さな俺の声が響いた。
「今日は、きっと謙也さんに会えると思ったから」
会えると、思った、だって。
光も、俺に会いたいと思ってくれたのか。
「何で、泣いてんのですか?」
そういって相も変わらず女性的な光の指が俺の頬に触れた、まるで、音がなるように。
「ねえ、謙也さん、やっぱり、俺誰に恨まれたって、謙也さんといたいすっわ」
「・・・そんなん気付くの遅すぎやわ」
「うん、俺たぶん、だめな奴なんすわ、だから謙也さんがしっかりしてくださいよ」
「あほか」
そのまま抱きしめた、この土地は冷えるから二人とも体温は低かったが、それくらいが丁度良かった。
「謙也さん、誕生日、おめでとうございます」
白樺が彼らを見つめていた。
あの時と同じように、二人は音もなくキスをした。