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起立、気をつけ、礼

新八によって号令がかけられ、クラス全員が珍しく、それはそれは本当に珍しくその合図に従って静かに席に着いた。
教壇に立った俺はいつもとは違う奴等のしおらしい姿が可愛いような少し切ないようなそんな気がして苦笑する。「何情けねー顔してんだ」なんて気の利いた冗談の一つでも言えりゃよかったんだが生憎俺もそんな気にはなれなかった。きっと俺も俺が思っている以上に情けない顔をしているんだろう。

「―卒業式、ちゃんと大人しくしてたじゃねーか。校長が喜んでたぜ」

まるで別の場所のように静かな教室。そこに響いた言葉はこんなくだらないことだった。それでも今の俺にはこれが精一杯で、それを聴く奴等も口元を少し緩めるのが精一杯なようだ。
気を利かせた新八が「僕等だってやるときゃやるんですよ」なんて反論してきたが、その声は震えていて今にも泣き出しそうで皮肉も何も返せず「そうか」とだけ答えた。

「テメーらみたいな無茶苦茶なのが卒業できんだな、ちゃんと。これで銀魂高校もちったあましになるかもしれねえ」

グス、と鼻をすする音が聞こえた。誰かと思ってその方向に目をやるとはんかちで目元を拭う花子の姿が映った。そういえばお前は途中から転校してきてこのめっちゃくちゃなクラスに入ったんだもんな。よく頑張ったよ、お前。

「来年からはなあー、Z組なんて無くなんだぞ。これでいかにお前等の脳みそがプリンだったか世間様にまで広まっちまうぞ」

前代未聞の、クラス全員が赤点っつー記録を作ったくらいだ。何で一人も欠けずに卒業できたのかが不思議で仕方ねえよ。これも担任の力って奴だよな。

教室をぐるりと見渡してから、突っ立ってるのにも少し疲れたので右足に体重移動をした。ギシリ、と軋む一段高い教壇。所々がガムテープで補強されているのは沖田くんが土方くんにプロレスの技をかけた後遺症だったり、志村姉がゴリラを投げ飛ばして負わせた傷だったり。そんなことを思い出しながらもう一度教室の端から端までを見渡していくと、斜めになって今にも落ちそうな「糖」の文字やこれまたガムテープで補強された窓ガラスや一年間過ごし続けたぼろぼろな教室の姿があった。

「テメーらはかつてねえほどの問題児だったよ」

修学旅行で舞妓さんの姿した不良と喧嘩したり、文化祭での展示が空き缶一つだったり、馬鹿のくせに選挙活動してみたり。呆れることだらけだ。

「だけどな、俺はてめーらの担任になったこと恨んじゃいねえよ」

馬鹿で馬鹿でどうしようもねえ奴等だったが、それでもみんな温かだった。救えねえほど正直で単純で真っ直ぐな奴等だった。
俺を一度だって「坂田先生」だなんて呼ばなかった。天パだとか糖分だとか尊敬の「そ」の字も知らねえような奴等だったが、いつだって俺を頼ってくれていた。

「人生ってのはなー、アレだ。人と人と人と人が支え合って・・・・あれ、何だったか忘れちまった。どうも最近記憶力が無くなっちまった。俺も歳かな〜」

どこからかまた鼻を啜る音が聞こえた。気づけば女子はみんなはんかちを手にしてるし、マダオの制服の裾はそこだけ色が違った。

「人生この先長えから、きっとお前等もたくさんの人に出会うだろうがてめーらの担任として言っておきてえことがある。心して聞けよー」

たとえば、この先の人生に苦しいことや悲しいことがあっても俺等と過ごした三年間以上に滅茶苦茶なものはないってこと覚えておけよ。
それと、どんなに汚ねえ政治家に出会っても腹ん中真っ黒な弁護士に出会っても、テメーらだけは薄汚れるな。真っ直ぐ前見て歩け。ふらついたら今隣にいる奴等に殴ってもらえ。
幸せな時は馬鹿みてえに笑っとけ。テメーらの得意分野はそれしかねえんだから、それ位は周りも許してくれんだろうよ。

「最後に一つな。 俺はテメーらと過ごしたことは忘れねえよ。だから俺のことも忘れるな」

いいな、と言うと神楽がぐしゃぐしゃのきったない顔で「銀ちゃん台詞が臭いヨ」なんて言ってきやがった。大きなお世話だ。「チャイナ、あんた酷い顔ですねィ」そう言った沖田くんの顔も今にも泣き出しそうな顔をしていて、ゴリラは涙を拭うこともしねーでぼろぼろ泣いている。
土方くんはそっぽ向いて格好つけようとしてるみたいだけど目が赤けえんだよ、ばればれだ。柳生は泣いてる志村に寄り添って歯ァ食いしばって我慢していて、東城の野郎はそんな柳生の姿をロッカーの影から見守っていた。みんな泣いている。

「おい、おめーら泣いてんじゃねえよ。恥ずかしくて花道歩けねえだろうが」

この有様に呆れたようにそう言った俺を見て、新八が指をさして笑った。「あんたもじゅうぶん酷い顔してますよ」言われて気づいたこと。そういえば少し前から目が熱いような気がする。

「バーカ、俺は泣いてねえよ」

ふと窓から卒業生の親やら教員やらで賑わうグラウンドを見ると、開花を待つ桜の蕾が春風に揺れていた。

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