破裂した熱量


例えばこの世の中にはエネルギー保存の法則と言うものがあって、それが何を意味しているのかと言うとつまりエネルギーの総和は常に一定でありもしあるエネルギーがなくなったというように現実で感じたことがあったとしても実際は別のエネルギーに置換されているだけで、要するにエネルギーとはその形態が変わるだけでその総量は常に等価であるということだ。
こんな堅苦しい説明じゃ私の頭はもちろん理解できなくて、だからもっと噛み砕いて言ってしまえば無から有は生まれないしその逆である有から無になるということもないという一見当たり前のように見えるけれども普段そんなことなんて人生の中でちらりとも考えたことがない、そういう法則がこの世の万物を支配しているとこういうことを言っているらしい。
ならば例えば私の心だとか、精神と言ったそういう曖昧でともすれば非科学的だと非難されそうな領域に関してもこのエネルギー保存の法則は成り立つのかと言う疑問が浮かんでなんらおかしなことはないだろう。つまり無から有は生まれない。この法則がもし今こう考えている私の心でさえも支配するのならば私がこういう疑問を持つことは既に決まっていたことかもしれないし(何せ無から有は生まれないのだ)、そんな些細な話よりもっと重要なのはそんな法則なんて今どうでもいいくらいに私の心を占めているこの想いがもともとあったものなのかどうかという問題だ。
そう、だから私が誰かを好きになる、その好きになるという想いは一つのエネルギーであり現に私の脳だか心だか、その境界を私はうまく定義できないけれどもとにかく私がそれを認識しているということは私が彼を好きであるという電気信号が私の体の中を駆け巡っているということだから、電気というのはエネルギーであることを鑑みるにこの理論はあながち突飛なモノではないと私は思うのである。
となるとここで新たな問題が生じ、私が彼を好きであると言うエネルギーがあらかじめどこかで別のエネルギーとして存在していたならそのエネルギーはどこから来ているのだろうとそれに今度、私は頭を悩ませるのだ。エネルギーの総量は等価である。新たなエネルギーは存在し得ないのだから新しく見えてもそれはどこか他の所から引っ張ってきたエネルギーなのだ。
しかしここで私の頭の中をひっくり返してみてもその他のエネルギーの出所が一向に見当がつかず、ならばと私は別の仮説を立ててみた。
他から引っ張ってきていないのであれば、もとから私の心の中にあったのではないかという仮説である。何が言いたいかと言うと私の心のエネルギーの中にあらかじめ人を好きになると言うことに使われる領域が存在しており、その人を好きになる領域に彼が入ったのではないかという理論である。これで一応エネルギー保存の法則は満たしていることになり、とりあえず物理的問題から私は解放される運びになるだろう。
ただしこれはこれで別の課題があって、つまり人を好きになるエネルギーがもともとあったとしてそこに彼が入り込んだのはいつ頃のことで、さらに言うと彼という存在が私の頭の中のニューロンを支配し始めたのはいつからだったのであろうと言うことである。
もし彼を好きになると言う要素が私の頭の中であらかじめプログラミングされていたとしたらそれは運命論を肯定してしまうことになり運命論とは倫理の授業で扱ったけれども人の一生が全て運命という二文字で完全に統制されているだなんて本当にこの世は神も仏もないと言いたくなるような理論だった。だってそれは乱暴なことを言えばある目標に向かって私が努力をしようとしまいと結果はもう決まっているから変わらないよ、と言われていることと同義でそれは私に限らず人間全ての行動を否定しているのと同じことだ。でも本当のことなんて誰にも分からなくて、たくさんの枝分かれをしている道の中から一本ずつ自分で選んでいって進んでいると思っているところが実はチェスの盤上の駒みたいに私たちより上の次元のプレイヤーのような存在がいてただただプレイヤーに操られているだけかもしれないなんて、そんなことは誰にも証明できない。少なくとも、今は、できてない。
つまり白でも黒でもないグレーゾーンなのだから誰かが運命論を信じようがそんなものくそくらえだと思うのかは個人の自由で、結局どっちを信じてもその根拠はいつも自分の考えだけなのだから私は運命論なんて信じない。信じたくない。
となるとまた運命論の手前に戻って私が彼を好きだと認識したのはいつ頃のことで、つまり彼という新たな要素が入り込んでくる時のエネルギーはどこから調達されたのかという議論に立ち返ってしまうことになり結局ここまできて私は答えの出ない無限ループに嵌まりこんだのだった。
けれども本当の奥底の、私の一番純粋な部分だけ掬いあげて今の思いを言ってしまえば、こんな議論ですら実はどうでもよくて、私はこんなくだらない命題を至極真剣に検証することによってさえも消すことが無理だった、彼を好きだという想いがもう私の中で処理するには大きすぎて、持て余してしまって、このまま私の中に留めておいたら私というアイデンティティーすら失われてしまうのではないかという恐怖に近い強迫観念を消すために彼の元へ向かうのだ。そこに確かに彼への私の想いはあるのだけれども、私は今、私が彼にそう告げることによって彼がどう考えるのか、何を思うのかなんてそんなことまで推測する余裕はとてもなく、もし恋というものが相手を想い、慈しむことを言うのであれば私のこれはほとんど身勝手な自己愛ではないのかと思ったりもするのだが生憎私はこの想いで壊れてしまいそうな自己を保つのだけが精一杯なのだ。
しかし私の頭の隅で少しだけ残った理性で彼の反応を考えてみてもいわゆる物語でハッピーエンドだと言われるような展開など想像もできず、驚きと呆れとが入り混じった表情で見られるのが精々ではないかとそんなことばかりである。こんな時ばかり私が努力しようがしまいが結果は同じであると言う運命論に縋ってしまいたくなる辺り、私はつくづく中途半端で臆病だ。
けれど私の足は埒もないことばかりくるくると考え出す私の頭とは裏腹に真っすぐ第二教材室へと向かい、更に目当ての教室が近付くにつれ速度を早める。体の方は随分と潔いと人ごとのように私は思う。
資料やがらくたなどが詰め込まれている教室ばかりのここの廊下は滅多に人が通りかからないのだけれども、ここに入る前に怪しまれない程度に周りを窺うのはもう習慣である。あぁ今日は考えごとをしていて飲むお汁粉などすっかり忘却の彼方だったと戸に手をかけた今更にして思い出したのだけれど、私は躊躇わずにその扉をがらりと開いた。さぁ、賽は投げられたのだ。

「先輩、私、先輩のことが好きです。恋愛感情として」

はぁ?と振り返った彼は私が想像していた表情より少しばかり驚きの比率が大きいように見えた。








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