おしまい
秋の日はつるべ落とし、とはよく言ったものだ。
この頃、急に日の入りが早くなったように感じる。同時にそれは、部活加入者である全ての生徒たちの活動時間が短くなっていくことを意味していた。それは当然、中島も例外ではない。
元来、頭脳労働より肉体労働のほうが向いていると自他ともに認めるだけあって、最近の部活は少し物足りないといえば、物足りない。とは言っても理由が理由だけに、誰に文句をつけることもできないことも重々承知しており、微妙な心境である。
「――これを機に、読書の秋にでも勤しんでみればいいんじゃないのか」
そう、不満というほどでもない愚痴じみたものを四ツ谷に漏らしたところ、上記のような返事を貰う。中島はうぇ、と顔をしかめた。
「無理ですよ、私、漫画しか読めませんもん!」
むりむりむりむり、と顔の前で手を振る。四ツ谷は一つため息をついた。
「想像通りの返事だな、おい」
「だって、眠くなりません?ていうか先輩なんで眠くなんないんですか!そんな面白くなさそうな本読んでて!」
身も蓋もない中島の声に、ぴくりと四ツ谷は反応した。
「ほう……。お前、俺のシュミを否定する気か」
ちなみに持っていた本――というか雑誌なのだが――は、資料室に埋もれていた中から拝借してきた科学雑誌である。
即座に自らの形勢不利を見とったらしい中島が、先程の倍の速度で手を振る。
「いやーそんなこと誰も言ってませんから。というか、むしろそんな本を読める先輩がすごいなぁと……」
「お前、この前の話覚えてるか?」
「はい?」
「AとBとC、どれがいい」
中島はげっと言う顔をする。嫌な予感がしています、という表情をありありと浮かべて、おそるおそる口を開いた。
「えー、それは、もしかして、怪談……」
「ご名答」
「どれもいやですっ!」
それは全て話してもいいということか、と四ツ谷はにたりと口端を上げた。
その後、屋上から学校全体に響き渡るような悲鳴が聞こえるのは5分後の話。
「お前みたいなのは本当に聞かせ甲斐がある」
四ツ谷は大笑い、中島は半泣きである。腰を抜かしたようになっている中島に、クマキチがワン!と一声鳴いてすり寄った。
「聞きたくない……」
「のに、聞くのはお前だろう」
「じゃあ!ご褒美に一つ何か!」
「アァ?」
「だってちゃんと怪談聞いたし!」
転んでもただでは起きないところはこいつの長所だ、と四ツ谷は思う。ふと、気まぐれを起こしたのは、先日のことがあったからだろうか。するり、とあまり聞かせる気のなかった話が、口をついて出た。
「――お了い、とは何故必要なのでしょう」
物語を終わらせる言葉。読み終わった本をパタンと閉じるような言葉。一抹の寂しささえ覚える言葉。
「始まったものにはすべからく、終わりが存在します」
唐突に始まった語りを、中島はじっと、聞いている。
「では、物語を終わらせるのは誰でしょう」
語りながら、四ツ谷は思う。
「――語り手とは、物語を作るもの、語るもの、終わりをつけるもの」
この話を自分が本当にしたいのだろうか、と。
「物語とは全て、語り手の存在が不可欠」
中島の隣にいたクマキチが、興味をなくしたかのように離れて行った。
「語り手が、了と言えば物語は閉じる」
すぅっと深く、息を吸う。場を飲む。昔からやってきた、手順。
「しかし」
中島に指を突き付ける。中島はびくりと肩を震わせる。最早条件反射のように。
「語り手は居続けなくてはなりません。新しい物語を作るために」
これは、自らに対しての言葉だろうか、と頭の片隅で思った。
「――語り手のお了い、は、もっと先なのだから」
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