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先生がたった一人残したあの子を私はどうやって愛したらいいのか分からないんです。形見だなんて思えなくて、里の英雄だなんて思えなくて、あなたの望んだように愛してあげることができないんです。先生、どうしていってしまったんですか。どうして死んだのが先生であって、この子じゃないんですか。桜も咲く頃です、昔を思い出してしまいます。

「あー、腹減ったってばよ。カカシ先生なんか奢ってくれってばよ」
「ダーメ、俺は今から報告書書かなきゃだからね。サスケとサクラと仲良く食べておいで」
「げ、サクラちゃんはともかくサスケ〜?そんなの絶対嫌だってば!」
「それはこっちの台詞だウスラトンカチ」
「サスケくんに何て口聞いてんのよナルトー!」

任務が終わり報告書を出すため受付へ向かう道を歩いていたら、たまたまカカシ班に遭遇した。カカシも同じ目的で、あの建物へと向かうらしい。上忍師としての、おそらくDランク程度の任務の報告書をカカシが持ってくる姿は暗部時代を知っている私からしたらどこか不思議なものだ。穏やかで、血を知ることの無い任務。まあ確かに普通のあのくらいの歳の子ならそんなものだろう。あの頃は、私とカカシが特別すぎた。

「あれ、久しぶりだね」
「ああ、カカシ。今から報告書出しに行くところでしょう」

カカシ達のいる一つ手前の道を曲がろうとしてカカシに声をかけられた。振り向いてそちらに目をやると、子どもは正直なもので、私のことを誰だそいつと言わんばかりの顔で見てくる。そして実際に聞かれた。「その姉ちゃん誰だってばよ」独特の喋り方でそう言って首を傾げた金髪の少年を私は目を細め見定めるかのようにして眺めた。
噂ではよく知っているが本人を目の前にしたことは今までになかった。そうか。この子がミナト先生の。そんな私の気配を察したのか、気を利かせたカカシがのんびりと口を開いた。

「ななしは俺の同期の奴だよ」
「同期?」
「んー。ま、お前等にとってのシカマルやキバみたいなもんだ」
「ああ、なるほどだってばよ!俺うずまきナルト、よろしくな、ななし姉ちゃん」

ニシシ、と笑ってナルトは頭の後ろで腕を組み私の顔を見た。余りにも人懐こいナルトの態度に一瞬戸惑ってしまった私をカカシがちらりと見た。その目が、自己紹介くらいしたら?と物語っている。私は慌てて自分の名前を発した。

「ななし、よ。あなたのことはよく知ってる。ナルト」
「ん、何で知ってんだってば」
「うん、気にしないで」

そう言って笑ってみせるとナルトはキョトンとした顔で私のことを見つめ返してきた。その隣でサスケは興味の欠片もないといった感じで欠伸をし、サクラは何か聞きたいことでもあるのか落ち着かない態度でしきりに私とカカシの方を見てきた。

「ななし、報告書出しに行くんでしょ。行こうよ」
「ああ、うん」

それじゃあね、と小さく手を振ってその場を後にした私の背中にナルトの大きな声が響いた。これはもう一度言った方がいいのだろうかと、私は振り返り息を呑んだ。そこには、ミナト先生がいたから。正確にはミナト先生によく似た少年だが、そこには確かにミナト先生の影が見て取れた。

「カカシ、あの子は」
「うん、先生によく似てるよね」
「カカシ。私はあの子を、ナルトを憎んだ。先生を奪ってしまった九尾の子を恨んだ。先生がそれを悲しむことよく分かってたのに」
「相変わらずななしは先生のこと大好きだね」
「もう十二年も前のことなのにって自分が一番分かってるの。もう涙も出ないのに、先生を思い出すと今でも辛い」

地面を踏みしめる二人の足音だけが今は耳に響いている。黙ったまま何も言わず受付までの道を私達は歩いた。
私がようやく口を開いたのは受付で報告書を手渡した私に「ご苦労様です」と労りの言葉をくれたイルカ先生への返事をした時だった。

「ななし、これから紅達に誘われてるんだけど、行く?」
「え、ああ。私はいいよ。紅によろしく言っておいて」
「そ、分かった。じゃあまたね」
「うん」

受付を出て、二人違う道を歩いていく。背を向け、二、三歩進んだ所で、後ろから聞こえていた筈のカカシの足音が止まった。私も思わず足を止める。静まりかえった廊下、そういえばよくここでミナト先生と待ち合わせしてラーメン連れて行ってもらったな。考えてまた苦しくなり俯いた私の耳に後ろからカカシの声が聞こえた。

「ねえななし、俺は生きてるから」
「・・・うん」
「何処にも行かないし絶対に死んだりしないから、――俺のこと少しでいいから見てよ」

それだけ言い残すとカカシは瞬身の術を使い静かにいなくなった。取り残された私だけがやっぱり苦しくて痛かったけど涙は出ない。きっとこの涙はもう底をついているのだ、とっくの昔に。
ねえどうして先生はいってしまったんですか、私を於いてどうして死んでしまったんです。報われない思いを抱き続けることがどれだけ苦しいか、忘れることも許されないことがどれだけ辛いか私はあなたを失い知りました。同時に、誰かを憎むことや恨むことがどれだけ痛いか、自分を愛してくれる人に背を向けることがどれだけ締め付けられるのかを知りました。

先生がいなくなってから、私の歯車は上手に空回り私が私でなくなっていくのを日を追う毎に感じていました。だけど、先生、先生、そろそろ私は本当にあなたを忘れなければいけない時がきたのかもしれません。あの子の笑顔を見て、あなたが守ろうとしたものの大きさを知ってしまった私は、あなたがいない理由を無くしたのです。もうこの世にはいないあなたを思って背を向けてきた私に、忍びにあるまじき馬鹿な約束を押しつけた彼を心底愛しいと思ってしまったのです。

「ミナト先生・・・」

あなたの名前を口に出せば、また潰れるように痛いけど私もまた一歩すすみたいと思います。先生は、永遠に私の中にあるけれどそうではなくあなたを忘れることにします。もう桜の舞う季節です。春色の涙がこの空を揺らしては、飛び去って行きます。


title by 透徹
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