828 | ナノ






828、別れ話



パタンと、音を立てたドアをただただ眺めるだけだった。

柳生が出て行った。
理由なんてもう良くわからないけれど、もうこの部屋に彼が帰って来ないという事実は変わらない。
二人とも持ち物は少なかったから、彼の荷物が減った2DKのマンションはこざっぱりして見える。
シンとしている部屋の真ん中で寝転がった。
床がひんやりしている。
そういえば、いつも彼は靴下を履けと小言を言っていたな。
俺を気遣って言っているだろうっていつも感じられてそれがなんとも言えず心地良くて、寒い日でも靴下を履かないでいたりしたっけ。

2人で過ごした色んな事思い出すと、もう2度と戻ってこないってわかるけれど、それが悲しい事だってわかるけれど、涙なんてこれっぽっちも出ない。
告白した時だって喧嘩した時だって、俺はわんわん馬鹿みたく泣いたのに。

あー、そっか。
俺は柳生がいないと人間じゃなくなってしまんだね。
執着心なんてなった、柳生に会うまでは。
それは俺が柳生と会って初めて人間になれたって事なんだ。


なぁ、世界が色づくって表現はなんてくさいんだと思ったけどさ、本当に柳生と出会ってから何もかもが変わったよ。

たとえば、好きな人と食べる食事が美味しいって事も、
たとえば、それを幸せって呼ぶ事も、
たとえば、幸せっていうのは怖い事じゃないって事も、
たとえば、そう言った柳生の事を愛してるって事も、

そうだね、あとに一つ教えてほしい。
愛は何を残したんだ。



これからもあるきつづけることしかできないよ。
からっぽなからだだけひきずって。