金ちと | ナノ
金ちと 未来設定
ちと→たち描写あり
「千歳ー!」
大きく手を振ってこちら側に駆けてくる彼は、今は自分よりは小さいが180CMはある位に成長していて、さらに相も変わらず手を大きく振るもんだから異様に目立つ。
自分は高2になって彼は中3になった。
高校は熊本に帰るという選択肢もあったが、あの親友という名のカテゴリーに属していた人との思い出が溢れるあの土地に戻るには抵抗があったから、大阪残った。
思えば、自分の中では彼の人の存在が大きすぎて、愛だとか友情だとか、憎しみだとかそういう分類の感情では説明出来かねるものだった。
だが、全国大会で再戦を果たした後は単純に彼に恋をしていたんだろうなという事実が叩きつけられた。
そしてその事で、一度だけ泣いた事あるのだ。
水曜日の放課後、部活をサボってぼうっとしていた時、ふと、同じ意味で手を取り合う事などないのだという現実が頭を過ったら涙が止まらなかった。
その時、たまたま自分を探しに来た彼に目撃されて、お互いびっくりした顔をした後にいつも騒がしいイメージとは逆に彼は、何も言わずに豆だらけの手で涙を拭ってくれた。
しゃがんでいた自分をぎゅうと抱きしめられたら尚更涙が止まらずに、小さな体に縋った。
その事があってから水曜日の放課後は彼と会う事になっている。
別に約束をしたわけではないが、水曜日となるとあの頃から2年たった今でも彼は自分を訪ねてくる。
「今日はどこ行くと?」
「たこ焼き食いたい!」
今日も今日とて彼はたこ焼きが食べたいという。
もう2年間それは変わらない。
「金ちゃんは、いつもそればっかりたい」
と笑いながら言うと、破顔という言葉がぴったりな位の笑顔で、好きやからな!と言った。
たこ焼きを買っていつも通り公園でつつき合う。
「千歳は大学とかいくんか?」
まさか彼から大学の話題が出るとは思ってなく、少々驚いてしまった。
「うーん、あんまり考えてなかよ」
「じゃあ、高校卒業したら熊本に帰ってしまうん?」
いつから彼はこんなにも精悍な顔立ちで語りかけるようになったんだろうか。
自分の中ではいまだ彼は小さな子供のままで、自分だってあの頃から時が止まって動けないままなのに。
「千歳が帰りたいっていうんならしゃあないと思うねん。でもな、」
目を見開いたまま固まっていると、初めての水曜日のように彼はぎゅうと抱きしめてきて、想像していた声よりずっと、低い声で彼は続けた。
「わい、千歳より背でかなって、絶対千歳の事守ったるからな」
止まっていた時計がずくりと動き出す。
やはり水曜日の放課後は涙腺が緩むらしい。