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ある日、家に帰ってみると机の上にボロボロのランプが置いてあった。わたしはそれを手にとると、バイト終わりでへろへろになった体ごとソファーにダイブした。

「ランプかあ、こんな物わたし持ってなかったよなあ。ていうかそれ以前にこんな所に置いてなかったし……」

お母さんが来て勝手に置いていったのかもしれない。あの人は骨董品の類(怪しい物)が好きだから。
わたしはランプを両手で持ち上げて蛍光灯に翳してみる。するとそのランプの側面にはうっすらと文字が書いてあるように見えた。わたしはランプを目の前まで近づけてみるが、表面が汚れていてまったく読むことがてきない。
こんな汚いランプを娘の家に置くな、と内心愚痴を吐きつつもわたしは何とかその文字を読もうと服の袖で側面をゴシゴシと擦ってみる。
突如、ランプからモクモクと煙が上がり部屋中が真っ白になってしまった。何事かとゴホゴホ咳をしながら真っ白の世界に目を凝らすとそこには人影。は?ふふふふ不審者アアア!

「どうも〜ランプの精、銀さんで〜す」
「う……ぎゃああああ」

視界を覆う煙が晴れると、その中から頭にターバンを巻きアラビアンな衣装を纏った銀髪の男が現れた。わたしは口を開けたままその場に突っ立っている。

「は、ちょ、マ…マジック?わたし無意識にマジックか超能力を会得してた?」
「オイオイ、お姉さん何意味分かんないこと言ってんの〜?アンタがランプを擦ったから出てきてやったんだろーが。つーかあのランプの中ほこりだらけだし狭いし最悪だわ」
「ちょちょちょ、待って。落ち着いて整理させて。いい今あなたランプの精って言った?」
「ああ、言ったな」
「ランプの?」
「ランプの」

にやり、男は口の端を上げてわたしを見た。わたしは自分の両手の中にあるランプを見た。
え、ランプ?このランプの精?てことはこれ魔法のランプ?

「ほ、本当にランプの精なの?このランプの?」
「だーかーら、そうだって言ってんじゃねえかよ。俺はランプの精、銀さん。ご主人様の願い事を三つだけ叶えることができま〜す。理解した?」
「り、理解は、したけど信じられない、ランプの精だなんて……!」

そう言うと、ランプの精こと銀さんは「それもそうだよなあ」とか言いながら唸り始めた。
そして暫くすると何かを思いついたようにわたしを見た。

「んーーーー、そりゃっ」

ボワン

微妙なかけ声と共に、部屋の中にピンク色の煙が漂う。そしてその煙の中からとてつもなく大きなパフェが現れた。

「うっそ、何これ……!」
「魔法で出したんだよ。信じた?」
「……うん」

天井に届きそうなくらい大きなパフェを見上げて、わたしは頷いた。するとランプの精は満足したように笑うと懐からスプーンを取り出して、今し方出したパフェを食べ始めた。

「俺がこのパフェ食べてる間に願いごとでも決めておいてよ。あ、言っておくけど願い事増やせって願いは無しな。きっかり三つ」
「わ、分かった」

ランプを手に立ちっぱなしだったわたしは、再びソファーに腰を沈めた。願いごとか、願いごと……。アパートの家賃払ってもらうとか?秋物新作のブランドバッグ買ってもらうとか?うーん、難しいな。突然そんなこと言われてもこれだってのは見つからないよなあ。
チラリとランプの精、もう面倒だから銀さんでいいや。その銀さんの方を見るとあの特大パフェをもう半分ほど食べてしまっていた。恐るべし胃袋。
そんなわたしの視線に気づいたのか、銀さんはほっぺに生クリームを付けたままわたしの方を見た。

「何?決まった?」
「あ、いやー決まらなくて。今じゃなきゃダメ?」
「んー、別にいいけどさ。あ、そうだ、もう一つ言っておくことあったわ」
「え?まだ何かダメなことでもあるの?」

注文の多いランプの精だなあ、と思いつつ銀さんの目を見つめるとその顔が人をからかうようにニヤリと歪んだ。そしてその口から発した言葉と言うのは

「銀さんの彼女になりた〜い、とか言う願いも無しな。まあキスぐらいはしてやってもいいけど」
「な、なあああ?」

一気にわたしの顔が沸騰した気がする。ニヤニヤと心底面白そうに笑う顔からしてその予想は間違っていないのだろう。わなわなと震えながらランプを握りしめるわたしを余所に、男は再びパフェにスプーンを滑らせ始めた。
わたしはランプの取っ手を右手で思い切り握りしめると、八分目までを食べきった銀髪男の頭に向かって思い切り投げつけてやった。
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