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「またやったんですか、懲りない人ですね」

そう言った私に見せつけるように、団長は浴びた返り血をペロリと舐めた。いつも通りの張り付けたような笑みを浮かべて、赤い舌を覗かせる団長に少しだけ寒気がした。恐い人だ。

「弱い人間のくせに喧嘩売ってくるからちょっとね。
それよりお風呂湧いてる?これ流したいんだけどさ」

自分の真っ赤になってしまった服を指さして団長はそう言った。ため息一つ、私は「今から入れます」とだけ言って背を向けた。
後ろから「早くよろしくね」と図々しい声が聞こえたけどそれは無視した。血なんか浴びて帰ってくるあんたが悪いのに。

すぐ近くにあった浴室の扉を開けると脱衣所から洗い立てのバスタオルを一枚取り出して、私に付いてくる団長に向かって放り投げた。

「とりあえずその顔に付着したのだけでも拭いてください。見てると痛いです」
「俺は怪我してないんだけど」
「知ってますよ。団長が痛そうなんじゃなくて、殺された方が痛そうなんです」
「大丈夫だよ、痛みも感じないくらいにすぐ首を飛ばしたからさ」

ケラケラ、と笑いながら団長はタオルで顔を擦り始める。折角の真っ白なタオルが赤茶色く変色していくのを見つめてこれはもうゴミ箱行きだなあ、なんて考えた。
案の定、団長はその顔を吹き終えると脱衣所のゴミ箱に向かってタオルを投げ入れた。ポス、と音がし綺麗に入るのを見て、私はそうだ、と湯を張るため浴場へと向かう。尚も後ろから付いてくる団長。

「付いてきてもまだお湯湧いてませんよ」
「うん、知ってる」
「じゃあ部屋で待っててください。湧いたら呼びますから」

ストンと椅子に腰を下ろして、団長の方を見た。ここから出て行くつもりは全く無いらしく、細めた目には私を映しゆっくりと近づいてくる。

「何でそんなに怒ってるの」
「・・・・・怒ってないです」
「嘘吐いてもばれるよ、特にあんたはね」
「・・・・」
「俺が恐いか?」

トン、と音がして次の瞬間には背中に激痛が奔った。椅子から落とされた私は背中を思い切り床に打ち付け、そして仰向けになった私の腹の上に団長か跨った。
身体を捩らせて退こうとしてもピクリとだって動かない。団長は私の腕をその右手で縛ると自分の胸の辺りまで持って行った。

「退いてください、団長」
「嫌だよ、質問に答えてくれるまでは」

団長の身体から生臭い人の血の匂いがして、私は顔をしかめた。すると私がその顔を逸らすとでも思ったのだろうか、団長は空いていた左手で私の頭を床に押さえつける。
捉えられた両目には団長の瞳が映った。薄く開かれた団長の目は、いつも張り付けている笑みなんかよりもずっとずっと怖くて恐ろしくて目を閉じた。

と、その瞬間唇に何か生温かいものが当たりそして次の時にはにゅるりとした感触が私の口内を犯す。咄嗟に開いた目には完全に開かれた団長の目が映り、気づくと私の目からは涙がこぼれ落ちていた。
離された唇は、今度は私の目元をベロリと舐め上げ、顔を退かすと満足気に笑った。私の口の中は鉄の味が広がっている。

「こ、ろさないでくだ、さい」
「・・・・分かってるよ」

団長が私の上から退き、その腕を解放した。一気に軽くなった身体に脱力感。動けないまま横たわる私に団長は吐き捨てるように言った。

「あんたは弱いね、何もかも。弱い奴を殺す趣味は無いんだ」

あ、そろそろお風呂湧いたかな。なんて言いながら何事もなかったように浴場へ向かっていく団長の背中を見つめながら心の中は情けなさに襲われた。

「殺さないでください」

団長は生きたいと私が懇願しているのだと受け取ったのだろうか。別に私は自分が殺されたくなくてそんな事を言ったわけじゃない。
人を殺し、その返り血を浴びて私の前に現れる団長が恐いのだと。いつかそり返り血が団長自身のものになるのではないかと危惧しているのだと彼は知っているだろうか。そう思って吐いた言葉であると伝わっているだろうか。

あなたが恐ろしいです、とそう言ってしまえば何もかもが変わってしまうような気がして何も言えない私を人は弱虫と呼ぶだろうか。それともただの臆病者かもしくはその両方か。

叩きつけるようなシャワーから落ちる水の音がやけに今耳に響いている。
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