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仁王雅治。わたしの頭の中には、分からない人としてインプットされている。だって本当によく分からないし掴めない。人間観察というものが趣味であるわたしには、分からないというそれは何だか不服だった。

「仁王雅治」
「何じゃ」
「声に出してみただけ。ねえ、仁王の誕生日は?」
「そうじゃな、生まれた時には桜の花と雪が降っとってニュースでは海水浴場と紅葉が取り上げられとったかもしれん」
「意味分かんない。仁王は」
「プリッ」
「それも分かんない。じゃあ仁王の家族構成はー?」
「父親と母親と姉ちゃんと兄ちゃんと妹と弟と犬と猫と馬と山羊と、あとは何じゃったかのう」
「どこまでが本当かね」
「さーて、どこまでかのう」
「仁王は嘘つきだ」
「俺はペテン師じゃき。仕方ないぜよ」
「仕方なさはまったく感じないよ。あ、みんな来たっぽい。あのさ仁王、」
「友達がいる間は話しかけるな、じゃろ?」
「うん、まあそんなとこ」
「お前さんこそ、何考えとるか分からんよ」
「あー、仁王のこと好きな友達がいるから」

交友関係は円満にしたいでしょ?と聞くと、仁王はさして興味なさげに、そうか、と返事をした。聞いたのは仁王なのに何なんだ、と思ったけれど仁王はすでに居眠り体制に入っていたから何も言わずに自分の席へと戻った。
すると登校してきた友達がタイミングよく教室に入ってきたので、今度はその子たちの元へ行ってくだらない話をする。くだらないから、あまり聞いていないし適当な相槌。適当と言っても、それはあくまでわたしのベクトルであって、彼女たちにはちゃあんと聞いているように見せている。趣味はもっぱら、人間観察。

「そういえばさ、あんたに最新情報だよ」
「え、何々?」
「あんたの大好きな仁王くんの誕生日、十二月四日だって。丸井くんが言ってたからきっと本当だよ」
「え、四日ってすぐじゃん。どうしよう、プレゼント買ってこなきゃ」

その会話に、わたしはようやく耳を傾けた。そして、ちらりと仁王の方を見る。仁王は相変わらず机に突っ伏して眠っている。友達Aがわたしに話しかけた。

「仁王くんてどんなものが好みなのかなあ?」
「んー、テニスグッズあげておけば妥当じゃない?」
「えー、でもそれじゃ目立たないしどうせならみんなとは違うものあげたいなあ」
「じゃあ聞いてしまえばいいじゃないかね」
「直接聞くとかはずかしすぎて無理だし!ななし聞いてよー」
「いや、無理だから。仁王くんとかそんな話したことないのに何かと思われるよ」

盛大に嘘をつくと友達は、そっかー、と口を尖らせた。そんな拗ねた顔されてもわたし仁王雅治には話しかけられないよ。わたしから話しかけるなとか言ってあるし。その前に、まあ、聞いても教えてもらえないし。
そうしてグダグダと喋っているうちにクラスの大半が登校してきた。担任もやってきたので、わたしと友達Bは自分の席へと戻った。その際、もう一度ちらりと仁王の方を見るとやっぱり寝ていた。丸井くんが、仁王の後ろ髪を引っ張って遊んでいた。




「仁王」
「・・・何でこんな時間におるんじゃ」
「待ってた」
「何で」
「聞きたいことがあったから。誕生日、十二月四日なんだってね」
「そんなこと言うために待ってたんか。この暗い中」
「家、こっから歩いて二分だもん」
「送って行ってほしいか?」
「いや、いいよ」
「そう言うと思ったナリ。送ってく」
「じゃあ聞くなよ」

真っ暗な道を街頭が照らす中、仁王と並んで歩いた。携帯を確認すると、もう七時半を回っていた。あ、おじゃる見損ねたじゃないか。くそう。

「今日、友達から聞いた。仁王は十二月四日が誕生日だって」
「ほう、で、それで何で待ってたんかのう」
「仁王から教えてもらっていないからね、悔しくて問いただしにきた。丸井くんが言ってたことなんて当てにならないし」
「プリッ」
「いや、だから意味分かんない」
「お前さんにも可愛いところがあったんじゃと思って」
「どういう意味さ」
「そういう意味だっちゃ」
「で、結局仁王の誕生日は?」
「そうじゃな、クリスマスのある月で」
「うん」
「こどもの日の一日前の日」
「あー、ていうことは・・・十二月四日。なんだ、丸井くん情報当たってたのか」
「信じるんか?」
「は?また嘘ついたの?」
「プリッ」
「あー、もういいよ」

わたしは足を止めて、進行方向を逆にした。そして、何だと言わんばかりの視線を向けてくる仁王をそのままに、すたすたと歩いていく。
さすがに仁王も驚いたらしく、どこ行くぜよ、とわたしを呼びとめた。わたしはまた振り向く。

「家、通り過ぎてるから帰る」
「・・・・・・」
「また明日ね、仁王」
「・・・ククク」
「? 何笑ってんの」
「お前さんは、やっぱりよく分からんよ」
「わたしは、仁王の方が分からないけど」
「俺のこと知ってどうするぜよ」
「どうもしない、ただの興味本意ってやつだから。でも仁王は嘘ばかりつくから分からない」
「・・・俺が、今から言うことが嘘じゃないって言ったらお前さんは信じるか?」
「内容にもよる」
「ななしのこと、好いとうよ」
「・・・は?」
「プリッ」
「いや、過去最高に意味が分からない」
「お前さんはおもしろいからのう、なんか気になるんじゃ。話しかけるなとか言われるけど」
「そうじゃなくてさ、うん」
「て言ったのが」
「ん?」
「全部嘘じゃーって言ったらお前さんは怒るか?」
「・・・帰れ」
「嘘嘘」
「もうどれが本当か分からんよ、仁王」
「俺にもわからん」
「そこは分かろうよ」
「俺もそう思うナリ」

そう言った仁王にむかって鞄を投げつけた。今日は社会の資料集が入っているから重量は抜群だ。だけど、仁王は避けた。どすん、という音がしてわたしの鞄は地面に落ちた。

「仁王」
「何じゃ」
「鞄拾って」
「・・・はい」
「それと」
「?」
「仁王のこと、好きだよ」
「・・・本気か?」
「さあ?」
「さあって意味分からんぜよ」
「お互い様だよ」
「明日」
「明日?」
「明日からは、嫌ってほどお前さんに話しかける」
「は?止めてよ」
「俺んこと好きなんじゃろ?」
「さあ?って言わなかった?」
「俺は本気じゃ」
「わたしも本気」

仁王は変な顔をした。変な顔をして、わたしに鞄を渡した。

「ねえ仁王」
「ん?」
「仁王が本気なら、もう嘘はつくな」
「・・・」
「ペテンならいらない」
「・・・俺の誕生日は、」
「?」
「十二月四日。AB型で暑いのは苦手ぜよ」
「うん」
「今言ったのは本当じゃ。嘘はついとらんよ。だからさっき言ったことも」
「わたしも仁王のこと好きだよ」
「・・・」
「今言ったのは、本当だから」

言うと、仁王がほほ笑んだ。うれしそうに笑うから、わたしも何となくうれしくなった。
なるほど、仁王は本音を言うときほほ笑むのか。一個分かったことが、できた。

「のう」
「うん」
「好いとうよ、本当に」
「うん、わかったよ」

だけど、やっぱり教室で話しかけるのは止めてほしい。そう言う前に、仁王に塞がれてしまったから、それはまた明日の朝言おうと思う。




「ねえ仁王、仁王の好きなものって何?」
「色鉛筆」
「嘘だよね」
「プリッ」

やっぱり、仁王はよく分からないやつだと思う。と、思いながらも頬がゆるんだ。仁王の口元も小さく笑っていた。

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