どう考えても結局は怖いだけなのだとそんな下らない結論にしか至らない辺りがもしかしたら自分が彼に嫌われる原因なのかもしれない、と、唐突にマサムネはそんな事を考える。何処か生温い夜のぼんやりとした路地でただ一人だけ、行くあてもなく歩いている時の事だ。良く見知った彼の姿はまだ見えないが、マサムネは見たいとも考えて居ないから、それは当然の事かもしれなかった。お互いに顔も見たくないと考える人間ふたりが、たまたま偶然でもない限りは出会うものではない。だからと言って会いたくないという訳でも無いのだから、女々しいにも程があるとマサムネは自嘲していたのだ。馬鹿馬鹿しいことである。本当に、嫌われても仕方が無い。たとえば今いない筈の彼の足音が聞こえてきたとしても、それはただの幻聴だと、言い切れるつもりだったのだ。

「ナカジ」

自分には珍しい静かな声で、彼の、ナカジの名をゆっくりと呼ぶ。気配はあっても、それに返事は帰って来ない、返事など来る筈がないこともマサムネは分かっていたから、そのまま目も動かせないままだった。
そう、怖いだけなのだ。彼と話すのが。あの眼鏡越しの酷く疲れたような目を見るのが。だから眼帯の下の何も映さない目が何か熱いものを滲ませたとしてもそんな事はどうでもよいことで、実際マサムネはナカジが自分の背後にいることを感覚してからほんの少しだって動こうという感情が沸いてこなかった。あんなものは幻だと、そう言い切れない自分が嫌で、そしてそれ以上に何時までもこんなことをしている自分がとても嫌だった。

「……ナカジ、」

泣き叫ぶような顔をして、大きな声でその名前を呼んで振り返るマサムネの視界の先に、青いマフラーが見えた。嘘だろう、と呟いた。嘘じゃない。嘘なんかじゃない、と、……眼鏡の向こうで、見慣れた目が酷く疲れたようにこちらを眺めている。
その瞬間、マサムネの喉の奥から、怯えたような声が漏れた。いつの間にかどこかも分からない場所にいたマサムネの背後は、路地などではなくそう大きくもない踏み切りだった。そこの中心に立つナカジを確認して、マサムネは音を立てて崩れ落ちる。何を忘れていたのか、漸く分かった気がした。

「……嫌だ、」

そんなのは、嫌だ。
「はい、あーん」と、まるで子供がするような仕草で、相変わらず疲れた目をしてこちらへと口を開けるナカジは、どう足掻いても幻などではなく現実と認めるしかなかった。ゆっくりと、マサムネは立ち上がってそちらへと足を進める。踏み切りが降りる直前に、自分の小さな身体がその下を滑り抜けるのがわかった。

「マサムネ」

不意に、ナカジが名前を呼んだ。まるで今自分が感じたような、これ以上の不幸はないとでも言うような自分勝手な言葉だったし、実際ナカジはそう考えていたのだろうが、マサムネはそんな事は気にしていないし気にしなくていいとすら考えている。そうして、ナカジはもう一度唇を動かした。「死のう」ぺろり。別に綺麗な色をしていた訳でもないざらりとした感触の舌が、マサムネの白い頬を少しだけ舐めた。きっと、マサムネが返事を寄越す前に死ぬ積もりだったのだろうと、そう考えた。

「好きだ」

その言葉に、ナカジが返事を返す様子は無い。そのことを理解してから、マサムネはもう一度その言葉を繰り返した。青いマフラーが、一瞬だけ浮き上がったような気がした。そうしてマサムネは、手にあった銃の引き金をゆっくりと引いた。その銃口は間違い無く眼鏡の奥に向かっていて、何かが近付く感覚を認めながら、二人は静かに視界を閉ざした。
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