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朝から謙也が騒いどった。今日、転校生来んねんて!しかも女らしいで。どんな子やろな、かわええの希望や!
俺は、あー。せやな。って返したったけど正直内心、こいつ何をそんなに浮かれとるんやアホウ!くらいに思った。だってせやろ?まさか転校生の子がめっちゃかわええ子で性格もよくて仲良うなって恋愛的なそういうんに辿りつける確率ってどんなや。なあ乾、計算してみい・・・って、乾は青学やった。


「白石ー、俺にもついに春が来るかもしれんで?」
「あー、来おへん来おへん。ちゅーか謙也の頭ん中は一年中まるっとそっくり春やろ」
「失礼なやっちゃなー、モテる男の余裕かそれは」
「俺は最初から期待してへんもん。浮かれとるんは謙也くらいや」
「はんっ、これやから男のロマンが分からん男は嫌やねん」
「おーおーせやな。俺が悪かったわ。ほなロマンのある謙也くん、始業ベル鳴っとるで席着きい」


そう言うて、俺の前の席に座っとった謙也を追い払った。謙也がぶつぶつ言いながら去っていくんを、この席の本来の主、田中さんが申し訳なさそうに見とった。見てみい謙也、自分が座っとったせいで田中さん困ってはったやろ。いつまで経っても自分に彼女ができひんのはそのせいや。

「堪忍な、田中さん。後で謙也に言うとくわ」
「ええよええよ、気にしてへんし」
「うん、おおきに」

田中さんに謝りつつしゃべっとったら、ようやく担任が日誌持って入ってきた。瞬間、教室内がざわつく。あ、楽しみにしてたん謙也だけやなかったんやな。

「どんな子やろな?」
「せやな、女の子らしいやん」
「東京か来はったんやって。あ、入ってきた」

言われて教室前方に目をやると、まだパリパリのうちの学校の制服に身を包んだ、セミロングの清潔そうな女の子が入ってきた。

「はーい、みんな注目や。自己紹介してもらうでー。できればボケてな、みょうじ」
「えー・・・東京から来たみょうじななしです。一年間だけですがよろしくお願いします。ボケられなくてすみません」
「んー、まあかわええで許したる!じゃあ恒例・誰の隣でしょうゲームやー」
「先生ー、転校生来たん初めてやでー」
「細かいことは気にしたらあかんぞ白石ー」
「それはどうもすんませんでしたー」

ハハハ、と教室内が笑いに包まれる中、ちらりと席の離れた謙也の方を見ると・・・固まっとった。あー、あかんな。あれは惚れた顔や。

「ほな、くじ引くでー。みょうじは名前書いてあった奴の隣なあ。ちなみにこん中のくじの5割は教卓の隣やから」
「何やそれー」
「セクハラやで先生ー」

ざわめきがどんどん大きなってくんを、担任の「ほな引くで〜」の声が静めた。
そしてくじ箱の中に手を入れ、それが引き抜かれた瞬間、再び教室がわっとした空気に包まれる。

「えー、みょうじが隣なるんは・・・色男白石やー」
「は?」

教室が、ええええ!と一心同体少女隊になって声を上げた。何や、俺が隣になるんはあかんのか。

「はい、じゃあ白石手ー上げ。うん。ほなみょうじはあの手上げとる男の隣な。ちゅーわけで吉田は教卓の隣に移動や」
「あー、何でよりによって俺がそこやねん」
「くじでの決定は覆せんでー」

担任と吉田(俺の右隣)が言い争っとる間を通って、みょうじさんは俺ん隣まで歩いてきた。
鞄だけは前の学校のままなんか、見慣れん革の高そうな鞄を机の上において俺を見た。

「よろしく」
「おん。ああ、俺は白石蔵ノ介や。クララーて呼んでくれてかまへんよ」
「クララ?」
「白石くんて呼ぶんがええんならそれでもええけど?」
「ううん、よろしくクララくん」
「クララくん言うんはちょお違う気するけど、まあええわ。よろしゅうな、みょうじさん」
「あ、わたしのこともななしでいいよ。わたしばっかりクララくんて言っちゃ悪いしね」
「じゃあそうさせてもらうわ」

少し会話を交わした後、今度は反対側の席におる女子に自己紹介始めた。
席に着こうと椅子を動かしたななしからは、ほのかにシャンプーの香りがした。

「なあ、ななしってシャンプー何使うとるん?」
「え?シャンプー?」

黒板写しとった手を止めて、ななしは大きな目をこっちに向けた。
せや、シャンプー。と返す俺に不思議そうな笑みを向けてから、ななしはうーんと考え始めた。
ほんまは、休み時間に聞こう思てたけどななしがクラスの奴ら(特に謙也)に囲まれたせいで話しかける暇がなかったから、教科書見せるために机近づけとる今、聞いてみることにした。

「何だったかな・・・お母さんが買ってきたのを適当に使ってるから分かんない。ていうかクララくんはシャンプーフェチ?」
「え、何で?」
「普通、女子にシャンプー何?とか聞かないでしょ」

うわ、はっず・・・めっちゃ無意識に聞いとったわ。でもよう考えたらそうやんな。会って間もない女子にシャンプーの種類聞くって俺は変態か。もう謙也のこと馬鹿にできんわ、これ。

「・・・ほんますまん」
「別に気にしてないから。ところでわたしも気になるんだけどさ、クララくんてワックス使ってる?」
「え、何で?」
「めっちゃ髪の毛さらさらだし、ていうかどうなってるのかなあと思って、その髪型」
「いや、ワックスは使うてへんよ。ベタベタになるん嫌やねん」
「ああ、わたしもワックスでバシバシ髪の毛立ててる人あんま好きじゃないなあ」

へえ、そうなんや・・・確か謙也ワックス使うてたよな、不憫なやっちゃなあ。
隣でななしは再び黒板に書かれた文字をノートに書き込んでいく。ひょいとそれを覗き込むと、色ペンを使って丁寧にまとめられとった。こういう時、やっぱ女の子やなあと感心してまう俺はやっぱちょっと変態なんかもしれん。

「あ、もう一個聞きたいんだけどさ」
「なんや?」
「クララくんてテニス部部長なんだよね」
「ちょお、自分で言うといてなんやけどクララは止めよ。聞くたび笑えてくる」
「じゃあ、蔵くんなら問題なし?」
「だから、くん・・・まあええわ。で、確かに部長やけど誰に聞いたん?」
「謙也くんが言ってた。浪速のスピードスターだって。蔵くんバイブルなんでしょ?」
「あいつ何言うてん・・・」
「うん、いいと思うよバイブル!わたしもそう呼んだ方がいいのかな」
「止めえや。蔵くんでええて」

そう言うとななしは声を出さんように我慢しながら笑った。ああ、うん。かわええな。て、ちゃうやろ。ちゃうちゃう。チャウチャウ?・・・もう何でもええわ。

「・・・ななし、テニス好きなん?」
「え、うん。前の学校でテニス部のマネージャーやってたから」
「へえ、そうなん。もしかしてここでもマネやるん?」
「いやー・・・今までずっと応援してきた学校のライバルになる学校応援するのはちょっと気が引けるから。あ、別に蔵くんたちを敵対視してるわけじゃないけどね」
「そうなん」

何や、やらんのかい。一瞬、期待したやんけ。・・・いや、してへん。俺は期待なんてしてへんよ。期待しとるんは俺やのうて謙也や。

「ほんなら部活は何入るん?文化部と運動部両方入るんが決まりやで、この学校」
「へえ、まあ見学とかしてから決めるよ。蔵くん文化部は何?」
「俺は、新聞部や。小説とか書いてるんやで」
「え、読んでみたい」
「ほんま?なら後でななしにもやるわ」
「ありがと。文化部はわたしも新聞部入ろうかな」
「え?」
「嫌だった?」
「そ、そんなん思うてへんよ!」

「おい白石ーうっさいでー」
「あ、・・・寝ぼけてたわ」
「よう分かった、もう目覚まさんでええぞ」

アハハハ、とクラスの奴らが俺の方を見て笑った。ちらりと横見ると、ななしも笑うとった。

「蔵くん、いつもこんな?」
「たまにや、たまに。こういうんは謙也の仕事やからな」
「へえ、やっぱ謙也くんも人気者なわけか」
「?もってどういうことや」
「蔵くんも人気者じゃん。隣の席羨ましがられたよ、女子に」
「・・・ふうん」
「え、何その感じ」
「ななしはどうなん?」
「は、何が」
「俺の、隣?」
「・・・蔵くんナルシスト?」
「ちゃうわ!・・・あー、もうええ。板書するわ」
「よくわからないけどごめん」
「ななし悪うないし」
「蔵くんの隣、楽しいよ」
「!・・・っ」
「あ、そういう意味じゃなかったと」
「・・・」
「蔵くんー、黒板消されてますよー」
「・・・」
「蔵くん?」
「ちょ、こっち見んなななし」

右手で頬杖をついて、ななしに見えんよう顔を隠した。しばらくななしに見られている気配がしたけどそれが消えたで、指の隙間からこっそりとななしの方を見るとまた必死に板書する横顔が見えた。
気のせいか、いいにおいがする。あー、ほんまあかん。何かめっちゃはずいし。
俺、ななしのこと好きさんかなあ。

「あ、そういえば蔵くんさ」

考えていたところに突然話しかけられて、俺は体がびくりと揺れたが、動揺したんに気づかれんよう、平生を装ってななしに顔を向けた。

「何や?」
「試合中、ポイント決めると、エクスタシーって言うんだってね」
「・・・」

謙也くんが言ってた、と楽しそうに笑うななしを見て、次の休み時間、絶対に謙也のことしばいたろうと心に誓った。
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