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「四代目、三代目がお呼びでしたよ」
「ん、ああ。分かった、ありがとう」
「いえ、仕事ですので」
「・・・んー」
「どうなさいましたか」
「いや、ね。何だかななしに四代目って呼ばれたり敬語使われたりするの変な感じがするよなあって思っただけだよ」

火影岩の上に腰を下ろして職務をサボっていらした四代目は燦々と輝く太陽を背景にして私にそうおっしゃった。その目は昔と何も変わることなく穏やかな色を浮かべている。優しさと愛に満ちあふれた、この目が私はとても好きだ。

「昔はオレのことミナトミナトってうるさかったのにね、先生って呼びなさいって注意しても聞かないし。本当にななしはおてんばだったよねえ」
「・・・その節は無礼をはたらき本当に申し訳なく思っております」
「ほら、それだよ。ななしはななしのままオレのこと呼んでくれていいよ」
「だけど」
「いいから」
「・・・・ミナト、せんせは変わりませんね。本当に」
「ん、それはななしもだろ?」
「私は――」

変わりましたよ、と言葉に出すことはしなかった。この人は優しいからあんな風に言ってくれるけど私が変わってしまったのは誰の目から見ても一目瞭然だ。昔はオビトと同じかそれ以上に泣き虫だった私が今は暗部として表情一つ崩さず他国の忍を殺しているのだから。

「早く戻らないと三代目に怒られますよ」
「じいちゃんにかあ。怒られるのは嫌だなあ」
「先生だけじゃなくて私まで怒られたらどうするんですか、ちゃんと責任とってくださいよ」
「ハハ、オレに厳しい所も変わってないね」

そう言って笑うと、先生はようやくその腰を上げ大きく伸びをした。すると、それを黙って見つめていた私の目と先生の目がちょうど交わって私は息を止めた。先生は嬉しそうに口を開く。

「オレと、ななしとカカシくんとずっとこうしていられたらいいね」
「カカシの奴は嫌いです」
「まあそう言わないで。チームワーク、でしょ?」
「そうは言っても・・・」
「ああ、そうだ。そう言えばななしに言ってなかったね」
「は、何をですか」

突然話を切り出してきた先生に私はそう聞き返す。と、それはそれは嬉しそうにさっきよりもずっと目を細め笑い、先生は言った。

「オレね、結婚するんだ」
「え」
「木の葉の人じゃないんだけどね、実を言うともうお腹に赤ちゃんまでいるんだよ」
「それは――」
「結婚式にはちゃんと呼んであげるから」
「・・・ありがと、ございます。おめでとうございます」
「ん、ありがとう。カカシくんも喜んでくれたよ」
「そりゃ先生のことだもの。カカシが喜ばないわけないよ」
「ななしは喜んでくれないの?」
「もちろん、嬉しいです」

そう言って精一杯の笑顔を見せると、先生はきょとんとした顔をしてからふっと噴き出した。何がおかしかったのか分からないけど、私は今それについて怒る気力も無くてただ先生に気付かれてしまわないように笑った。

「さてと、じゃあななしへの報告もしたし仕事に戻ろうかな」
「そうしてください」
「はは、部下に怒られるようじゃ僕もまだまだだね」

先生は私の頭の上にぽすりと右手を乗せて左側を擦り抜けて行った。それと同時に私の顔に貼りついていた笑顔が崩れさりその両目から涙が零れ落ちた。ぼろぼろと、永遠に止まることがないんじゃないかと思うほどに。
すると、遠ざかっていったはずの先生の気配が一瞬消え、次の時にはすぐ私の近くで姿を現す。目の前には先生の顔。

「どうしたの?」
「――ッ、目にごみが、入っただけです」
「・・・相変わらず、泣き虫だね。ななし」

昔のように、先生は頭を撫でて私をあやす。暖かい先生の手。だけどこれはもう私が握り返していいものじゃない。その事実が痛くて私は泣き止むことができなかった。ただ、目を両手で押さえてしゃくり上げる。

「先生。先生・・・」
「ん、どうしたの」
「どこにも、行かないで」

泣いている私には分からないけど、先生は確かに笑っているような気がした。大丈夫、どこにも行かないよ。だから泣き止みなさい。と先生はその袖で私の濡れた頬を拭ってくれた。

「さ、行こう」

こくりと頷いた私の手を引いて先生は歩きだす。右手で顔を隠し俯く私が転ばないように、先生はゆっくりと歩いてくれた。

「ねえななし、今度またここに来ようか。オレね、この火影岩がすごく好きなんだ」

私はもう一度頷いて、顔を上げた。里一面を見渡せる火影岩。そこから見える景色は五月に輝き、その絶景に私の涙は簡単に止まった。今まで見てきた里のどんなよりも綺麗だった。

「ね、約束しよう。だからオレはどこにも行かないよ」
「・・・約束だからね」
「うん」

それから一回りの季節も待たず、先生は私の約束を破り何処かへ行ってしまった。だけど私は、あの場所へ行けば先生がいるような、先生のあの穏やかな目に見えたものが見えるような気がして飽きることもなくそこへ足を運んだ。
先生の事実を受けとめられないわけではない。私ももう子どもではないのだから。それにあの時にこれでもかというほどに泣いたから。

「あー、いい天気」
「あ、やっぱりいた。絶対ここだと思ったよ」
「なんだカカシか。いやね、先生に報告しなくちゃなあって」
「別にここは先生の墓じゃないんだけどね」
「いいからカカシもちゃんとしてよ」
「はいはい、結婚前日だって言うのにムードないね、お前」

カカシは呆れたように言ったが、私はそれを相手にもしなかった。火影岩の先生の顔の上に手をついて話し掛けるように呟く。
先生、あなたが約束を守ってくれなかったことはやっぱり辛いけど私はあなたのことを誇りに思うから。

「先生。私、明日カカシと結婚します」

先生のことを愛しく思った日のことは忘れない。笑った顔も、好きだと言えなかったあの時の気持ちも。そして、私は先生が残そうとしたこの里を守るために生きていきたいと思います。それが私があなたの弟子として生まれてきた意味であると思うから。

「行くよ、ななし」
「うん」

私がこんなにも人を愛しく思ったのは、間違いなく先生が最初でした。
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