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 初めから終わりは見えていた。天人と人間は相容れないという単純で明白な理由に誰もが頷いた。俺もそのことを、人一倍知っていた。阿伏兎だけは何か含むような笑みを浮かべるだけで何も言わなかったけれど、あいつの考えることはいつも回りくどいから好きじゃない。ただ俺は、相容れないとかそんなことよりもっとずっと単純なところで、あいつと一緒にいたかった。本当に、それだけ。

「じゃあね」
「うん」
「もう来ないよ」
「うん」
「二度と会えない」
「うん」
「辛くないのかい?」
「ううん」

 短い返事を繰り返すだけで、あいつは何も言わなかった。俺もそれ以上何も聞かなかったのは、多分、分かっていたから。聞くまでもなく、辛い。別れはいつだってそうだ。清々すると言ってみても望んだ道だと唱えてみても、心にはいつも穴が残る。だけど、それがいつか塞がることも知っている。過去に出来た大きな穴は、今はもう俺の胸にはない。綺麗さっぱり消えてなくなったと言い切れる。だから、いつかあいつを思い空けた穴も塞がるのだろう。そう思うと、不安が消えるどころか余計に不安になった。辛くなった。俺は忘れるのか、あいつのことを。いつか消えるのか、この感情は。そして繰り返すのか、この空白を埋めるものを見つけようと俺は足掻き、気付いた時には足掻くことさえ忘れているのか。
 それは、とても悲しい。

「連れていくことも、できるんだよ。ただ、俺がそうしないだけ」
「うん」
「俺とお前は違う」
「うん」
「思想も信条も、生きる道が元より違うんだよ」
「うん」
「お前を連れていっても意味はないんだ。分かるだろう」

 分かっているよ。と、あいつはようやくしゃんと返事をした。俺は、それならいいんだと返す。

「お前といると、俺にも感情があるんだとそう思えるよ」
「うん」
「好きなんだと思う、本当に」

 本当に。もう一度言った。あいつは、知っている。と言った。あいつらしい返事だと思った。
 俺は本当にあいつのことを好いていて、それは俺の感情で、側に置いておきたいと思うけれどそれを止めるのは理性で、だけど、このままの関係を壊すのは本能だった。単純な生き物だから、俺は。一緒にいたいと望む以上に自分の血が騒ぐのを止められない。これからも誰かを殺して何かを壊して生きていくには、あいつは邪魔だった。あいつを好きだと思った時に見えた終わりは、あいつの喉に手をかける俺の姿だった。きっとそれは、辛く苦しい。空白だらけの心よりもずっとずっと。

「俺に殺されたい?」
「いや」
「うん。俺も、お前は殺したくない」
「……」
「もう行くよ」
「うん、」
「バイバイ」
「神威」
「何だい」
「いつかがあるなら」
「うん」
「その時は一緒になって」

 返事はしなかった。俺は何時もどおり微笑みを浮かべて、その場を立ち去った。


「阿伏兎、俺は馬鹿なのかな」
「はは、あんたからそんな言葉を聞けるとは思えなかったね。ようやく自覚したかい」
「ああ」
「そりゃあよかった」
「ねえ阿伏兎、俺はガキなんだろうね。好きな女との生き方も分からない」
「ガキねえ。大人になっても分かんねえものもあるもんだぜ」
「だけど少なくとも、泣くようなことはないだろう?」
「……」
「生まれて初めて泣いたかもね」
「……このすっとこどっこい。生まれた時に泣いてるだろうが」

 ああそうだね。そう言えば阿伏兎は、ああそうさ。と笑った。
あーあ、全くこいわずらうとはよく言ったものだね。空っぽどころか、こいしい気持ちばかりが募って仕方ない。


いとしいとしといふこころ
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